第52話 慟哭
二十年前
「
それが最期の会話だった。
「東京に着いたら写真送るね」
国際テロ組織ラスティギアによる無差別乱射テロから二日が経ち、被害状況が明らかになってきました。現在確認されている死者は三百十八名。その中には修学旅行で都内を訪れていた学生も多数含まれており、また現在も行方不明の生徒がいることなどから警察は……
現在
人間界
東京都 戸科下市
レイドは動揺した。転生して以来、明確な精神的ダメージを負ったことはほとんど無かった。勇者の娘という境遇が、そんな甘えを赦さなかった。ガルズの死を知った時も、彼女の中には先遣隊隊長として毅然と振る舞わなければならないという責任感があった。
魔王の娘であること。隊長の責務と、魔王候補の自負が――レイド・イービルが、初めて揺らいだ。いや、正確には二度目か。
それが、彼女がレイドになる
(どうして来たんだ……
これだけ暴れたんだ、自衛隊が出動するのは当たり前だ。しかし航空自衛隊の基地なら都内にもある。何故、埼玉県の基地に居た妹がわざわざ?
レイドは知る由も無いことだが、国内の自衛隊基地は土方のハッキングでほとんど機能していなかった。埼玉県の航空自衛隊
ハッキングに穴が生じた最も大きな原因は、二つの監視衛星で行っていた処理を一つの監視衛星に集中したためだった。
バリアで囲んだ戸科下市に侵入することはできないはずだったが、ここでもまたエイリアン側の誤算があった。全距離戦闘モード……地球で蜂尾が使用できる最大火力と同等の火力を、レイドが有していたことだった。
レイドが天使の力を解放した直後のことだ。蜂尾の『M31CE対艦スピア弾』とレイドの『
二機の戦闘機が戸科下市に侵入したのは、バリアの穴が修復される二十秒前だった。
(来ちゃダメだ!)
レイドは心の中で声にできない叫びを上げる。それ以上近づけば、レイドと蜂尾の戦いが生む衝撃波だけで戦闘機など容易に吹き飛んでしまう。念力で引き返させるか不時着させることもできたが、蜂尾の前で
(どうしよう……このままじゃ……!)
戦闘機はかなりの速度でこちらに向かっていた。空中で暴れる不審な物体、つまりレイドたちを目指している。迷っている暇は無かった。早く、なんとかしないと。
その時、レイドはあることに思い至る。
「あ……」
エイリアンは、あの戦闘機をどうするだろう。
守るか、それとも――
「……」
蜂尾はレイドと相対したまま、後ろ手に戦闘機を指さした。人差し指の先端が赤く発光した。
「三佐!? どうしたんですか!?」
先輩パイロットである
『わからない! クソ、なんだ!? コントロールが利かない!』
「なんですって!?」
それにしては、機体は綺麗に旋回している。熟達したパイロットが操縦しているとしか思えなかった。貝木は悲鳴のように喚いた。
『誰が動かしてるんだ!? ハッキングか!?』
「ハッキング!? そんな馬鹿な!」
戦闘機のコックピットは最先端コンピュータの宝庫だ。外部からコントロールを奪うなどありえない。
大きく旋回した貝木の機体が、赤崎と向かい合った。このままでは衝突してしまう。槓桿を傾けようとした赤崎は、冷や汗をかいた。槓桿がビクともしなかったのだ。
さらに恐ろしいことに、ヘッドアップディスプレイが貝木の機体を勝手にロックオンした。同時に、貝木の機体にこちらがロックオンされたことを報せた。けたたましい警告音を聞きながら、二人は半狂乱に叫び合った。
『避けろ一尉!』
「制御不能です!」
『ああ!
「離脱します!」
『できない! ふざけんな、なんでだよッ!』
「三佐やめて、撃たないでッ!」
二機の戦闘機が、互いにミサイルを発射する。赤崎側が放ったミサイルは、一発目で貝木の乗るコックピットを圧し潰し、爆発した。貝木側のミサイルは赤崎の戦闘機の左翼を吹き飛ばした。機体が大きく傾く。
「うわあああ!」
悲鳴を上げながらも、赤崎は懸命に槓桿を握り締めていた。姿勢を立て直し、せめて街への墜落は回避しなければ。
「やった!」
いきなり同士討ちを始めた戦闘機。蜂尾が何かをしているのは明白だった。
「やめろッ!」
蜂尾に飛びかかろうとしたレイドは、不意に己の立場を思い出す。
私は人間界を滅ぼすために来たのだ。蜂尾を阻止して、何になる。妹のことも――赤崎紫穂のこともいずれ殺さなくてはならないというのに。それが多少早まるだけだというのに。
別に死んでもいいじゃないか。
別にいいと、思わなきゃ――いけないじゃないか。
私は、魔王の娘なんだから。もう、あの子の姉ではないのだから。
警告音は鳴り続けていた。歯を食いしばりながら槓桿を傾け、赤崎はヘッドアップディスプレイを見た。
ヒュッ、と赤崎の口から息が漏れた。心臓が止まってしまったかのように感じた。
「うそ」
貝木の戦闘機が放った二発目のミサイルが、すぐそこに迫っていた。
爆散した戦闘機の黒煙が交わり、墜落していくのを蜂尾とレイドは眺めていた。間も無くドーンという衝撃が二度響き、どこまでもこだました。
音が止むと、奇妙なほどの静けさが漂った。
「……」
指先の発光が治まる。手を下ろすと、蜂尾は口を開いた。
「“やめろ”……だと?」
首を傾げ、一方へ垂れた管にM31CEが脈打った。レイドを凝視する目が、ゆっくりと点滅していた。
「誰の所為だと思っている?」
点滅が徐々に速くなる。管の脈動が激しくなり、蜂尾の声に耳触りなノイズが混じった。
「おい、
クローゼット。ポール。
――景?
ポールに通した、ベルト。
「いったいあと、どれだけ……私に
レイドが顔を上げる。彼女の顔を見た蜂尾は次の言葉を呑み込み、純粋な疑問を投げかけた。
「何故、お前が泣いている」
――
「
――ごめんね。
「
――「うーん。なんでもいいよ、お土産とか」
それが最期の会話だった。
――「行ってらっしゃい、おねえちゃん」
その時のレイドの表情は、筆舌に尽くし難く。
強いて近い言葉を探り出すならば。
「よくも……紫穂を……」
慟哭。
「ぶ っ 殺 し て や る」
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