第4話 つかの間の安息

 部屋へと案内された修二は手荷物を放るとすぐさま大の字で寝転がった。


「はぁーっ!ほんっとに、どうなってんだよここは!もう!」


 そう言いながら拳を床に振り下ろす。

 とても褒められた行為ではないがそんな心境になるのも無理はない。

 変な輩には煽っているのか、何か自分だけが知らない裏があるのか分からない絡まれ方をするし、やっと聞けると思った説明も「今更必要ないよね?いいよね?」と言わんばかりの身内の挨拶だけで片付けられているし、挙句の果てリアルに「それ以上は殺す」をやってくる女が案内人をやっているし、この数時間があまりにも濃い。


 時間も忘れてそんなことに耽っていたが、しかし整理してみれば見えてくるものもある。

 それこそ、ここがまともじゃないとかそんなレベルではないものだ。


 ここの支配人である老婆は客とはそれなりに交流があるような振る舞いをしていた。単なる旅館と客の関係でないことは明らかだ。

 その口ぶりからしてこの旅館に限らず今回のような催しは開かれており、老婆もまたその身内ということなのだろう。

 閉館というタイミングに合わせて老婆がこれを開き、取り仕切っているというだけなのだ。

 問題は何がどうした訳かそんなところに自分も呼ばれてしまったということ、そもそもこれはどういった来歴を持った人間の集まる何の会なのかということだが……現状答えに辿り着けるだけの情報に覚えはない。

 草鹿という女が何か知っているような空気を醸していたことから、手っ取り早く答えを出したいなら口を割ってもらうのが一番なのだが、それをするにはいささか障害が大きすぎる。

 命がいくつあっても足りないとはまさにこのこと。


 ただ普段から接客なんてものとは縁がなさそうで、やたら自分を警戒しているらしい様子の人間が傍について自由に歩かせないというのは重要なカギと言えよう。

 初めて呼ぶ人間に、少なくとも今は知られたくない事情があって、万が一の時に口封じができるように……なんてことも考えられる。

 だとすれば先ほどの不気味な男が自分にやたらと興味を示したのも分からないではない。なるほど……草鹿の「自分も含めて誰も信用するな」という言葉からも案外悪い線ではないかもしれない。

 本当ならまったく笑えやしない話だが。


「あぁ~、いっそダメ元で草鹿って人に聞いてみるか……?いやぁ~、あまりにも馬鹿──」

「私が何か?」

「は……はい!?」


 噂をすればなんとやら、本人がそこに立っているではないか。


「いやいやいやいやいや?何って。ノックとか一言かけたりとかさ??や──何かあるでしょ」

「ノックなんて……。あ、失礼しました」

「……」


 ノックなんて何なのか、したらバレて殺しにくいとかそういうのか?

 直接聞いて命があるのかどうか、こちらが悩んでいるというのに本人がそれでは堪ったものではない。


「……コホン。お食事と浴場の方ご案内できますが、いかがいたしましょう。参考までにお伝えすると今の時間は皆さま紫草の間にて食事中です」

「あー、じゃあ先にお風呂でお願いします」

「かしこまりました。では、参りましょう。既に御着替え等の準備はできておりますので」


 こういう、いわゆる良い宿の常識が分からない。

 が、そういうことなら従うまで。

 

─── 閑話 ───


「あの」

「何か」

「何かって……え、俺がおかしいの?」


 修二は現在、猛烈に困惑していた。

 浴場に来たものの、一応はここで働いているであろう彼女──草鹿もまた入ろうとしていたからであった。


「元よりここは、創業以来混浴から変わってない」

「そ…れはそれで気になる話なんだけどそうじゃなくてね???仕事は???てか口調戻ってない?」


 ツッコミが追い付かない。

 客を案内して、その足で自分も入るとか、ちょっとよく分からない。

 どんな事情が重なったらそんな状況になるというのか。


「あってないようなものだけど、今は休憩時間をもらってるから。あと、許可も」

「えぇ……」


 そう言って、追いつけないでいる修二を他所に仕事着を脱ぎ始めた。


「変なの。熊でも逃げ出す殺気は平気なのに、こういうのはダメなんだ?」


 悪戯っぽく、少しだけ踏み込んで問うてみる。

 いっそ楽しんでいるようにすら見えるだろう。


「……だって別に本当に殺す気なんて無かったでしょ」

「分かるんだ」

「まぁ、ね」


 もしかすると彼は、そういう能力に長けているのかもしれない。


「さっきのあれは警告ってことで良い?てか、だとしたらなんで今こんなに話してくれるの?」

「正直私も良く分からない。殺すために集めた人間の中で、あなただけを監視しろって、できるだけ殺すなって命令だったから」

「ねぇこの話終わったら俺殺されるってことは無いよね?」

「どう、だろう」

「噓でしょ!?」

「ふふ」


 ……なんて。

 そんな会話ができる世界線もあったのだろうか。


「──よもぎ?聞いているのですか?」

「あ……すみません、お母様」

「いえ、良いのです。それで羽場修二、アレはどうです?」

「どう……ですか。一言で表すなら変、です。自分自身の命とか、危機回避に無頓着なんだと思います。さっきも──あ、何でもありません。ここに居る他の誰にもない無垢さが目立つかと」

「そうですか」


 自身の失言に言及されるかと思いきや意外と反応が軽い。


「よもぎ、決行は明日です。覚悟しておくように。今日はもう自由にしてかまいませんよ」

「承知致しました。失礼します」


 誰もいなくなった部屋の中、大きなため息だけが広がる。


「……後悔だけはないようになさい」

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