第47話 ゲート防衛戦

 人間界

 東京都 戸科下市

 ホテル陽世ひぜ


 蜂尾景と対峙したレイド・イービルは、状況からおおよそのことを察した。

 四天王のアッズが追い詰められ、アジトの結界が破られ、目の前にはおそらくイービル家の魔王候補に匹敵する力を持った蜂尾が居る。

(編成が済んだから様子を見にこようと思ったら……)

 ピンチ以外の何物でもない。考えるまでもなくわかることだった。

(一時撤退)

 その四文字を達成するために、蜂尾を排除しなければならないことをレイドは理解する。レイドがそれを理解したことを、蜂尾は理解する。

 開戦に合図は無かった。あの邂逅から、既に再戦たたかいは始まっていた。

「三連『M31CEスパイラルスピア弾』はっ――」

 蜂尾の目が閃光を放とうとした瞬間、レイドは念力魔法でアッパーを見舞った。見えない拳に殴られた蜂尾は、天に向けて光線を撃った。

 レイドが蜂尾を鋭く睨む。

「『圧殺砲うせろ』」

 念力の壁が蜂尾にぶつかった。蜂尾は翼の噴射で堪えながら尾の液状ソードで壁を切り裂いたが、レイドは次から次に壁を重ねて蜂尾の前進を阻んだ。アッズを後ろへ突き飛ばして蜂尾に間合いを詰めると、レイドは無事な方の手で念力の壁ごと蜂尾を殴りつけた。

「『圧殺拳どっかいけ』」

 壁がレイドの手の形に変わり、透明なグローブとなる。レイドの拳は顔面をまともに捉え、蜂尾を彼方へぶっ飛ばした。

 蜂尾は空の星になったが、すぐにでもここへ戻って来るだろう。レイドはエントランスに居るアッズやヴェスたちに、早口で告げた。

「あいつは私がたおしてくる、皆はゲートを守ってて!」

 駐車場にクレーターを空けて飛び立ち、レイドは蜂尾を追いかけて行った。すぐ後に、上空から衝撃波が何度も起きた。彼女たちは空中で激戦を始めたのだ。

 アッズは治療魔法で両腕を止血し、エントランスのヴェスたちを振り向いた。

「ヴェス、まずは皆をゲートから……」

 アッズは絶句した。床に空いた深い裂け目が、魔法陣を真っ二つに割っていた。レイドが防ぎ切れなかった光線の残滓が当たってしまったのだ。ヴェスはジェイに避難させられ、辛うじて巻き添えを免れていた。

(ゲートが壊された! いや、この程度ならまだ復元できる)

 アッズは自らを鼓舞するように強く頷き、魔法陣の元へ走った。

「ヴェス、魔法陣を復元するぞ。地形に合わせて描き変える。ただし私はこのザマだ、君が私の手の代わりになってくれ」

 師を圧倒する敵の戦力と、結界とゲートが破壊された惨状にヴェスは青ざめていた。ジェイが彼女の手を引いて立ち上がらせると、ハッと我に返る。

「ヴェス、しっかりしろ!」

「エイリアンはまだ居る。一刻も早くゲートを直すぞ!」

 ヴェスは自信無さげに眉を寄せたが、急激に悪化する状況は臆する暇すら与えてくれなかった。二人に半ば気圧され、ヴェスは自信の無いまま言った。

「わ、わかりました。……やります」

 アッズがジェイへ視線を移す。

「私たちは復元に集中する。ジェイは皆とともに私たちを守ってくれ」

「了解!」

「もう一人のエイリアンも手強いぞ。君の師と同等以上だと思え」

 ジェイに躊躇いは無かった。「了解!」

 ヴェスの背中を強く叩き、ジェイは笑いかけた。

「頼んだぜ、ヴェス」

「……うん。ジェイもね」

「おうよ」

 駐車場に散乱したガラス片がパキッと鳴った。何かを察したアッズは敢えて確認せず、魔法陣を顎で指して怒鳴った。

「ヴェス、やるぞ!」

「アッズ様、敵が……」

「ジェイたちに任せろ! 私たちはやるべきことをするんだ!」

 ヴェスは去って行くジェイの背からやっとの想いで視線を引き剥がし、唇を噛みながら踵を返した。

 ドゥル・ライズ監督官は蜂尾が破壊したドアから、エントランスの奥を覗いた。床に描かれた大きな魔法陣。アッズたちの言動からして、あれがゲートの発生源と見て間違い無い。

(ゲートを修理する気か)

 上空からは絶えず衝撃波が降り注いでいる。ここに来るまでに、ドゥルは空へ飛ばされる蜂尾を見かけていた。交戦しているのは白髪の個体だ。

(あのモードの蜂尾と渡り合うとはな。奴が一番厄介だ。このまま蜂尾に引き付けていてもらうとしよう)

 ドゥルの前にジェイが立ちはだかる。外見からしてゴブリンだと、ドゥルは判断した。

(……弱いな)

 こちらの世界では一般的に、ゴブリンに強いイメージは無い。魔法などドゥルが計り知れない要素は多分にあったが、見た限りではクリーズは無論、アッズよりも身体能力は低い。背丈は百五十センチと小さく、手足も細い。やはりあちらの世界のゴブリンも強い種族ではないらしい。

「……」

 ジェイは種としては弱い。生物としてはドゥルが圧倒的格上だ。

 だが――。

(このゴブリン……)

 本能とは別の、理性的な洞察力がドゥルに警鐘を鳴らしていた。

 ジェイは片手用のウォーハンマーを持ち、棒立ちしていた。構えを取る様子は無い。ただ立ち、ドゥルを見ている。瞬きせずに、微動だにせずドゥルを見ている。服は軽装で、防御力は皆無に等しい。

 一見、隙だらけのその立ち姿に対し――ドゥルは容易に仕掛けることができなかった。ドゥルの戦闘経験が、ジェイが油断ならない敵であると告げていたのだ。

(達人……か)

 これまで目にした異世界人とは異なるタイプだった。埒外の巨体や、屈強なパワー、雷の如きスピード、圧倒的な物量。異世界人が振るうそれらの要素は、武装という一つの概念に集約できた。

 ジェイが醸し出す殺気や気迫は、彼の中だけで完結していた。体外の武装に依存しない、己のみを武器とした佇まい。ジェイの強さとは、途方も無く高い水準まで磨き上げられたその技術テクニックにあった。

 アッズたちも技術レベルは高かった。達人と呼んで余りある。しかしジェイのレベルは、彼らより遥かに高みにあった。最も近いのは蜂尾が撃破したオークガルズ。彼の戦闘技術は熟達していたが、一方でスピードとパワーに頼っている節は否めなかった。

 ジェイにはそれらの武装が無い。持たざる者だ。持たざる弱者であるが故に、唯一の武器である技術テクニックが愚直なまでに高められていた。

(驚いたな)

 体格で有利な欧米人に対抗するため、膂力を凌駕する身体操作を追究したアジア人に近しいものがある。魔界にもこちらで言う武術に似たものがあるのだろう。おそらく、ジェイはその頂点だった。

 クリーズの黒炎を耐え、アッズの矢でも貫けない頑丈な皮膚と、指一本でジェイを屠れる膂力を有する、絶対的有利にありながらも、ドゥルは確信した。

(一手間違えれば……負ける)

 あの安っぽい鈍器がドゥルを砕けるわけがない。あの細い手足がドゥルに勝るはずがない。わかっているが、仕掛けられない。

 下手に近づけば、次の瞬間死んでいる。その可能性が捨て切れない。底の無い奈落を目前にしたかのように、ドゥルは情けないほど明確に怯んでいた。

『……なるほどな』

 勝負が決まるとしたら、一瞬。そして一撃。ジェイとの対決は、侍同士の立ち合いと同じ様相を呈した。ドゥルは口角を上げ、どこか愉快そうに微笑んだ。

『これ以上無い足止めだ』

 ドゥルがテレパシーで話しかけても、ジェイは一切集中を乱さなかった。棒立ちに見える姿こそ、彼の構えだった。ドゥルが隙を見せた瞬間に襲いかかって来るだろう。こちらの隙を誘うための、構えない構え。自信と覚悟が無ければできない、我が身を餌にした本物の全身全霊。

『……面白い』

 奇しくも、ジェイはドゥルの弱点を突いていた。

 レプティリアンの体質を以てしても、純度百パーセントの技術テクニックには適応できない。



 ホテル陽世の四階。

 クルスとマースとギミルは一階へ急いでいた。床を壊せば最短距離で向かえたが、無闇に建物を破壊すると魔法陣に傷がついてしまう。窓から飛び降りる道もあったが、外からエイリアンに狙撃されるかもしれない。回り回って、階段を駆け下りるのが安全且つ確実に一階に向かう手段だった。

「空からすげぇ音がするぞ!」

 廊下を走りながら、ギミルが慌てた声を上げる。先頭を走るマースが、汗を浮かべつつ冷静に返した。

「レイド様が敵と戦っているのでしょう。あのお方なら大丈夫です。それよりも我々は早くゲートへ!」

 クルスが突き当たりの左側を指さす。「階段あっちだっけ!?」

「ええ!」

 壁に手を突いて角を曲がり、少し進んだ先にある廊下を踊り場まで飛び降りようとしたマースが、反射的に床に蹄を突いて立ち止まった。彼につられ、クルスとギミルも止まった。

「……人間?」

 踊り場にランドセルを背負った女の子が立っていた。年頃は就学したばかりか。体格と比べるとランドセルが普通より大きいように錯覚する。

 間違って迷い込んだのか、などと言う呑気はこの状況ではありえなかった。

「エイリアンが侵入しやがった!」

 クルスが怒鳴り、マースが圧縮魔法製のポーチからバスターソードを抜いた。すると女児のランドセルが勢いよく開き、中から数十本の触手が飛び出した。水色の、ゼリーのような透明感のある触手は縦横無尽な軌道を描き、三人に襲いかかった。

 クルスとギミルは躱したが、マースは避ける前に片足を絡め取られた。

「なぬッ!?」

 触手はマースの耳と目と口に侵入した。眼球と鼓膜が潰され、口腔に侵入した触手が体内から彼の胸を突き破った。

「ごぼぉっ、がばばばぼぼぼぼ……」

 触手に吊り上げられたマースがビクビクと痙攣する。

「マースッ! ……てめぇぇえッ!」

 クルスはマースの手から滑り落ちたバスターソードをキャッチし、触手を切断した。マースは触手から解放されたが、もう手遅れだった。

「殺す!」

 続け様に飛びかかる触手を切り払い、クルスは手すりの上を駆け降りた。ランドセルの触手を全て捌くと、女児が口から触手を繰り出した。が、オーガ族の身体能力と反射神経は触手の猛攻を凌駕した。クルスは天井にバスターソードを刺して対面の壁に移動し、触手を躱した。

「!」獲物を捕らえ損ね、女児が目を丸くする。

「死ねッ!」

 天井からバスターソードを引き抜き、クルスは女児を一刀両断した。女児は数秒間立っていたが、間も無く左右に分かれて崩れ落ちた。

「なんだこいつ……?」

 露わとなった女児の体内を目にし、クルスは顔をしかめた。服とランドセルが皮膚と繋がっている。いや、全て含めて体の一部なのだ。体内には触手がみっちりと詰まっており、今も蠢いている。

「気持ち悪いな……念のため焼いておくか」

「クルス!」

 ギミルが上階から叫ぶ。彼は通って来た道を振り向いていた。どうしたかと尋ねようとしたクルスの視界の隅で、何かが動いた。

「! なんだ?」

 踊り場から三階の方を見下ろしたクルスの目には、おそらくギミルと同じ景色が映っていた。

 女児が廊下を埋め尽くしていた。いったい何百人居るのか、果てが見えない。そして全員が、クルスがたった今仕留めた女児と同じ顔をし、同じ服を着、同じランドセルを背負っていた。

 クルスは頬を引くつかせた。

「……マジかよ」

 ギミルが尋ねる。「そっちもか?」

「ああ」

 腰からもう一振り剣を抜き、クルスは言った。

「悪いけど、そっち手伝いに行けないわ」

 次々とランドセルを開き、女児たちが走り出す。雪崩のように迫る触手の群れに、クルスとギミルは半狂乱に叫んで飛びかかった。

「ぶっ殺すッッ!!」

退けぇぇぇぇえええッ!」

 ジェリー星人。アンドロメダ銀河大連合直属第八連合宇宙軍所属の惑星保護官。

 コードネーム海月くらげ

 同一個体を増殖する生態を持ち、でありながら地球に潜伏するエイリアンとしては最多を誇る。

 彼女自身、自分の正確な数は把握していないという。

「くーちゃんだよ」

「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」

「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」

「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」

「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」

「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」

「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」「くーちゃんだよ」

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