第42話 戦士

 飛蛾にとって、この戦いは……いや、今、生きていることすらも、に過ぎなかった。

 女王クイーンが死んだ兵士メディアに、生きている価値など無い。寿命が尽きるまでの、誰かに殺されるまでの無意味な、あまりに虚しい余生。それがわかっていたから、多くの残された全能兵スペシャルがアサルト星人に挑み、無謀な集団自殺を図った。

 彼らの気持ちは、痛いほどわかる。本当に痛いほど。時折、彼らと一緒に死にに行かなかったことを後悔する。死に損ねた自分を、せめて女王クイーンのためと大儀を掲げて死ねる最後のチャンスを逃した自分を、責めて眠れない日がある。何故、生きているのかと。何故、姉妹きょうだいたちとともに逝かなかったのかと。

 もう一つ、彼女の敗因が、彼にとっての勝因があるとしたら、その違いだった。

 女王クイーンを亡くし、ただゾンビのように生きている飛蛾と。

 王のために、ゾンビになってでもその身を捧げる覚悟を貫いたルアトネクとの、差。

 王が存命る者と、既に亡くした者との間には、その賭ける命の重さに天と地の差がある。


――『大した奴だ。この雷戮さつりくのガルズのいかづちを浴びてなお、皮が焼ける程度で済むとは』

――『しかもその体でまた俺に挑んで来るなんてな、正気の沙汰ではない』

――『気に入った。お前を魔王軍の戦士にしてやろう。有無は言わさんぞ、二度も勝ったんだ。お前の命は俺のものだ。俺に従ってもらう』

――『見所がある。俺が鍛えてやろう、もっと強くなるぞ。ふっ、その意気だ。俺から領主の座を奪ってみせろ』

 例え間接的であっても、それは。

――『俺を慕ってくれるのは悪い気はしないがな、お門違いだぞ。俺たちは魔王様のための戦士だ。忠誠を誓うなら、魔王様に誓え』

 紛うことなき、忠誠。

――『俺は魔王様に救われた。魔王様のためなら、魔王軍のためなら死んでもいい。ルアトネク、お前も俺なんかのためでなく、魔王軍のために命を捧げろ。あの方の進む先に、魔族の解放がある』

 ガルズよ。

 あなたの言う通りだった。

 あなた亡き後も。

 小生の魂には、王への誓いがある。


 違いは、王の有無。

 死してなお、潰えぬ忠誠心が――血肉に沁みついた誓いが、ルアトネクの骸を動かした!

「この死体野郎ォオオオオオッ!」

 ルアトネクは猛進し、狼の群れを蹴散らして飛蛾に肉迫すると、バルディッシュを振り抜いた。首を刎ねられてなお、彼は得物を手放していなかったのだ。

 回避するには周りの狼が邪魔だ。飛蛾は両腕に甲虫の外骨格に似た鎧を纏い、バルディッシュを受けた。

「ぐぅぉ……ッ!」

 パワーはフォルゥの方がある。しかしバルディッシュの凶悪なほどの切れ味と、ルアトネクの巨体との体重差が、純粋なパワーを逸脱する殺傷力を生んだ。バルディッシュが外骨格の鎧を破り、飛蛾の両腕をぶった切った。

「クソがぁぁあああッ!」

 狼の群れごと飛蛾を吹き飛ばすと、ルアトネクはその場に崩れ落ちた。今度こそ、彼は眠りについた。

 飛蛾はとっくにルアトネクへの関心を失っていた。入院棟の外壁に叩きつけられ、氷を粉砕し上空に投げ出された飛蛾の目に、屋上を疾走して来るフォルゥの姿が映る。この好機を、フォルゥが逃すはずがない。

「ルッくん、ありがとなのだッ!」

 飛蛾に向かって跳躍し、フォルゥは両手を上下に合わせ、獣の顎と牙を模して構えた。総毛を断たせたフォルゥの体に、白い魔力が燃え上がる。構えた手を筋張らせ、フォルゥは獣の形相で吠えた。

「人狼魔法・禁呪『餓狼の咬殺フェンリル・ファング』ッ!」

 氷の骨に雪の皮、冷気の毛に覆われた巨大な狼の頭が出現し、大口を開けて飛蛾に喰いかかった。ずらりと生えた木の幹のように太い氷柱の牙が、飛蛾を呑み込まんと上下から迫り来る。

 飛蛾は踵から蟷螂の鎌に似たブレードを生やし、股関節の歯車ギアを駆使して空中で脚力を生んだ。

「舐めんなよ犬ッコロがぁぁああああああああッ!」

 顎を三つに開いて雄叫びを上げ、飛蛾は巨大な狼の牙に蹴りかかった。



 ドゥル対アッズとクリーズの一進一退の攻防は激化の一途を辿っていた。

 飛躍的に上昇したフィジカルで翻弄するドゥルにクリーズが黒炎の火力で対抗し、アッズが魔法でサポートを入れる。この魔法の横槍が非常に厄介で、何度かクリーズに有効打を与えられそうなチャンスはあったが、ことごとく的確に阻止されていた。

「おぅるぇぇぇぇい!」

 クリーズが黒炎の籠手を纏った拳で殴りかかる。ドゥルは骨をスプリング状に変形した腕で爆発的なパンチ力を生み、圧倒的に体格の勝るクリーズの拳を押し返した。

「うぉぉッ!?」

 ドゥルが追撃しようとすると、死角から水の玉が複雑な軌道を描いて飛んで来た。アッズが魔法で放った攻撃だが、ただの水ではない。核のように内包している稲妻が、被弾した途端に炸裂するのだ。ドゥルはこれを既に何発か食らっていた。

「魔王軍式魔法・禁呪『瞬く飛沫サンダー・レイン』」

 ピット器官で水の玉が内包する稲妻の温度を感知し、ドゥルは見向きせず躱した。水の玉は躱しても追尾して来るため、ただ避けるだけでなく水の玉同士が衝突し誤爆するよう、位置関係を瞬時に計算して動く必要があった。

 一つ爆発が起きると、周りの水の玉へも誘爆した。暴れ狂う稲妻の圏外へドゥルが逃げようとすると、そこへクリーズが回り込む。

(厄介なコンビネーションだ)

 クリーズが巨大な爪で放った貫き手を、尻尾の刺突で止める。甲高い衝撃音を鳴らし、二人はその場で鍔競り合った。

「しぶてぇ奴だなぁ!」

『君らもな』

 ドゥルは戦闘に集中する一方で、頭の何割かは土方から送られて来る各地の状況を気にかけていた。市内外の地球人の様子、政府や自衛隊の動き、奔走する惑星保護官の働きぶり。混乱に乗じて仕掛けて来るエイリアンインベーダーが居ないかなど。中でも特に注視していたのは、飛蛾が救出しに行った蜂尾の状況だった。

(遅い。ケンタウロスは仕留めたようだが……蜂尾を拘束した敵には手こずるか。土方の報告を聞く限り、実力は飛蛾と五分といったところ。これ以上は待てないが……俺もこの場から動けない)

 戦力は拮抗しているが、異世界人がこちらに感知されずにゲートを開ける手段を持っている以上、均衡はいつ崩れてもおかしくない。彼らと同等の敵がまだ潜んでいる可能性も充分に考えられる。

 時が過ぎれば過ぎるほどに、抹消すべき事実が増えていく。もはや戸科下市を元の形に戻すのは不可能だ。街が壊れ、人が死に過ぎた。

(……限界だな)

 蜂尾が必要だ。均衡を崩すのは、こちら側エイリアンでなくてはならない。

 事態を収束させるには、アサルト星人の火力で瞬時に鎮圧するほかない。ドゥルは決断を迫られていた。蜂尾を解放するために、残されたカードはあと一つ。そのカードを切るには、この街を諦めなければならない。東京の市の一つを、数十万人が住む街を放棄しなければならない。

「……土方」

 列島を、ひいては地球を守るために。

 やはり、ドゥル・ライズ監督官の決断は早かった。

「衛星を墜とせ。蜂尾を叩き起こす」

 戸科下市には、犠牲になってもらう。



 宇宙 熱圏


 ドゥルがアメリカから引き連れて来た惑星保護用監視衛星は熱圏を漂い、高倍率カメラと無数のレーダーで戸科下市を俯瞰していた。光学迷彩とジャミングバリアで姿を隠し、地球人の人工衛星や望遠鏡で発見することはできない。

 地上の土方から送られた信号をキャッチし、監視衛星がその不可視のベールを脱ぐ。直径一メートルの球状、銀色のパネルが連なるその姿はミラーボールに似ていた。

 監視衛星は戸科下市立病院の直上まで移動すると、変形を始めた。立体パズルのようにパネルを組み換えて円錐型になり、頂点を地上に向ける。

 ピピッ。

 高倍率カメラが戸科下市立病院をロックオンした。

 底面からM31CEを噴出し、監視衛星が熱圏から落ち始める。土方が算出した落下軌道に乗り、徐々に速度を上げる。

 海抜高度百キロメートルカーマン・ラインを越えた途端、M31CE噴射の炎が爆発的に増した。大気圏に突入した監視衛星は灼熱に光り、地上のターゲット目掛けて急速落下していった。

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