第50話 死闘
レイドが天使の力を解放する利点とは、耐久性の強化にある。
神の遣いと呼ばれるだけあり、天使には神から加護が与えられている。魔界で勇者の次に純粋な生物から遠く、神に近いのが天使だ。その肉体と精神は堅牢に造られ、滅多に傷を負うことはない。
今やレイドは血まみれだが、ここまで負傷させる蜂尾がどうかしているのだ。天使の耐久性が無ければ、何度か死んでいたくらいだ。
地下牢の礼拝堂に磔にされたレイドの母も、単に生命力が高いというより、あの程度では死ねないと表現した方が正しい。天使の心臓は穴が空いても鼓動を続け、食事をせずとも肉体は数千年朽ちないのだ。
再生力が高い魔族とは、似て非なる。悪魔は逆に耐久性は低いが、真の意味で生命力が高い。魔王ほどになると生首からでも復活できる。
悪魔と天使、二者の特性を併せ持ったのがレイドだ。訓練によって血の濃さをコントロールする術も体得している。外見の通り、今のレイドは天使の血を前面に出して耐久性を増していた。
魔王の娘という自負と魔族の仲間が良い顔をしないこともあり、本当なら使いたくなかった。普段は悪魔の血を九割、天使の血を一割の濃さにしている。だがこの状況においては有効だった。蜂尾の常軌を逸する殺傷力に、天使のタフネスは打ってつけだ。
(……
レイドは蜂尾の胸に目を留めた。拳の形に凹んだ装甲。天使の力を使う前、『
あれが、蜂尾の心臓なのではないか? 心臓と同じくらい、重要なパーツなのではないか?
(あの時と同じ力で殴れば、装甲を割れる)
さらに言うなら、
(もっと強い力で殴れば……心臓まで届く)
レイドの光輪が煌めいた。両腕の肘から先が灰色に変色し、爪が猛禽類の鉤爪のように獰猛化する。肘の骨が皮膚を突き破って伸び、鋭利なブレードとなる。手首には禍々しいフォルムに不似合いな、金色に光る腕輪が通った。
「
前腕のみ悪魔の血の濃さを九十パーセントまで増した。天使の耐久性を維持ししつつ、悪魔の殺傷性を得る。相手に合わせて血の濃さをカスタマイズできる能力こそ、レイドの
(本気で殴ってやる)
邪魔な尾は壊した。目も一つ壊している。管の使い方も、装甲の硬さも、蜂尾の戦法もだいたいわかってきた。
いける。
目と尾を直される前に、倒す。こっちも尾をちぎられたが、目が三つあるだけまだ分がある。少しでも有利なうちに決める。
ガルズ、四天王、先遣隊の皆の仇。魔王の娘として、必ず殺す。
「……どうした、来ないのか?」
レイドは探るように尋ねた。
「来ないなら、こっちから行くけど?」
「……」
「何も言わないんだね」
「……」
「じゃあ、行くから」
「……」
「……」
「……」
背の髑髏が黒炎を噴き、レイドは蜂尾へ一気に間合いを詰めた。腕輪から発する光にコーティングされた悪魔の手が、黒炎噴射の推力を上乗せした高速のパンチを放つ。
「っ!」
蜂尾は掌で正面から拳を受け止め、レイドの手の甲に指が刺さるほど強く握り締めた。ゼロの間合いから、蜂尾は空いている手でレイドの顔面をぶん殴った。左頬が削げて歯茎が露出し、奥歯がごっそり抜け落ちた。
「うがぁああ!」
レイドは仕返しに肘のブレードで顔面を切りつけた。惜しくも目を外し、蜂尾の顔に横一文字の創がつく。掴まれた拳をぐいと引き、顔にブレードを突こうとしたが、蜂尾はレイドの手を離してブレードをキャッチした。
ブレードを握らせたままその場で反転し、レイドは蜂尾の側頭に後ろ回し蹴りを叩き込む。が、蜂尾はもう一方の腕で蹴りをガードしていた。
蜂尾の目が発光する。レイドはブレードを掴む蜂尾の左手の指を切り落とし、髑髏の噴射で身を翻した。蜂尾の光線がレイドの脇腹を掠り、皮と肉を焦がした。
続けざまに撃った蜂尾の光線を、レイドは自身の光線で相殺した。目が三つ残っているレイドにアドバンテージがあり、相殺を逃れた光線が蜂尾の頭部を被弾した。左側頭部が剥がれ、内部の金属の脳が露わとなる。蜂尾が怯んだ隙に詰め寄ると、レイドはその側頭に強烈なフックを叩き込んだ。
「……ッ」
蜂尾の目が明滅する。効いてる。レイドは光のハンマーを生成し、蜂尾を空高くかっ飛ばした。
「
金属片が血飛沫のように散らばる。装甲を激しく損傷させて天を仰ぐ蜂尾に、レイドは追い打ちをかけた。正面から胸部を殴打し、装甲に亀裂を作る。レイドは光のハンマーを鎖に変形させ、吹き飛んで行こうとした蜂尾の首に巻き付けた。
「
鎖でレイドを引き寄せ、悪魔の拳を振りかぶる。狙いは胸。装甲の亀裂をこじ開け、中の
「ッ!」
蜂尾は翼から火を噴いて微かに上昇し、レイドの拳を膝蹴りで返り討ちにした。レイドの右の拳はぐしゃりと潰れ、折れた中手骨が突き出した。
光線で光の鎖を断ち、蜂尾は高所から踏みつけるようにレイドを蹴った。レイドが同じ高度まで上がると鼻面にヘッドバッドし、ゼロ距離から光線を撃つ。寸でのところで首を傾げたレイドの口から削がれた頬の外へ、光線が抜けていく。
「うぉおらぁッ!」
レイドの拳が蜂尾の顔面を捉え、顎の装甲が剥がれ落ちた。と同時に、蜂尾にみぞおちを殴られ、レイドは破裂した胃から逆流した血を吐き出した。
「……ッ!」
「はぁぁッ!」
レイドは潰れた拳で殴りかかる。腕が交差し、互いに顔面を打つ。両者が目の光線で拳を撃ち抜き、熔解した手首が頬を叩き合った。
もう一方の拳を振りかぶる。正面から衝突する瞬間、レイドは拳を下げ、肘のブレードで蜂尾の拳を真っ二つに割った。勝機とばかりに首を狙ったレイドの手刀を、蜂尾の光線が真っ二つに割った。
「――ッ」
「――っ」
蜂尾は熔けた拳を換装し、レイドは熔けた拳を再生した。蜂尾は破損部をパージし新たなパーツを組み立て、レイドは新たに生やした骨に腱を通し筋繊維を纏う。蜂尾は装甲を着ける時間を惜しみ、レイドは皮膚を着ける時間を惜しみ、骨組みと筋肉を露出したまま殴りかかった。
「ッッ!!」
「はぁあッッ!!」
M31CEで赤く光る蜂尾の拳と、天使の加護で金色に光るレイドの拳が激突した。
勝負を決めたのは拳の硬さだった。装甲を捨てた蜂尾の拳はM31CEで灼熱の火力を有していたが、レイドの拳には天使の加護が付与されていた。
レイドはM31CEの灼熱に焼かれることなく蜂尾の拳を貫き、その胸の中心を打ち抜いたのだった。
「……ッ……!」
胸の亀裂が広がり、内部で蠢く
(もう少し!)
本当なら今の一撃で背中まで貫通させるつもりだった。直前の拳同士の激突で威力を落とされたのだ。ならばもう一度。
(次で倒すッ!)
遠い空からこちらへ近づいて来る物体が、レイドの目に映った。数キロも離れていたが、レイドの人外の視力は望遠鏡のように鮮明にその物体を捉えた。蜂尾もまた、背面にあるカメラでそれを見つけた。
飛んで来る物体は二つ。鳥かと思ったが、大き過ぎるし速過ぎる。
「あ――」
それは自衛隊の戦闘機だった。
とてつもない悪寒が、レイドの背筋をなぞった。見たことがある機体だった。それも、つい最近。
視力が良過ぎたばかりに、レイドはパイロットの人相まで正確に認めてしまった。
「……
懇願するような声を絞り出し、彼女は前世の、たった一人の妹の名を呼んだ。
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