第4章 破壊者VS守護者

第46話 レイド・イービル

 次期魔王候補筆頭 イービル家第七王子 ブラッド・イービルは語る。


 俺たち兄弟は魔王を継ぐために産ま造られた。

 魔王親父は家族が欲しかったわけじゃない。愛の結晶だなんて綺麗なもんに興味のある奴じゃない。ただ、玉座を継ぐ者を用意するため。そのためだけに俺たちを造った。

 魔王は賢い悪魔だ。勇者の妨害が始まって間も無く、自分の代で世界を征服するのが困難だと悟ったんだろう。第二の魔王を造るための試行錯誤を始めた。

 魔王は特別な悪魔だ。魔族が虐げられていた時代に生まれた異端児。この世にとってのイレギュラー。奇跡と言っていい。同じ悪魔を造り出すことはできない。次期魔王を造るには、加工と教育が不可欠だった。

 魔王に正妻が居ないのは有名な話だろう。まぁ一人だけ妻にしようとした奴は居たらしいんだが。あいつだよ、四天王の狂犬。魔王軍創設前からの付き合いだからなぁ。断られたってんだから笑えるぜ。

 で、魔王が求めていたのは専ら、妻ではなく優秀な母体だ。自分の種には申し分ねぇからな。あとはより強い子を産める優れた母体と、子にどれほど細工ができるか。そこに心血を注いだ。

 魔王はあらゆる種族と方法で生産を試みた。受精卵の段階から魔法的改造を施し、産まれて来た子を選別。見込みのある子はイービル家に迎え、教育が始まる。俺はその一人だ。

 イービル家の教育ってのがまた苛烈でなぁ。立てるようになるまでは耐久試験。毎日全身の骨を折る。それで死ぬようなら棄てられる。まぁ選抜された時点でそこは最低限クリアしてるからな。本当の目的は幼少時から痛みに慣れさせることだ。痛覚を苦痛ではなく、ただの信号と処理できるようになるまで痛めつける。精神メンタルの耐久試験だな。

 兄弟同士の殺し合いは日常茶飯事だ。特に上の兄弟が下に劣ることは許されねぇ。俺より上の兄弟は、一人を除いて全員俺が殺してる。弱ぇから殺した。弱ぇ兄弟に生きてる価値は無ぇ。見逃したその一人……第五王子に限っちゃ、イービル家の称号を捨てて俺の腹心に成り下がっちまったけどな。

 魔王は教育を与えた兄弟の中から、魔王の器に適合する子を魔王候補に指定している。器の基準は様々だ。強さ、これは最低条件。それから頭脳アタマ求心力カリスマ野心ビジョン。現在、魔王が正式に魔王候補に選んでいるのは五人いる。四人だったかな。いや、三人だ。二人はこの前、俺が殺したんだった。

 一人は俺。年期の差でまだ魔王には及ばねぇけどな。同じ歳の頃のあいつよりは遥かに俺の方が強ぇ。本当は今頃追いついててもおかしくなかったんだけどなぁ、ここ百年間別のことに気を取られてた所為で鍛錬が疎かになってた。ま、それでもあと五百年もありゃ魔王を超える。次の魔王は間違いなく俺だろう。

 二人目は第五十二王女。ブレイド・イービル。

 ドラゴンとヴァンパイアとオーガと……だいたい五十種類くらいの種族の子宮で組み立てた出産装置から産まれた子だ。あの装置、見たことあるか? ひでぇ見た目だよな。魔王の力作だぜ。すぐ腐るから廃棄したらしい。

 ブレイドは五感を持たずに産まれた。あれだけの血を掛け合わせて造ったってのに、出て来たのはそれらの種族の特徴をほとんど持ち合わせない子だった。ところがこいつがまた類を見ない能力を持っていてな、第六感て言うの? いわゆる勘ってやつで全てを認識できた。他者の思考までも手に取るようにわかる。あいつは狂犬の所で鍛えられた。あの女も勘の良さはずば抜けてるからな、相性が良かったんだ。魔王の親友マブってのもあるが。

 失踪してから千年になるかな。まぁどっかで生きてるだろ。あいつ死なねぇし。俺も何回か殺そうとしたことあるんだけどな。しぶとさでは俺や魔王より上だ。すっかり顔を出さなくなっても魔王候補から外されねぇってことは、魔王がそれだけ高く買ってるってことだ。魔王候補二番手だよ。

 さて、最後の一人だ。こいつも傑作の一人。

 第七十九王女。レイド・イービル。

 こいつの出自は特別中の特別だ。イービル家はどいつも特別製だが、レイドは別枠だ。別格と言ってもいいな。奇跡の産物だ。

 勇者転生のメカニズムをそっくりそのまま応用して造った子だ。魔王は苦労してこれを解き明かした。今の魔王の強さがあの水準に留まっているのは、まぁ歳の所為もあるが、これの研究に時間を費やし過ぎたのがデカい。

 勇者ってのは、神が異世界から人間の魂を引っ張って転生させてできる存在だ。神のルールがどうなってるかは知らねぇが、簡単に言うと、この世のことわりの外に居る存在、つまり異世界の人間の魂には、好き勝手に改造を加えることができるらしい。神の加護バフをかけ放題、寵愛し放題、ってわけだ。だから魔王みたいな埒外の化け物に対抗できるほどの超人を造れる。神でもだいたい百年に一度しかできねぇみたいだけどな。

 これを解明した魔王が、再現を試みないはずがねぇ。とは言えいくら魔王でも、本物の神じゃない。長い年月と多大な犠牲が必要だった。

 転生魔法の再現に、いったいいくらの生贄が捧げられたか、知ってるか? これのためにわざわざ魔王は進軍ルートを変え、人口の多い大国を三つ堕とした。生贄を確保するためになるだけ殺さねぇように制圧しなきゃならんかったからなぁ、手を焼いたぜ。仲間も大勢死んだ。

 転生魔法は魔王軍の一大事業だった。そんな感じで散々手間と犠牲を払い、異世界から引っ張って来た人間の魂を母体の受精卵にブチ込んだ。まぁこの母体も特殊だったんだけどな。そうやって産まれたのが、レイドだ。

 勇者と同じ理屈で細工が簡単だった。神ほど自由にはできなかったけどな。産まれる前からほぼ全ての魔王軍式魔法の魔法陣を刻み込み、肉体は当然強固に設計した。俺のオリジナル魔法も組み込んである。イービル家の兄弟で最も手が込んだ妹だ。

 前世の記憶がある分、精神的成熟も早かった。それ故の弊害って言うか、魔族の価値観に矯正するのはめんどかったけどな。吹っ切れちまってからは、魔族より魔族らしくなっちまった。元々の素質もあったと思うぜ。前世からの。悪人の素質ってやつ? 本人に自覚は無いみたいだけどな。平和な国で暮らしてたみたいだし。だが俺にはわかるね、あいつは前世でも一歩間違えたらとんでもねぇ悪党になってた。じゃなきゃあ、いくらイービル家の英才教育を受けたと言ってもここまでの出来にはならねぇだろう。

 さっき、俺が百年間鍛錬をサボった話をしただろう。こいつの教育を任されたのが俺なんだ。赤ん坊の頃からみっちりしごいてやったよ。魔王が直接稽古してやることもあったけど、なんせ忙しいからな。俺も転生者に興味があったし。

 サボった期間としちゃ長いが、レイドを鍛える期間としては短かった。たった百年で一人前になったんだぜ。今や、レイドの実力は誰もが認めるところだ。魔王候補になったのも最速さ。百歳なんてまだガキもガキだってのに! そりゃあ、この俺が鍛えてやったんだから強くならねぇわけがねぇ。しかしそれを加味しても……やっぱりあいつは特別なんだと思い知らされる。

 生まれもそうだが、さっきも言った通りあいつ自身にも大きな要因がある。むしろそっちの方が大半を占めると言っていい。

 強さってのは、結局のとこ本人の意志だ。いくら才能があっても磨かねぇ限りは原石のまま。転生魔法が成功したとしても、異世界から引っ張り出した魂にそれが備わってない限りは意味が無ぇ。俺たちが最も危惧したその要素を、要するにてめぇが強くなるために血反吐を吐くほどの努力ができるタマかどうかってのを、レイドは見事にクリアしてた。それこそ、魔王が求める器の一端でもある。努力遺伝子ってやつだな。

 転生者であること、魔王の血を継ぐこと、母体の特性、俺という優れた師、そして何よりもあいつ自身の根性。その全てが合わさってレイド・イービルという寵児は完成した。

 我が弟子ながら、この俺を脅かすほどの存在になった。堪らねぇよなぁ。この俺を超えんばかりに迫って来る。負けるつもりは無ぇが、一方で喜んでる俺も居るんだ。

 いつか、魔王の座をかけて戦う時が来るかもしれねぇ。俺は楽しみで仕方無ぇよ、あいつを殺してぇ。同時に、殺されてぇんだ。こんなこと想ったのは初めてだ。魔王にだって俺はこんなこと、考えたこともなかった!

 今はまだ俺を殺せるほどじゃない。所詮は三番手、ブレイドにも及ばない。だが奴は成長途中だ。この瞬間も、今まさに成長している。底はまだまだ見せていない。

 魔王の器に。魔王そのものに。

 この俺がそうしているように、俺がそう仕向けた通りに。そしてあいつ自身の意志に従い。

 レイド・イービルは、魔王といういただきへの血塗られた階段を駆け上がっているのさ。

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