第44話 解氷
戸科下市
戸科下市立病院の上空で
「なんだ!? 爆発……!?」
光と風が止む。アッズは千里眼で爆発地点を見た。
凄まじい破壊の跡が広がっていた。爆心地から三キロメートル内は更地になり、何も残っていなかった。更地の外にある建物は数キロメートルに渡って倒壊し、巻き上げられた瓦礫が降り注いで第二の被害をもたらしている。
アッズは嫌な汗をかいた。似た惨状ならアッズも作ったことがある。ダークエルフ族の森を焼いた人間どもの国を、こんな風に吹き飛ばしてやった。威力と被害そのものには、さほど驚いていない。アッズが戦慄したのは、これをやったのがエイリアン自身であることだった。
「
最後の問いは、ドゥルに投げかけられていた。ドゥルは口の端を吊り上げた不気味な笑みをアッズに向けた。フォルゥほど勘が良くないアッズでも、彼の顔に滲み出す不穏さは明確に感じ取れた。歯の隙間に舌を這わせ、彼は言った。
『俺たちの勝ちだ、
戸科下市立病院の跡地には、直径二百メートルに渡るクレーターができていた。地中を深く抉ったその最深部に、ドゥルは脳内の端末で通信を繋いだ。
戸科下市 ゲームセンター紅蝶
土方はもう一つの監視衛星で街の被害状況を測定していた。
高密度に圧縮したM31CEを炸裂させる衛星爆弾は、惑星保護官の最終手段と言っていい。やろうと思えば日本列島を東西に分断できる代物である。これでも威力はかなり抑えた方なのだ。
爆発時に照射したM31CE光で蜂尾を閉じ込める氷は溶けたはずだ。仮に溶けていなくとも、爆風で粉々にできたことだろう。
それと同時に、衛星爆弾は地球人に多大な被害を及ぼしてもいた。爆発の光と爆風はバリア内に収めたものの、市内に居る地球人には、およそ人間の仕業とは思えない何かが起きていることを知られてしまった。
爆心地周辺には、一部を除いて生体反応は無い。最も生体反応が多いのは市の外縁。街から脱出を図る市民が、バリアの前に立ち往生している。
「……気の毒なもんだ」
彼らを出すわけにはいかない。市内に居る地球人には全員、死んでもらうしかなかった。
「楽な仕事じゃねぇな」
ため息混じりに土方は呟いた。仕方ないじゃないか。俺たちは天秤に従うしかないのだ。より重い方を取る、軽い方を捨てる。
理解しているし、納得していた。それでも土方は時々、考えることがある。爆発のスイッチを押したその手で、彼は惨状を映すディスプレイを撫でた。
「何のために……俺たちはこんなことしてるんだよ。来月は……新しい格ゲーの筐体が来るはずだったのに。宣伝のチラシも……皆で作ったのに」
惑星保護法のクソッタレめ。
この怒りをぶつける相手は、一つしかない。
「
土方は顔を上げた。目は閉じられていたが、彼には電子の波が描く無数の情報が五感よりも明瞭に感じ取れた。情報の渦の中で彼が注目したのは、衛星爆弾が発したエネルギーの軌跡を計測したデータだった。
M31CE光が照射から〇・何秒で建物を焼失させたか、爆風がそれほどのスピードでいくつの建物を破壊したか。爆風の余波はバリアがある市の端から端まで届いており、爆心地からどんなに遠く離れていても、窓が割れたり外壁が剥がれたり、洗濯物が飛ばされたりなど、多少なり影響がある。
それら全てを、飛散したM31CEを辿ることで正確に測定できる。M31CEがセンサーの代わりを果たすのだ。地球上で衛星爆弾を放つ機会は滅多に無いため、風に揺れる雑草の挙動に至るまで、丁寧に記録されている。
その中に、不審な動きをするM31CEがあった。
不可視状態のM31CEは、たいていの物質を透過する性質がある。それにより爆風を受けた建物の内部のダメージまで測定できるのだが、一軒だけ透過せずM31CEの軌道が曲がった建物があった。
M31CEがその建物だけを分水嶺のように綺麗に避けている。いや、正確には建物ではない。M31CEの動きを立体的に追うと、その建物と敷地を収める八角柱の空白が浮かび上がった。
「なんだこれは? 地球上にM31CEを透過しない物質は無いはずだ。まるで建物を守るように……」
土方はハッとして現実の目を見開いた。
「そうか……バリアか! 奴らのアジトだ!」
市内に居る惑星保護官に、すぐさま座標を送信する。
場所は、今は使われていない廃墟。ホテル
戸科下市 戸科下市立病院跡
クレーターの中心がボコッと盛り上がり、蜂尾が地中から這い出した。服はボロボロに破け、顔の皮膚は半分剥がれている。スペアに換装した手足は金属部を露出していた。
「……」
焼き尽くされ、吹き飛ばされた街を見渡した。景観には見る影も無い。氷の檻の中でドゥルと土方の通信を聞いていた蜂尾は、覚悟していた。衛星爆弾を使ったらどうなるか。もう、戸科下市を残すことはできなくなる。二十年以上暮らしたこの街に、別れを告げねばならない。
「たった二十一年と、二か月」
ノイズ混じりの声で、蜂尾は呟いた。
「たった……二十一年と、二か月だ……小さな……ほんの砂利程度の街だ」
飛蛾の声が頭の中で反響する――『そこまでする価値があるんすか?』
「無いよ……」
索敵レーダーに反応。クレーターの外で何かが蠢き、地響きを起こしていた。その方角を向き、皮膚の残った反面を歪めた。
「無いって……言ってるだろ」
土煙と強風が吹き荒れ、巨大な黒いドラゴンが空に舞い上がった。ドゥルに匹敵する強固な外皮で爆発を生き延びたクリーズだった。
ドゥルからの報告で知っている。監視衛星の落下を一度は止めた強力な個体だ。例えM31CE光の灼熱に耐えられたとしても、爆風を間近で浴びてダメージがゼロなはずは無い。それでも起き上がって来るのだから、相当なタフネスである。
クリーズはクレーターの中に居る蜂尾を見つけると、片目を大きく見開いて睨みつけた。もう一方の目は、M31CE光から守り切れずゆで卵のように破裂していた。荒い鼻息を吹き、クリーズは憎悪を滲ませた声を出した。
「てめぇが……兄貴を殺した奴か。……この野郎、フォルゥの姐御にルアトネクまで……吹き飛ばしやがったな……」
怒りに血走った目に、黒い魔力がボッと燃えた。
「手段は選ばねぇってか。ハッ、そうかい。いいぜ……お望み通り、この世界丸ごと焼き払ってやるよ!」
クリーズは大きく仰け反り、腹の中に魔力を溜めた。監視衛星を止める際は飛びながらだったため最大出力は出せなかったが、獲物が地上に居る今なら本気の
「ブッッッッ
蜂尾はクリーズの腹がみるみる膨らんでいくのを眺めていた。彼から向けられる殺意も、目の前で起きた破壊も、まるで他人事のようにしか感じられなかった。思考回路が、この星の重力から離れていくのを感じる。
戦場の空気が、蜂尾を宇宙に引き戻そうとしている。
『蜂尾、そいつに撃たせるな』
ドゥルの通信が頭に響く。戸科下市を放棄すると開き直ったためか、その声は存外落ち着き払っていた。
『そいつの火炎放射は宇宙まで届く。地上に放たれた時の被害は衛星爆弾を超えるぞ。バリアが保てるかも怪しい』
「そうか」
『お前の第六武器庫ならそのドラゴンの装甲も撃ち抜けるが、まだどれほど敵が居るかもわからない。あの白髪の個体も控えていることだしな』
「それで?」
限界を超えてなお魔力を蓄え続けたクリーズの腹の表皮に、亀裂が走った。裂けた鱗から血飛沫を上げ、骨格を変形させながら、体格の倍以上に膨張させる。相手が魔法を使う以上当てにはならないが、今しがた土方から届いた試算では、監視衛星を止めた際の一・七倍の火炎量だ。
蜂尾は瞳を赤く灯し、風船のように丸くなったクリーズを見据える。監督官の低く、芯の通った声が躊躇い無く命じた。
『コードネーム蜂尾景。惑星保護法に基づき、監督官の権限において、武力制限を一部解除。第十三武器庫までの使用を
「第十三武器庫、開錠」
全ての皮膚をパージし、着衣が吹き飛んだ。五体をM31CEの赤い光が駆け抜け、亀裂に沿って展開し、体格を一回り大きくするとともに黒い装甲に入れ替わる。地球人に擬態していた面影は一切無く、骨格や装甲の境目が露出した著しく
手足の指先が赤く点灯し、各部位の亀裂にM31CEが脈動する。後頭部から無数の赤い管が髪のように垂れ、同じものが椎骨ごとに背びれのように伸びていた。尾てい骨にあたる部位から生えた蛇腹状の尾は伸縮自在で、先端に液状ソードが装備されていた。
肩甲骨に搭載された翼は、もはや翼と呼べる形態ではなかった。一対の完全な球体であり、噴出口が全方位に回転した。
蜂尾景と認識できる唯一の要素は、声のみだった。
「『全距離戦闘モード』変形完了」
眼窩と額の三つの目を煌々とさせ、蜂尾は再びクリーズを仰いだ。命を脅かす一歩手前まで膨らんだ彼は、大気を咆哮で震わせながら、とうとう地上に向かって黒炎を解き放った。
「黒龍魔法・禁呪『
血管まで透けて見えるほどはち切れんばかりに膨らんでいた腹を一気に萎ませ、クリーズが吐き出した黒炎は隕石のように巨大な塊となって地上に迫った。彼の純粋な殺意と破壊衝動を体現するようにまっすぐ飛んで来る黒炎を、蜂尾は光線で迎え撃った。
「三連『M31CE対艦スパイラルスピア弾』、発射」
蜂尾の三つの目から、槍のように尖った光線が旋回運動を伴って発射した。三発の光線は互いに纏わりつくように螺旋を描きながら直進し、黒炎を正面から貫いた。
「――はッ!?!?」
光線はクリーズの口腔から突入すると、まず発声器官を掘削し、気道と食道を境無くめちゃくちゃにした。喉を通過した光線は巨大な心臓に穴を空け、数トンもの血液を掻き混ぜながら直進し、内臓を巻き上げた。肉厚をものともせず進んでいた光線は腰椎に当たると僅かに逸れたが、螺旋を描く三発は互いをカバーするように直進を保つと、旋回運動を維持したまま肛門を破壊した。肛門から飛び出した光線は尻尾を根元から弾き飛ばし、流星のように空へ昇った。
街を隔てるバリアに当たる直前で、光線は質量を失くした。
「……………………」
目から光を失ったクリーズが頭から落ち始める。黒炎は雲散霧消し、余熱が微かに地表を焦がした。クリーズの巨体が地面に叩きつけられる前に、蜂尾はドゥルの居る方角へ踵を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます