第2話 堕天使

 地味な女子を相手に、なぜか僕のレーダーが反応してしまう。

並の美少女にだって反応しないのに、どうして?


 緊張のなか、やっとの思いで目だけ使って地味な女子を追う。

本当は声をかけたいけど、何て言えばいいか分からない。

『本日はお日柄もよく……』だろうか?

考えていると、地味な女子は直ぐに人混みに消えた。


 同時に僕のビビビッはどこかへ行った。何かの間違いだったのか?

気にせずに買い物を続ける。


 目当ての味噌が低いところに置かれているのはいつものこと。

僕はしゃがみ、手を伸ばし、味噌をつかむ。

ラッキー! これ、最後の1つ!


「あっ、君……」


 不意にはなしかけられて振り向く。同時に、またもビビビッになる。

僕にはなしかけてきた女子を、斜め横前から見たから。


 黒髪ロングストレート。キューティクルは健康だ!

付け加えれば、色白細身で、あるところはある感じ。

小顔だし、瞳は黒々していて大きく、眉毛は細い。


 生気のある淡い桜色のくちびるがゆっくりと開く。


「……聞きたいことが2つあるんだけど」


 言われて視線を下ろしてしまった僕は……ガツンという衝撃を受ける。

僕は、彼女のスカートの奥底にある三角布を見てしまった。


 明るい色。おそらくは桜色。くちびるとお揃い。

白でないのは残念だが、目が飛び出てしまいそうなのは一緒。

これほどの美少女、2次元のような造形。ビビビッなのは言うまでもない。


 うわさの主だろうか?


「……あのぉーっ」


 我にかえることもなく、舞い上がったまましどろもどろに答える。


「はいっ。本日はお日柄もよく、僕の名前は武田晴郎、中3……」

「……いやっ、そんなことを聞くつもりはないよ……」


 でしょうね。僕だって答えるつもりはなかった。的確なツッコミだ。

三角布さえ見ていなければ、いや、見たのが黒とか紫だったら、

僕だってもう少し冷静に応じられたのかもしれない。


 だが、僕が受けた衝撃はあまりにも大きい。ビビビッは続いている。


 そうだ、この姿勢がよくない。三角布が見たくなくても見えてしまう。

僕は急いで立ち上がる。合わせて美少女がにやりと笑って言う。


「……しかたない、私は高坂昌。奇遇にも中3。奇遇にも『春と秋』だね!」


 ウインクとかすんなーっ、眩し過ぎる。

『春と秋』とか、いきなりのバディー結成っぽくってグッとくる。

とてもうれしい。だが……。


「たっ、たしかに。でもハルオのハルは、晴れの字なんです」


 同学年って分かっても、敬語が消えない。

ビビビッてしてる以上、僕は丁寧になることしかできない。


「そうなんだ。まっ、私のアキも季節じゃないから。お日様2つの昌だよ」


 最初から『秋』じゃないじゃん!

って鋭くツッコミたいが、お日様が2つもあったら眩し過ぎてできない。


 昌は僕に近付きながら続ける。


「それで、聞きたいんだけど……」


 桜色のくちびるがゆっくり動く。


 昌は僕に充分に近付くと僕の買い物カゴの中に手を伸ばす。

そして、味噌を僕に見せながら言う。


「……どうして、これなの?」


 天使のような眩しい笑顔と共に。ずっと観ていたい。このまま、ずーっと。


 だけど僕は騙されない!

他人の買い物カゴの中に手を伸ばすなんて、ろくなヤツじゃない。

ちょっとくらいかわいいからって、笑顔だからって、

やっていいことと悪いことがある! はっきり言ってやる。


「その味噌が1番塩っ気が少ないんです」


 つい、素直に答えてしまう。敬語も抜けない。


「あーっ、減塩ってこと? 特に表示はないようだけど」

「ち・が・い・ま・す。しょっぱくないってことです。

 高級ホテルの味が出るんですよ、その味噌。書いてありますよ」


 昌がパッケージの正面を見る。


「『高級ホテルの味』なるほど。で、君は料理をするのかい?」


 名乗ったのに、君呼ばわり。正直、この手の女子は苦手。

ビビビッてさせるし、パーソナルスペースに侵入してくるし、

僕の味噌を勝手に持つし。堕天使だ、堕天使! 完全に無視してやる!


「得意といえば得意です。給食には負けますが……」


 ビビビッ、恐るべし。どうしても丁寧に対応してしまう。


「給食? なにそれ、おかしい。でも得意なら……」


 たしかに、おかしいはなしだ。

3年近くも付き合ったカノジョにフラれるくらいにはおかしい。

続けながら歩き出す昌。ようやく僕のパーソナルスペースから出ていく。

息をつく暇も、胸を撫で下ろす隙もない。天使は、遠くから見ても天使だ。

観ているだけの方がよっぽど天使だ。


「……次の土曜の午前9時……」


 昌がそこまで言ったときには、充分な距離があった。

昌がゆっくり振り返る。長い髪がふわりと舞うようになびく。

淡い桜の香りがここまで届く。刹那に強いビビビッを感じる。


「……食材を持って駅前広場に、集合! 待ってるわよ、晴郎ちゃん!」


 昌は再び髪を舞わせると、そのままレジへと歩いて行ってしまう。

まだビビビッで本調子でない僕は、ただそれを見送った。


 見えなくなった瞬間、ビビビッ解除と同時にあることを思い出す。


「しっ、しまったーっ。あの味噌、最後の1つだったのに……」


 味噌を持ち逃げされた。堕天使にしてやられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る