第3話 片鱗
相変わらず足早な彼女の後に続く修二だったが、ふと疑問が口から漏れた。
「俺はなんで呼ばれたんでしょう」
思うところは多々あるが、元をたどればそこへ行きつく。
純粋な疑問だった。
自分と彼らとでは住んでいる世界が違うと、今までの小一時間程度でも十分に分かる。
しかし答えはない。
「これは、一体どういう集まりなんですか。そんなことも教えてもらえないんですか?」
それまで自分のことなど気にも留めていなかった草鹿だったが、急に立ち止まったかと思うとこちらを振り返り、そして随分と熟れた口調で話す。
「私はただの案内だから、そういう質問には答えられな……ません。」
落ち着き払った様子から一転して年相応な口調と声音で話す彼女が妙に印象的で、思わず聞き入ってしまった。
が、そんな修二には気づきもしない。
草鹿は僅かな逡巡、そして辺りを確かめたかと思うと一歩近付いて小声で続けた。
「それからあまり人を……、滞在している間は信用しない方がいい。もちろん私も」
これ以上は聞かないでくれと言わんばかりの答えだ。
困ったような表情から発せられたそれから察するに、やはりまともな集まりではないのだろうし、自分が呼ばれた理由もまた、ろくなものではないのだろう。
「優しいんだ」
「は」
そんな流れではなかったし、何故だか分からないが少し揶揄ってやりたいと思った。
結果、まるで自分の辞書にはそんな言葉存在しないとでも言いたげな反応が返された。
「突然何を……」
「普通の旅館従業員ならそんなこと言わないなって思っただけですけど」
大人しく彼女の忠告には従うべきだ。
何も訊かないで知らないフリをしたらいい。
──従うべきだったのだ。
「……」
ずっと感じていた違和感の正体が見えたような気がした。
初めからここまで、どことなく彼女の対応はぎこちない。
周りが見えていないというか、ひとりで突っ走っているような……最近になってこの仕事を始めたかのような初々しさがあったのだ。恐らく、その不慣れさに親近感を覚えたのだろう。
だが、同時に思うのだ。
それはおかしいのではないか、と。
先ほどの話の通りなら、じきに閉館する予定の旅館で人を新しく雇うことがあるのか。言っては悪いが、それも素人を。
人手は十分足りているようなところに。
「草鹿さんって、案内が
表情こそ変えなかったものの、場の空気がほんの一瞬だけ冷えるのを感じた。
これは地雷を踏み抜いたか、と思ったのもつかの間。
「……御冗談を。余計な話が過ぎましたね。お部屋へご案内します」
まるで何事もなかったかのように流された。
その足取りはこれまでより少し、早かった。
──────
案内を終え、裏手に回った草鹿はひとり呆けていた。
自身の秘事が露呈しかけたことに焦るでもなく、それを暴こうとした修二に怒るでもなく、ただ困惑していた。
「なんで」
ついさっき、うっかり殺気立ててしまったことなど、もはやどうでも良いとさえ思っていた。
厳密には関連するのだが、少なくとも失敗への後悔など微塵も感じていなかった。
「なんで、さっきので縮こまったり、取り乱したりしなかったんだろ」
自分は役職柄他人の感情の機微には敏感なつもりだが、少なくとも今まで見てきた人間の誰しもが自分の殺気に何かしらの反応を見せていた。
だから一瞬の出来事とは言えそういった感情を見せなかった修二はあまりに異質で、興味の対象足り得る存在だったのだ。
「また、あえるかな……あえたらいいな」
そんな草鹿の心境を知ってか否か、彼女に指令を下すべく訪れる影が一つ。
「……あっ。お母様」
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