第41話 全能兵-スペシャル-

 インセクト星人。

 四億年以上前に地球に昆虫の祖となる種を撒いたとされる彼らの星は、約二百五十万光年離れたアンドロメダ銀河に属していた。

 アンドロメダ銀河大連合直属第五連合内の惑星の中でも比較的大きく、歴史も古い。長らく数多の種が生存競争を繰り広げていたが、十億年ほど前に支配者が決まる。それが現在、インセクト星人と呼ばれている種族だ。

 インセクト星人は高い知能を有しながら、地球に存在する蟻や蜂などと酷似した高度な社会性を確立していた。全てのを産む女王クイーンをトップに据えた絶対王政である。

 は役目ごとに様々な形態で産まれるが、最も割合を占めるのは兵士メディア型である。身体機能、性格ともに戦闘に特化し、女王クイーンへの忠誠も堅い。

 もともと戦争が続いていたため兵士メディアは多かったが、終戦後はさらに数を増やしていた。身内争いが終わったことで、インセクト星人の宇宙進出が始まったからである。また、宇宙進出するということは、同時に異星人インベーダーの脅威にも晒されるということでもある。防衛面でも兵士メディアは重要なポジションであり、その数は増え続け、インセクト星人を象徴する形態となっていった。

 インセクト星人の強さは、次第にあらゆる星に知れ渡る。女王クイーンの血を分けたは皆同じDNAを持ち、分身同然。意志疎通には会話さえ要らない。兵士メディアは死を恐れず、種の繁栄のため悦んでその身を捧げる。類を見ない完璧な連携と死を恐れぬ兵士メディアの物量攻撃により、インセクト星人は近隣の星を次々と手中に治めたのだ。

 集団戦もさることながら、インセクト星人の兵士メディアは単騎でも強いと云われた。惑星内紛争による進化で殺傷性を高め続けた結果、全身が武器という生まれながらの戦闘種ウォリアーを完成させていたからだ。宇宙進出が進むにつれて兵士メディアはさらに進化を遂げ、偵察兵や隠密兵、突撃兵などに分かれていった。

 数多の惑星と異星人を従えたインセクト星人は第五連合でも指折りの一大勢力となり、母星は加速的に繁栄した。しかし安寧は思いのほか遠く、強くなればなるほどに相手取る異星人も強くなっていく。宇宙は広く、強力な星はいくらでもいた。

 種を守り、さらなる繁栄を掴むため、女王クイーンは代々に渡って兵士メディアの進化に努めた。時には科学的な遺伝子操作や肉体改造も行い、宇宙の猛者たちと渡り合う屈強な兵士メディアを追求した。

 やがて完成した最新鋭の兵士メディア全能兵スペシャルと名付けられた。

 その名の通り、役割に応じて多岐に分かれた兵士メディアの能力を、再び一つに集約したのである。単独で軍隊と同じ機能を果たし、高い殺傷能力と知能を有し、不死身に等しい生命力はインセクト星人史上初めて宇宙空間での生存を実現した。そしてやはり、史上最も堅い女王クイーンへの忠誠心を遺伝子に刻み込まれた。

 全能兵スペシャルの活躍は目覚ましかった。戦場に出れば一騎当千、侵略者インベーダーがあれば単騎で敵艦を沈めた。そのあまりの勇猛ぶりは第五連合の外にまで噂され、物好きが作るアンドロメダ銀河内のエイリアン戦闘力ランキングにランクインしたほどである。

 全能兵スペシャルは資金調達にも大きく貢献した。同盟星に傭兵として派遣し、そのオールマイティなスキルを重宝された。彼らの活躍により順調に成長したインセクト星人勢力は、第五連合のトップ陣へ着実に近づいていた。

 インセクト星人勢力の終焉は、唐突に訪れた。今から約一万年前。

 彼らを滅ぼしたのは、アンドロメダ銀河の屈指の侵略者インベーダー、アサルト星人だった。

 母星を持たず、巨大な戦艦で宇宙を漂う凶暴な戦闘種族バーサーカー。訪れた星々を必ず侵略、あるいは破壊する無法さから天災とまで呼ばれる。

 アサルト星人の戦力は圧倒的だった。傘下星はあっという間に鎮圧され、インセクト星人は僅か一年で殲滅された。女王クイーンと次期女王クイーンの素質を持った者も、一人残らず死に絶えた。

 激しい戦いで損壊した母星は、アサルト星人が去って間も無く自壊した。

 生き残ったインセクト星人は、外へ出稼ぎに出ていた傭兵のみとなった。戦闘に特化した彼ら全能兵スペシャルに繁殖能力は無く、種の存続が不可能となったインセクト星人は事実上の絶滅となった。大それた名を付けておきながら、最も重要な種を残す機能を、真に種を守る機能を、全能兵スペシャルは備えていなかったのだった。

 凶悪な天災、アサルト星人の行動原理は不明であるが、ある説によれば純粋な戦闘種族である彼らは目についた星を本能的に攻撃しているだけではないかと云われている。つまり、インセクト星人は勢力を拡大したがために目をつけられたというわけではなく、たまたまアサルト星人が通りかかったところに母星があったから、滅ぼされたのだ。

 だが、そんな理不尽に残された全能兵スペシャルが納得するはずもない。全能兵スペシャルは異星人を巻き込んだ軍隊を組織してアサルト星人に報復を挑み、多くの者が予想した通りに大敗を喫した。半ば、集団自殺であった。クイーンへの忠誠にのみ生きる彼らがその拠り所を失った今、できることは復讐しか無かったのだ。

 無謀な戦いを挑み、ただでさえ少なかったインセクト星人の生き残りは激減した。現在、生存が確認されているインセクト星人は僅か二万人。最盛期には七千兆人居たとされる歴史から考えると、あまりにいたわしい風前の灯火である。また全能兵スペシャルは高い生命力を持つものの、本当の不死身ではない。緩やかに数を減らしていき、いずれインセクト星人は宇宙から消え去るだろう。

 以上がアンドロメダ銀河で周知されているインセクト星人の隆盛と滅亡の歴史である。が、一部に語弊を生む表現が含まれている。

 インセクト星人の母星はアサルト星人にで滅ぼされたとあるが、これは星と種の長い歴史で見ればで、という意味である。決して、アサルト星人を相手にという解釈ではない。

 むしろ、彼らの戦績はアンドロメダ銀河内で高い評価を受けている。

 アンドロメダ銀河大連合が観測している範囲では、アサルト星人が一つの惑星の侵略にかかる期間は、多くの場合、約七日間だという。

 最短二秒。最長八万年。インセクト星人の母星の記録は、史上六番目に長い。

 生き残りの全能兵スペシャルが今なお傭兵として重宝され、一部のエイリアンがインセクト星人の繁殖能力の復元を試みる研究を続けているのは、この偉大とも言える戦績故である。

 たった一年と、インセクト星人の生き残りは口を揃えて言う。母星を失った彼らの心証では適切な表現だ。

 しかし、正確には。たいていの星はたった七日で滅ぼしてしまうアサルト星人と、。天災と呼ばれる破壊者を、宇宙で六番目に手こずらせた。

 それが彼らだ。

 恐れを知らず、

 戦いに生き、

 貪欲に繁栄し、

 進化を追求し、

 群雄割拠の宇宙を足掻き、

 その名を轟かせ、

 そして何者よりも――クイーン姉妹きょうだいを、

 種を愛した。

 それが彼ら、インセクト星人だ。

 そして現在、地球の永住権をかけて異世界人インベーダーの排除に臨む、仮名飛蛾ひが羽衣ういはその一人。

 インセクト星人史上最強の兵士メディア型。全能兵スペシャルの生き残りである。



 戸科下市 戸科下市立病院


 高い感知能力と、アンドロメダ銀河屈指の戦闘能力で無数の氷の狼を捌く飛蛾羽衣。仮に地球の大地を埋め尽くすほどの狼が居たとして、おそらく彼女が負けることはなかった。ことに関しては昆虫ゴキブリ並みのしぶとさを誇る。それは彼女たちを滅ぼすのに一年も費やしたアサルト星人も認めるところだろう。

 問題は、時間。フォルゥが生み出す夥しい数の氷の狼は、飛蛾に貴重な時間を浪費させていた。一刻も早く異世界人インベーダーを駆除しなければならないこの緊急事態下で、遅延行為的物量攻撃は、惑星保護という任務に致命的な支障をきたしていた。

「あ~もう、埒が明かないってこのことだなぁ!」

 こちらも新たな一手を打たなくてはならない。どこかに隠れて狼を大量出産しているフォルゥを、わざわざ見つけ出す必要は無い。狼の群れを突破し、蜂尾が囚われている氷の檻を破壊さえできればいい。蜂尾を解放すれば、我々エイリアンの勝ちだ。

(いつまでも付き合ってられねぇなぁ。そろそろ真面目に考えるか)

 狼の群れを薙ぎ払う作業を肉体の反射に任せ、飛蛾の脳が現状打破の策を思案し始めた頃――は起きた。

「……えっ?」

 要因はいくつかあった。

 複眼による動体視力を備えた飛蛾の広い視野が、狼の群れに占領されていたこと。

 夥しい狼が立てる足音や氷の肢体が擦れ合う騒音が、他の音を掻き消していたこと。

 臭いを誤魔化すために自ら血を被ったことで、の臭いを感じにくくなっていたこと。

 が体温を失っていたことで、触角の熱感知機能が反応できなかったこと。

 飛蛾の頭から、すっかり抜け落ちていたこと。

 最大の要因。

 ルアトネクそれが、死んでいたこと。

 彼の死体が動き出し、狼の群れに紛れて背後に迫っていたことは、飛蛾の動きと思考を止めるのに充分なアクシデントだった。

「なっ……」

 飛蛾も、フォルゥも、予期しないことだった。首を刎ねて、殺したはずだ。首を刎ねられ、完全に死んでいたはずだ。虚を突かれたほんの一瞬、致命的な隙を生んでしまったことを自覚し、飛蛾は怒号を上げた。

「なんで動いてんだてめぇぇぇぇええッ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る