第48話 蜂尾VSレイド

 戸科下市 上空


 右の掌に上顎、左の掌に下顎の紋様が浮かび上がる。レイドは合掌し、髑髏の陣を完成させた。

「魔王軍式魔法・禁呪『死者の饗宴ヴァルハラ・サパー』!」

 都合八枚の骸骨の門が、蜂尾を囲むように顕現した。アッズの魔法よりも一回り大きい門が開き、剣や斧や槍を持った骸骨の手がいくつも現れ、蜂尾を袋叩きにした。

 激しい破砕音が鳴り響くが、砕かれたのは骸骨たちの方だった。骸骨の手と武器の破片が門と門の隙間からこぼれ落ちてくる。赤い閃光が瞬いたかと思うと、光線が全ての門を撃ち抜いた。

 レイドは舌打ちした。

「『死者の軍』ヴァルハラ・シリーズじゃ歯が立たないか……!」

 門が消えると、魔法を発動する以前と変わらぬ姿で停空する蜂尾が居た。

「三連『M31CEスパイラルスピア弾』発射」

 蜂尾が螺旋を巻く光線を放つ。レイドは鍵穴の紋様を浮かせた掌で、光線を平手打ちした。

「イービル式魔法『虚牢ヘル・ボックス』!」

 泥のように汚濁した掌大の箱に、光線が収まった。が、閉じ込められたのはほんの一瞬で、レイドが後ずさってすぐ箱が破裂し、光線の余波が四散した。

(やっぱり駄目か!)

虚牢ヘル・ボックス』はイービル家第七王子ブラッド・イービルが開発した封印魔法だ。ホテル陽世でアッズを庇った際にも、レイドはこの魔法で光線を退けた。念力で弾道を逸らそうとしたのだが光線の威力があまりに高かったため、自分の腕ごと封印を試みたのだ。

(ブラッド兄様直伝の封印魔法が……こうもあっさり破られるなんて)

 威力を抑えることはできるものの、封印は一秒ももたない。おかげでレイドが腕を失わずに済んでいたのは、なんとも皮肉な話だった。イービル家の子は魔王譲りの生命力でたいていの傷はすぐに治るが、封印した場所は後から生やすこともできなくなるのだ。

(……あの山で会った時より、めっちゃ強くなってる)

 レイドは苦い顔で、異形のマシンと化した蜂尾を睨んだ。

(認めたくないけど、ガルズを倒したのも納得だ)

 黒緑神社で盾を押し返された時から光線への対策は考えていた。その中でも封印は捨て身の最終手段だった。よもや、それすら無効化されるとは。

(手足がもげるくらいなら全然平気。でも頭に当たったら、絶対死ぬ)

 防ぐことは考えない方が良い。攻撃をひたすら掻いくぐり、蜂尾を叩く。

「悪いね、エイリアン。あんたは地球に気を遣って戦ってるんだろうけど」

 レイドは視線の先に居る蜂尾を挟むように、掌を上下から向い合わせた。

「こっちはもう、手加減してあげられないよ」

 上の掌には稲妻の紋様が、下の掌には炎の紋様が浮かんでいた。蜂尾の上空に黒雲が、真下には黒煙が発生し渦を巻いた。蜂尾を潰すように、レイドは掌を重ねた。

「魔王軍式魔法・禁術『雷霆の天罰ケラウノス・ランス』、黒龍魔法『冥府の獄焱ニーズヘッグ・ブレス』ッ!」

 黒雲の渦から巨大な雷の槍が落ち、黒煙の渦から黒い火柱が昇った。

「……」

 蜂尾は尾の液状ソードで雷の槍を両断し、目の光線で火柱を相殺する。レイドは動揺することなく、魔法を破られてすぐ両手を広げ、何かを持ち上げるようにゆっくりと掲げた。

「魔王軍式魔法『泥の巨兵ゴーレム』」

 地響きが起こり、建物を押し退けて地中から巨大な一対の腕が生えた。街の土で構成されたその腕には、水道管や電柱などが混ざっていた。少なくとも百メートルはある巨大な掌が、蜂尾に殴りかかった。

 蜂尾は球体の翼から火を噴いて拳を振り抜き、『泥の巨兵ゴーレム』の手を粉砕した。もう一方の手は、翼の推力を利用した回し蹴りで木端微塵にした。

 レイドが手でピストルの形を作り、蜂尾を指した。

「イービル式魔法『念力弾パワー・ブレット』」

 極小の念力を銃弾のように放ち、蜂尾を撃つ。顔面に命中し、頭の管が髪のように揺れた。強制的に横を向かされた蜂尾が、フクロウのように首を回してこちらを見る。頬の辺りが微かに凹んでいた。

 レイドは苦笑いした。

「クリーンヒットでもその程度かい」

 蜂尾が光線を撃つ。レイドは飛行魔法で避けつつ、念力弾を応射した。

 見えないはずの念力弾を尾の液状ソードで切り払い、蜂尾はレイドの方へ飛んで来た。射角から弾道を予想して切っているのか。迫りながら光線を撃って来るため、レイドは回避にも忙しかった。距離を保とうとしたが、マッハの蜂尾に追いつかれた。

(撃ち合いじゃ埒が明かないって判断? ……奇遇だね、私もだ!)

 左腕に浮かび上がった剣の紋様から柄が生える。レイドは右手で柄を手に取り、抜剣した。

 蜂尾は液状ソードをサソリの尾のように頭上に伸ばし、レイドの脳天に切りかかった。受け流そうとしたレイドの剣は、液状ソードと衝突した途端に木の枝のようにあっさり折れた。

「うぇッ!?」

 裂かれた額から血が溢れ出る。あと少し退くのが遅ければ、頭をかち割られていた。

(なんだこの剣……!?)

 切れ味を決めるのは使い手の腕。関節の限られた手足で振るっていたガルズ戦と異なり、今の蜂尾は自在にしなる尾で液状ソードを操っている。剣速も切れ味も各段に上がっているのだ。

 今度は下から切り上げて来る。レイドは折れた剣から剣身と柄をそれぞれ再生して二本にすると、一方で液状ソードの面を叩いて太刀筋を逸らしつつ、もう一方で蜂尾を切りつけた。

 パァンと大きな音が鳴る。蜂尾がレイドの剣を真剣白刃取りしたのだ。念力弾の弾道を予測できるなら、太刀筋を見切るのも容易というわけだ。

 剣を捕まえたまま、蜂尾は目を光らせた。至近距離で光線を撃つ気らしい。レイドは微笑を浮かべた。

「考えることは一緒だね」

「!」

 レイドは柄を握る手でピストルを作っていた。念力弾と光線が同時に炸裂した。

「……ッ」

「く……ッ」

 光線はレイドの左肩を鎖骨ごと抉り取った。一瞬の間に数十発もの念力弾を叩き込まれた蜂尾の胸の装甲はボコボコになり、一部が剥がれかけていた。蜂尾はレイドの手から剣をもぎ取って捨て、首と右手を掴んだ。身動きを封じたうえで尾を背後に回し、レイドに切りかかる。

「もいで終わりと思うな!」

 レイドの左腕が単独で飛行し、液状ソードの鎺を殴りつけた。横へ逸れた液状ソードはレイドと蜂尾の腕を切断した。レイドは断面を突き合わせ、右腕を即座に接合した。液状ソードの鮮やか過ぎる切れ味は、回復に好都合だった。

「そらァッ!」

 念力で拳をコーティングし、蜂尾の顔面をぶん殴る。と同時に、左手から連発した念力弾が液状ソードの鎺を破壊した。

「……!」

 蜂尾がレイドの顔を殴り返す。飛び回る左腕に尾が巻きつき、特に指を念入りにへし折った。

「あが、あが……ガチンッ」

 外れた顎をノーハンドではめ直し、レイドは蜂尾に冷気を吹きかけた。

「人狼魔法『凍てつく慟哭ホワイト・ブレス』!」

 蜂尾の顔が氷に覆われる。レイドは装甲が歪んだ蜂尾の胸に掌を当て、渾身の念力を放った。

「イービル式魔法『念力大砲パワー・キャノン』ッ!」

 念力で吹き飛ばされる寸前、蜂尾の目から放たれた光線が氷を貫き、レイドの胸を撃ち抜いた。

「~~ぁ……ッ」

 地面に叩きつけられた蜂尾は、数キロ先の衛星爆弾の被害を受けた更地まで滑っていった。止まった頃には地中に上半身が深々と埋まっており、尾で倒立して脱出した。

「……」

 直撃を受けた胸の装甲が大きく破損し、中にある球体――蜂尾のコアが露わとなっていた。無数のブロックで構成されたコアは不規則に回転し、ブロック同士の隙間から赤い光を漏らしていた。それは彼女の本体と言ってもいい、アサルト星人の心臓部だった。

 頭を振って氷を払い落とし、胸の装甲と液状ソードをスペアに換装する。蜂尾は遠方の空に居るレイドを仰ぎ、望遠機能で拡大した。彼女の胸のちょうど心臓の辺りに、大きな穴が貫通していた。

「ぁ……ぁあ、はっ……!」

 レイドは胸にぽっかりと空いた傷を押さえたが、そんなことをしても意味は無かった。心臓は跡形もなく吹き飛んでおり、出血したくてもできない。レイドは苦悶の顔で血と涎を吐いた。

「はぁ……はぁッ……」

 光線を撃たれた時に封印魔法で防ごうとしたのだが、威力を抑え切れず残滓に撃ち抜かれた。イービル家の子は魔王と同じく、頭が無事である限り滅多に死ぬことはない。時間をかければ心臓も再生できる。

 しかしあくまで不死身ではない。蜂尾の攻撃力の前に、レイドの体はあまりに脆かった。

「はぁ……くそ……」

 大粒の汗を浮かべた顔を撫でると、手についていた血が塗りたくられた。更地に居る蜂尾を人外の視力で見つめ返し、レイドは心底気が進まない調子で言った。

「やっぱり……今のじゃ足りないか」

 嫌気が差すように、あるいは決意を固めるように深い深いため息を吐くと、レイドは掌を空に向けた。魔王の子の、悪魔特有の赤黒く禍々しい魔力が手の中に溢れ出し、玉を形成した。すぐ後に、対照的な神々しく温かな金色の光が立ち昇り、魔力の玉を包み込んだ。

 金色の光の中で、赤黒い魔力が逃げ出そうとするかのように暴れている。レイドはその玉を、胸の穴に収めた。

「魔王の娘だからさ……あんまり、やりたくないんだけど」

 レイドは目を閉じた。

「力、借りるよ。母さん」

 胸の中の玉が膨張し、金色の光が全身を呑み込んだ。

 光の内側で、魔力が渦を巻く。魔力と光が互いを喰らい合い、溶け合い、分離を繰り返す。やがてある輪郭に留まると争いは止み、金色の玉は激しく瞬いて弾けた。

 爆発が起きたかのような衝撃波が雲を晴らし、街を吹き荒らした。光と風は蜂尾の元まで達した。

「……」

 風が連れて来た柔らかく、優しい何かが蜂尾の頬を撫でた。光が止むと、街じゅうに白い羽根が舞っていた。ひらひらと踊りながら、雪のように降り積もる。蜂尾は手の上に落ちた羽根を握り潰し、空を睨んだ。

 変貌を遂げたレイドが、そこに居た。

 灰色の皮膚が生き生きとした人間らしい肌色になり、髪は眩しい金色に輝いている。服は純白のドレスに変わり、開いた胸元には血のように赤黒い水晶が埋め込まれていた。水晶はちょうど心臓の位置にあり、中に血煙が漂っている。

 背に浮いている一対の髑髏は眼窩と顎から黒炎を噴き、レイドを停空させていた。尾てい骨から伸びた細長い尾の先端には、脊椎の柄と手骨の鍔を擁する長剣が生えている。

 尖った耳と頭から生えた湾曲した二本の角は、悪魔のそれだった。しかし、その頭上に浮かんでいる光輪は、紛れもない天使の輪でもある。

 レイドが目を開く。金色の双眸と、額に顕現した赤い目。それは世界を憎み、全てを破壊せんと神へ叛逆した魔王の目に他ならない。


 イービル家第七十九王女、レイド・イービル。

 またの名を、叛逆型悪魔天使複合体。


 魔王と天使の間に産まれた、赦されざる叛逆者エヴィルである。

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