第53話 赤崎華穂

 白髪の少女レイド・イービルが日本語を習得した地域を特定するため、蜂尾は土方に音声記録の分析を依頼していた。

 東北地方が有力であることまでは突き止めたが、正体の特定に繋がるほど有益な情報には至らなかった。彼女が異世界人であることがほぼ確定したことで、その線の捜査も中止することとなった。

 捜査を打ち切る際、土方は何の気なしに音声記録をデータベースに照会してみた。地球の惑星保護官のデータベースには、インターネット上にあるほぼ全ての音声と、保護官が任務時に録音した音声が保管されている。しかし、まさか一致する人物が居るわけが無い。駄目元の照会だった。

 ところが、だ。信じ難いことに、ある地球人の音声記録と声紋のが一致した。

 何故、部分的に一致するのか。白髪の少女とその人物の声紋を詳しく比較してみると、調ことが判明した。

 とんだ偶然もあったものだ。天文学的な確率で起きた奇跡のような部分的一致だが、決して手掛かりではないと土方は判断した。彼は誰にも報告しなかった。何故なら、その部分的に声紋が一致した人物は、二十年も前に死んでいたからだ。

 赤崎あかざき華穂かほ

 敵性地球外生命体インベーダーの証拠を隠滅するため、偽造テロ組織ラスティギアにテロを起こさせた現場に、赤崎華穂は居合わせていた。記憶操作により過激思想を刷り込ませたテロリスト役の地球人が装着していたマイクが、赤崎華穂が発した声を拾っていたのだ。その記録が、データベースに残っていた。

 報告には至らなかったものの、故人である赤崎華穂は興味深い人物だった。

 彼女はその場でテロリストを一名、殺害していた。テロリスト役が装着していたカメラに、詳細な様子が映っている。

 無差別に銃を乱射するテロリストに飛びかかり、両目を潰し、頸動脈を噛み切った。すぐに別のテロリストに射殺されたものの、発砲がもう少し遅ければ、彼女はもう二人か三人は道連れにしていただろう。

 当時十五歳の中学生がそれをやってのけた。赤崎華穂は特に武術や格闘技を習っていたわけでも、素行が野蛮だったわけでもない。一般家庭で健やかに育った子供だった。これらのごく平凡な背景は、彼女の稀有な性質を浮き彫りにする。

 生来殺人者ナチュラルボーンキラー

 殺人に一切の抵抗を持たず、また興奮も覚えない人間。潜在的にこの性質を持つ人間は一定数、存在する。現代においては、大半がこれを発揮することなく一生を終える。戦争が減り、殺人がとなる機会が減ったためだ。

 異常殺人者シリアルキラーなどと異なり取り沙汰されることが無く、それどころか地球人が認知すらしていないのは、生来殺人者ナチュラルボーンキラー共感性欠如サイコパシーや精神疾患ではない、単なる価値観の一種だからである。

 彼らは率先して殺人を行うわけではない。衝動も執着も持たない。ただ、危機的状況などで殺人の必要を迫られた際、躊躇わずにそれを実行できる。実行したことについて悔いることも、反芻することもない。殺人という行為に、特別な想い入れや意味や象徴を見出さない。

 ただ、それだけの人間である。

 エイリアンは彼らを原初人類プロトタイプとも呼んでいる。本来、人間に殺人を躊躇う感情は無い。殺人への抵抗感は、社会性が発達したことで生じた余分オプションに過ぎない。

 原初の価値観。殺し、殺される。自然界の掟に従っていた頃の名残り。生来殺人者ナチュラルボーンキラーとは、退化発展する以前の本当の“人間”なのである。

 普通に暮らしていれば、特徴を発露しないことが特徴である彼女の一生は、何事も無く平穏に過ぎていったことだろう。ラスティギアのテロに居合わせてしまったために、彼女はそれを発揮せざるを得なかった。

 危機的状況に面すると、大多数の人間は逃げるか、隠れるなど、消極的受け身に生き延びることを優先する。生来殺人者ナチュラルボーンキラーは、それらの選択肢アクションの中に積極的生存方法脅威の抹殺を加えることができる。

 赤崎華穂はテロリストを前にし、殺さなければ殺されることを悟った。逃げるより、隠れるより、殺すことが最善だと判断した。

 だから殺した。

 その選択ができる人間だった。

 テロ現場の生存者がゼロ人であったことは、彼女の選択が合理的だ正しかったことを証明している。あのままテロリストの数を減らすことができていれば、彼女か、あるいは誰かが生き延びていた可能性は高い。

 現代を基準に一言で表すならば、凶暴。

 必要とあらば牙を剥く。

 赤崎華穂は、ヒトの形をした獣だったのである。



「……よくも……紫穂を……」


 神は勇者をランダムに選ぶ。人間界の死者の中から、差別無く一人を摘まみ取る。

 作為は無いが、しかし、

 勇者に相応しい者。堅い意志と強い正義感を持つ者を。神だから奇跡を呼ぶのか、奇跡を呼ぶから神なのか。望んだを、意図せず手に入れることができる。

 魔王にも同じことが起きた。

 レイド・イービルのは、意図せず選んだ。

 たまたま選んだ赤崎華穂が、魔王の求めたものを持っていた。

 凶暴であること。獣であること。

 奪われる前に、奪える者であること。

 奪われた時、

 必ず、奪い返す者であること。


「ぶ っ 殺 し て や る」


 かつて、魔王が魔王になると決意した日のように。

 赤崎華穂レイド・イービルは、慟哭した。

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