第54話 決着
現在
人間界
東京都 戸科下市
「アア ア ア」
ある前提を忘れてはならない。
「ア アア アアアア」
「アアアア アアア アアアア アア アアアアアアアアアア」
殺すことを躊躇う相手も、存在する。それは決して人間だから殺せないというわけではなく、もっと感情的で、もっと非合理的な、いかにも人間らしい動機だ。
大切だから。
かつて、
赤崎紫穂を手にかけた蜂尾を、どうしても――赦すことができなかった。
「アアアアアアアアアアアアアアア」
ただし彼女は、悪魔と天使の娘だった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
レイドが蜂尾の顔を鷲掴みにし、右目ごと装甲をもぎ取った。髑髏に似た金属骨格が露出する。
「……ッ!?」
「アアアアアアアアアアアッッ!!」
豹変したレイドが獣のように雄叫びを上げ、蜂尾に襲いかかる。
蜂尾が額の目から撃った光線が、レイドの左目を撃ち抜いた。光線は涙を蒸発させ、眼窩から側頭へ抜け、角と耳を断った。が、レイドは全く怯まずに蜂尾をぶん殴った。
「死ねえええええエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
蜂尾の下顎が飛んでいく。殴ったレイドの手もめちゃくちゃになっていたが、気にする素振りは無かった。レイドは蜂尾の鎖骨に当たるパーツを掴み、力任せにねじり切ると、そのパーツで脳天を殴打した。前のめりになった蜂尾の頭の管を掴み、うなじを思い切り踏みつける。管がごっそりとちぎれ、蜂尾は地上へ墜落した。
「
光輪の直径が大きく広がり、激しく輝いた。レイドが光輪の中心に掌を掲げると、巨大な矢が現れた。
「『
地上で赤い閃光が瞬いた。
「『M31CE対艦極大ダート弾』、発射ッ!」
蜂尾が放ったM31CEの赤い矢と、光輪から放たれた金色の矢がぶつかった。力は拮抗し、矢尻に走った亀裂に互いの光が侵食した。
「ッ!?」
矢と矢の決着を見届ける前に、レイドは光輪を空に残したまま矢の上を駆け降りていた。光線の射出を続ける蜂尾の元まで辿り着くと、喉に回し蹴りを叩き込んだ。
「ッッ」
空で矢が爆散する。赤と金の粒子が降り注ぐなか、レイドは蜂尾を繰り返し殴りつけた。
「どうして殺したッ!」
手と前腕が折れるまで殴り、前腕が使えなくなると、肘で殴った。腕が無くなると、再生するまでのあいだ、何度も頭突きした。
「お前はッ、人間を守ってンじゃねぇのかよッ!?」
蜂尾の光線に胸を撃ち抜かれようと、レイドは止まらなかった。再生した手で蜂尾の額の目を殴り、破壊した。
「なんでわざわざ殺す必要があったッ!?」
両肩を掴んで引き寄せ、腹に膝蹴りを入れる。衝撃で蜂尾の背骨が浮いた。レイドは蜂尾の背にある翼に、ブレードを突き刺した。胸まで貫通したブレードを捻じり、腋まで切り裂く。
「あの子は……関係無いだろうがッッ!?」
顎を蹴り上げ、仰け反った蜂尾の膝を踏み砕く。仰向けに倒れた蜂尾の胸を踏み、両腕を掴んで力いっぱい引っ張った。
「おおお……おおおおお」
蜂尾の肩がミシミシと軋み出す。パーツの連結部が広がり、中からM31CEの光が漏れた。
「……ッッ」
「オオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
バキバキバキ。
蜂尾の両腕が、肩からちぎれた。
腕を遠くへ放ると、レイドは蜂尾に馬乗りした。逃げられないよう、蜂尾の脇腹を自分の腿で万力のように挟む。その後は、ひたすら、殴り続けた。何度も、何度も。
「死ねッ! 死ねぇッ!」
蜂尾の顔が原型を留めないほど陥没する。なおも、レイドは殴る。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
どうして殺しただと?
――「もう進路希望調査だってさ。まだ入学して二か月だよ? 早くない?」
その日は彼女の部活が休みで、珍しく一緒に帰った。
――「とりあえず大学進学でいいかなー」
断るのも悪いので、彼女の家に寄った。お気に入りだというヘンテコなエイリアンのキーホルダーをくれた。
――「景は?」
あのキーホルダー、どこにやっただろう。
――「景は? 将来、やりたいこととかないの?」
関係無いだと?
――『アサルト星人、このままでは連合の全戦力を以て君を排除しなくてはならなくなる』
やりたいこと、か。
――『その際の損害は計り知れない。我々としても、衝突は避けたいのだ』
そんなの、あったことあったっけ?
――『君に提案があるという者が居る。紹介しよう』
――『俺はドゥル・ライズだ。とある惑星の監督官をしている』
私は。
――『今までやってきたこととは反対のことを、やってみないか? きっと試したことがないだろう?』
私は……。
――『君に不向きな、とびきりの
必要以上に目立たなくて、でも疎まれるほど日陰者でもなくて。
擬態するうえで都合の良い人間だった。
だから、彼女を選んだ。
知らなかったんだ。
――「写真? あ、それ? 旅行に行った時のやつだよ。中二の頃かな」
知らなかったんだ。
――「そうそう、そっちがお母さん。ね~若いでしょ。私を産んだの二十歳だったかな?」
――『惑星保護官。やってみれば、お前も気づけるんじゃないか?』
――「そろそろお母さん帰って来る時間かな。え? 帰るって、どうしたの急に」
――『何に、か。それに気づかせるためでもあるんだがな。強いて言うなら……』
――「あ~そっか、そろそろ妹さん迎えに行く時間か」
――『お前が今まで、何を奪ってきたか』
――「またね、景。バイバイ」
知らなかったんだよ。
苗字が変わっていたから。
たった二カ月だと?
たった八十億分の一だと?
――『お前が今まで、何を奪ってきたか』
「オ……前ラ、ガ……」
ノイズだらけの蜂尾の声は、声にならなかったが、叫びはレイドに届いた。
「
レイドが蜂尾の首を刎ねた。
「黙れ」
が、蜂尾の本体はそこではない。胸の亀裂に手を差し込み、装甲をこじ開ける。
空に浮かぶ光輪が、赤黒い稲妻を発した。
「正義も、理屈も、何も要らない。これは私の怒りだ」
稲妻は光輪の中心で絡み合い、禍々しい、グロテスクな十字架を紡いだ。
「
蜂尾の
「
血の色の十字架が、大地に突き刺さる。光輪が砕け、解き放たれた稲妻が炸裂する。
一瞬の閃光の後、大地には巨大な、底の無い穴が空いていた。
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