第51話 ドゥルVSジェイ
戸科下市 ホテル陽世
対峙し、睨み合う。
ドゥルとジェイの膠着状態が崩れた要因は、彼ら自身ではなかった。
エントランスの天井が崩落し、バスターソードを振り回すクルスと、大量の海月が落下して来た。
「魔王軍式魔法『
アッズがドーム状のバリアで魔法陣を囲う。クルスと海月はバリアに弾かれ、エントランスの外へ、ドゥルとジェイの方へ雪崩れ込む。ジェイの存在に気づいたクルスが、ジェイに襲いかかろうとした海月を切り裂いた。
ジェイを飛び越してドゥルに切りかかろうとしたクルスだったが、海月の触手に体じゅうを絡め取られる。八つ裂きの刑のように四肢を別方向へ引かれ、クルスはバラバラにちぎられた。
海月とクルスの血肉が雨のように降り注ぐ。海月の破片が背中に当たり、クルスの血が眼球に当たろうとも、ジェイは身じろぎせず瞬きもしなかった。彼の集中はぶれなかった。
「……」
「……」
クルスの頭部が二人の間に落ち、視線を遮った。
ドゥルが動く。
初めて生じた死角から、尻尾を槍のように繰り出した。クルスの頭部を貫き、ジェイの眉間を狙う。が、ドゥルの尻尾は虚空を突いた。
ドゥルが突いた時、否――ドゥルが突こうと考えた時には、既にジェイは動いていた。
達人戦において、鍵となるのは読み合いだ。相手がいつ動くか、どこへ仕掛けて来るか。類まれな達人同士の果し合いは、睨み合いが数時間に渡ることもある。歴戦の猛者たるドゥルはジェイを遥かに上回る戦闘経験から達人と呼ぶに相応しい洞察力を有していたが、惜しむらくは、この時の彼は焦っていた。
ドゥルには時間制限があった。ゲートの修復を阻止する、重大な任務。一刻も早くジェイを押し退け、アッズとヴェスを始末しなければならない。
極限の読み合いにおいて、決着を急ぐ焦燥は邪念に他ならない。対して、ゲート修復までの時間稼ぎが目的のジェイは、膠着状態が数時間続こうが一向に構わなかった。
ドゥルほどの頭脳と猛者になれば、些細な邪念に過ぎない。しかし、相手が悪かった。
全身全霊。ジェイは持てる思考と血と肉、魂の総てを――この瞬間に賭けていた。この後のことを考えているドゥルなど及びもしない、一切の曇りの無い完全な集中状態だった。
「――」
決着を急ぐドゥルが、イレギュラーが起きた時すぐに動くと、ジェイは読んでいた。クルスの頭部が視線に割って入るとわかった瞬間、ジェイは踏み出していた。姿勢を低く落とし、地面すれすれを這うように走る。ドゥルが突き出した尻尾の下をくぐり、懐へ入る。
ウォーハンマーを地面に擦りながら、振り上げる。振り上げた先は、ドゥルの股の間。それより少し奥だった。
足止めを任された時、アッズから助言を受けていた。ドゥルに悟られないよう、思念魔法で伝えられた。
――『奴は粘膜が弱い。狙うなら目か口、それか肛門だ』
ドゥルはジェイの狙いを悟る。洗練された動きだが、遅い。純粋なフィジカルではこちらが圧倒的に速い。ジェイが肛門を打つ前に、ドゥルは貫き手を放った。
(
ウォーハンマーの柄から、ジェイの手がするりと抜けた。
「ッ!?」
ジェイはウォーハンマーを手放して跳躍し、貫き手を躱すと、ドゥルの顔に手を当てた。
(
ジェイの掌は、ドゥルの眼球にぴったりと密着していた。
人間界にも似た技が存在する。体内に運動エネルギーを流し込む技術。中国武術などでは
収斂進化という言葉がある!
数ある魔族の中でも体が小さく、魔力にも恵まれない弱小種族だった
「スゥ……」
都合の良い足場があった。ドゥルが貫き手を放ち、伸ばした腕。異様に頑丈で、しっかりとした、充分な地面だった。
「……ハァ」
体内に流し込まれたエネルギーは、対象を細胞レベルで破壊する。
ジェイの掌打から放たれた波動は、眼球から頭蓋の内へ浸透した。波動が伝えた
ドゥルの頭の中から、パァンと破裂音が鳴った。
「――……」
眼窩から脳漿が溢れ出す。顎が下がり、ドゥルの口から長い舌が垂れた。手応えから、ジェイは脳を完全に破壊できたと確信した。
「ん?」
ジェイが読めなかったのは、相手が
ドゥル・ライズには、
ドゥルがジェイの頭に手を触れた。
「な!?」
脳を破壊したのに何故、という疑問を抱くより先に、ジェイの体は動いた。
ジェイはすぐさまドゥルを振り払い、着地するやウォーハンマーを拾い上げて肛門を殴打した。肛門から浸透した波動は背骨を駆け上がり、脊髄をことごとく破壊して運動機能を奪った。最後に到達した頚椎で
ジェイは素早く
(背骨をぶっ壊した……死んでなくても、これでもう動けねぇはずだ!)
ドゥルは両腕をだらりと下ろし、立ったまま静止した。ジェイの慧眼からしても、もう動く気配は無かった。
「なんだ……?」
ドゥルへの危機感が拭えない。指一本動かせなくなった彼から、未だに脅威を感じるのは何故だ。
わからなかった。想像さえできない。ジェイの武術は、魔界に居る生物を対象としたものだ。
「……
頭に触れれば、彼は他者の記憶を覗き見ることができる。
彼が何より欲していたのは、最も大きな
――「もし異世界側にゲートを開く手段が普遍的に存在するとしたら」
――「我々は異世界を滅ぼさなくてはならない」
予備脳に埋め込んだ通信機を用い、ドゥルは伝えた。
「惑星保護法に基づき、命じる」
唯一の勝利条件。
「
最後の命令だった。
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