第3話 妹の三行半!
夜。自宅のダイニング。
アメージング晩御飯を前にしても、喉を通らない。
高坂昌は天使か堕天使か。
なぜか今度の土曜日に集合することになっている。
僕の頭の中では、昌のことがどんどん大きくなっていく。
昌は見た目だけなら間違いなく天使。景子よりも秀麗だ。
あの瞳、あのくちびる、あの眩しい笑顔、あの胸のふくらみ。
キューティクルは健康だし、おまけにあの香りときている。
一体、どんなシャンプーを使ってるんだろう。
土曜日は、会いに行くべきだろうか。
いやいや、おかしいって。昌の所業は堕天の極み。
勝手にパーソナルスペースに入り込み、味噌を持ち逃げする。
よく考えれば僕が断らないことを前提にした『駅前広場に、集合!』という、
上から目線の物言いも気に食わない。
何で僕がわざわざ食材持って出向かなくっちゃいけないんだ!
そもそも、特製味噌ダレがないのでは美味しさは半減する。
美味しく食べてくれるなら、それはそれで魅力的な展開なんだけど……。
僕は料理が好きだし、食べてる人を眺めるのも好き。美少女鑑賞も大好き。
今までは景子がそばにいてくれたからこと足りたけど、
これからの僕は、どうすればいいんだ。
と、遠くから声がする。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!」
声に呼ばれるようにして、僕の意識がダイニングに戻る。
目の前にいるのは妹の陽子。『ひし』と読む。
「どっ、どうしました、陽子。不味かったですか?」
「違うよ。お兄ちゃんのご飯はいつだって美味しいよ」
純真無垢な妹だ。目に入れても痛くない!
「ありがとうございます。では、いかがなさったのですか?」
「心配なんだよ。お兄ちゃん、景子姉と別れたって聞いたから」
落ち込んでいたわけじゃないが、元気がなかったのは事実。
僕を心配してくれるなんて、陽子も成長したものだとしみじみする。
景子と別れたことは家族の誰にもはなしていない。
それを陽子が知っていることを思いっきり訝しむことで、
本当は昌のことを考えていたという、うしろめたい気持ちを隠す。
「陽子、何方に聞かれたのですか?」
対する陽子はあきれ顔に言う。
「学校中、大騒ぎだよ。おしどりベストカップルの破局だもの」
たしかに景子は美少女だけど、美男子なら他にいくらでもいる。
ベストと呼ぶには相応しくない。
「どうしてベストなどと呼ばれるのでしょう? 語呂?」
「ったく、お兄ちゃんはもっと自覚した方がいいって。
あんまりしらばっくれると謙遜を通り越して嫌味になるから」
意味が分からない。僕は何を自覚すればいいんだ?
料理上手なところか? それとも掃除? 洗濯という選択肢もある?
どれも充分に自覚しているつもりだ。
「その様子じゃ、心配無用ね。いつもと変わらない」
陽子は「ごちそうさま」を付け加えて、食器をキッチンに下げる。
お茶碗やお皿をさーっと洗い流し、水につけておく。
そのときにはすっかり昌のことは頭から抜けていた。
代わりに陽子に素っ気なくしてしまったことへのもうしわけなさが
どんどんと大きくなっていく。
「陽子、ごめんなさい。心配してくださったのに」
陽子は一瞬、手を緩める。その理由は分からないが、
しばらくしてから「よしっ!」と気合を入れて振り返る。
「お兄ちゃん、スキー教室から帰ったら一緒に登校しよう!」
「何故ですか? 陽子はいつも2・3人の男子とご一緒ではございませんか」
しかも、ハイスペックなイケメンを取っ替え引っ替えしている。
一緒に登校なんて、どういう風の吹きまわし?
「陽子にとって、ザコ共よりお兄ちゃんの方が大事ってこと!」
「僕の方が?」
ハイスペックイケメン軍団をザコ呼ばわりなのも驚きだ!
「そりゃ、家族だもの。大事なんだって! それに……」
それに、何? 気になってしかたがない。つい、引きつけられてしまう。
こういう話術に長けているところも、陽子が人気者たる所以だろう。
「……お兄ちゃんに悪い虫が付いたらいけないからよ」
悪い虫。言われて昌のことを思い出す。
易々と僕のパーソナルスペースに入り込んでくる堕天使。
僕の味噌を持ち逃げした堕天使。上から目線の堕天使。
だけどあの瞳、あのくちびる、あの眩しい笑顔。そしてあの胸のふくらみ。
色白で細身で巨乳で、黒髪ロングストレート。キューティクルは健康だ。
僕の作った弁当を「美味しい!」と言って食べてくれたら、それも悪くない。
いや、むしろ大歓迎だ! 観た目だけならまごうことなき天使様だーっ!
「あれ? ひょっとしてもう手遅れだった?」
陽子に言われて我にかえる。
「なっ、何がでしょうか?」
全然、分かりません。
「……だめだ、こりゃっ! 前言撤回するよ」
「えーっ! 僕が大事ではないってことでしょうか?」
やっぱり、あのハイスペックイケメン軍団の方が大事?
「どうしてそこなの。景子姉の気持ちが少し分かったよ。
そういうがっかりなところ、直した方がいいよ!」
うっ、心が痛い。がっかりなところとか、思い当たることが多過ぎる。
野球のこととか、将棋のこととか、プロレスとか。
陽子が続ける。
「一緒に登校は無し! それからもう、私の部屋の掃除はしなくっていいから」
「ひっ、陽子! 何でだよ!」
掃除には自信があるのに! あれは僕が7歳のころ。
陽子は僕が掃除した部屋が綺麗だと言ってくれた。
以来、陽子の部屋の掃除はずっと僕が担ってきた。
それなのに、どうして?
「お兄ちゃんはそろそろなんだよ。幼馴染離れと、妹離れをする時期。
陽子、これからは自分の部屋は自分で掃除するわ。
だからお願い。掃除用具一式をプレゼントしてちょうだい」
扉がバタンと音を鳴らして閉じる。数秒後に開き、
「ただし、パパの部屋は引き続きよろしく!」
再びバタン。
こうして、僕は妹に三行半を突きつけられて、妹の部屋の掃除係を解任された。
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