第37話 投獄

 戸科下市 ゲームセンター紅蝶


「うッそだろ……!?」

 ネットの情報操作をする傍ら、監視衛星越しに戦況を見守っていた土方は声を荒らげた。彼が脳と接続した筐体の一つに、戸科下市立病院のリアルタイム俯瞰映像がアップで映った。

 戸科下市立病院の敷地が丸ごと氷漬けになっていた。庭の芝生から、駐車場の車、診療棟も入院棟も、何もかも。

「これも魔法か!? こんな規模で……クソ! 中に居る奴は全員死んだな……蜂尾、聞こえるか? 蜂尾!」

 通信はできるが、電波が悪く蜂尾の声が不鮮明だ。土方はドゥルに繋いだ。

「監督官、蜂尾が捕まりました! 病院ごと氷漬けにされて……あいつのことだから死んではいないでしょうが、解凍に時間がかかる!」

『敵は?』

「建物内に蜂尾以外の熱源反応が一つ……おそらく健在です」

『二対四か……不利だな』

 ドゥルの考える時間は短かった。

『飛蛾を援護に向かわせる』



 戸科下市 戸科下市立病院


極寒の凍獄ニヴルヘイム』は広大な魔法陣の圏内にある全ての物質を凍りつかせる大量殺戮型の魔法だ。

 魔王軍式魔法はその名の通り魔王軍で考案された魔法であり、神や人間が生んだ魔法よりも殺傷性に富む。中でも『禁呪』に指定されている魔法は桁違いの威力を誇る分、リスクを伴う。

 魔王軍に口約束以上の規則は無いため、『禁呪』という言葉は使用が禁止されているという意味ではなく、あくまで術者自身に危険を報せるための記号である。

『禁呪』に指定される理由は様々だが、最も代表的なのは魔力消費量の多さだ。

 魔法は効果範囲が広いほどに多大な魔力を要する。魔族にとって魔力は血液と同じ命の源流だ。身の丈に合わない魔法を行使し、魔力が底を尽き絶命する事故は後を絶たない。そういった諸刃の剣の魔法が、術者への警告として『禁呪』の名を冠するのである。

 他にも使用者に物理的負荷がかかり、強いタフネスか再生力を持たなければ『禁呪』そのものに殺されるケースもある。原則、『禁呪』を扱えるのは魔王軍内でも上位の戦士のみと言っていい。

 四天王に選ばれる戦士は、漏れなくこの『禁呪』の使い手だ。『極寒の凍獄ニヴルヘイム』は莫大な魔力を消費するうえ、効果範囲に居る自分自身を凍らせてしまいかねない非常に危険な『禁呪』だが、フォルゥはその無尽蔵に等しい魔力量と生来の氷結耐性により難無く生き延びていた。

「レイちゃんが言ってた、“物凄い速さで飛ぶエイリアン”」

 氷面と化した床を素足でぺたぺたと歩き、フォルゥは蜂尾の背後へ回った。蜂尾は今まさに硬質ブレードを振り下ろさんとするポーズで静止し、全身が隈無く氷で覆われていた。

「エイリアンの仲間を殺せば、すぐに飛んで来ると思ってたのだ。予想通りだったのだ」

 蜂尾を含め、うずくまっていた幼女も逃げ惑う患者も、治療に励んでいた職員も、黒森の死体も、敷地内に居たフォルゥ以外の全ての生物が氷像と化していた。敷地を囲む巨大な魔法陣から発生した強烈な冷気が、一瞬にして彼らを凍りつかせたのだ。

「お前が来るのはわかっていたから……あの女のエイリアンを襲う前に、ここを囲むおっきな魔法陣を予め描いておいたのだ」

 ぐるっと一周して蜂尾の前に戻ると、フォルゥは自慢げに腕を組んだ。

「フフン♪ まんまと引っかかったのだ。ガル坊を殺しちゃうような強い奴と、馬鹿正直に正面から戦うわけないのだ。狼は賢いのだ♪」

 フォルゥは拳を握り締め、蜂尾の顔に狙いを定めた。

「さて、ぶっ叩いて粉々にしてやるのだ。ガル坊の仇、っちゃうのだ」

 振り抜こうとした拳が、蜂尾の顔に当たる寸前でぴたっと止まった。フォルゥは訝し気に蜂尾を凝視した。

「……え?」

 顔を覆った氷の奥で、蜂尾の目が仄かに点滅していた。フォルゥは拳を下ろし、蜂尾の胸に耳を押し当てた。

「うそ……生きてるのだ?」

 鼓動とは違うが、何かの振動を感じる。フォルゥは愕然として蜂尾の顔を見上げた。

「炎龍でも一瞬で骨まで凍らせるのに……上っ面しか凍ってないのだ?」

 蜂尾を襲ったのは戦闘中に放つような簡易的な魔法ではなく、大掛かりな下準備をしたうえで発動した上級魔法だ。自然の掟を超越し、溶岩さえも凍らせる。建物も人も、ちょっと小突けば簡単に砕ける完全な氷となるはずなのだ。

「魔法が中身まで届いてないのだ……これで殴っても、氷を砕いて自由にさせちゃうだけなのだ?」

 寒さをものともしないはずの、フォルゥの肌が粟立っていた。恐怖と呼べる感情を抱いたのは、いつ以来ぶりか。

「これ……殺せるのだ……?」

 蜂尾の目はチカチカと点滅し続けている。この状態でもまだ意識があるとしたら、また先程のように氷を解かそうとするかもしれない。自由の身になれば、今度こそフォルゥを確実に殺せるほどの、『極寒の凍獄ニヴルヘイム』を上回るほどの強力な武器を解き放つ恐れがあった。

 それは想定し得る最悪の事態だ。

「この不死性……まるで魔王マオくんなのだ」

 フォルゥは確信した。蜂尾をこの氷の檻から出してはならない。

「どーうしよっかなぁ~」

 図らずも蜂尾を拘束できたのは幸いだ。命までは獲れなかったものの、作戦はまだ活きている。

「でもずっと捕まえてるわけにもいかないのだ……なんとかしてぶっ殺したいのだ」

 蜂尾の周りをぐるぐる歩いたり、床をゴロゴロ転がったりして悩み抜いた末、フォルゥは手を叩いた。

「ムリ! 助けを呼ぶのだ!」

 フォルゥは胃の辺りを手で押し込み、共鳴コウモリを吐き出した。

「ほら! 起きるのだ! な~に寝てるのだ! ほら! 起きろ!」

 胃液まみれの共鳴コウモリをぺちぺちと叩き、耳元で大声を出した。

「みんな~聞こえるのだ? ガル坊の仇っぽいのを捕まえたんだけど~、フォルゥの魔法でも死なないのだ。跡形も無く消し飛ばしたいんだけど、フォルゥじゃ火力が足りないのだ。いま氷漬けにしてるから、誰かお手伝いに来て欲しいのだ~」

 四天王の誰かが応じてくれるのを待っていると、共鳴コウモリは胃液をゲロゲロと吐き出した。

「こら~吐いてんじゃないのだ! ちゃ~んとみんなの声を届けるのだ~!」

 目玉にデコピンし、フォルゥは共鳴コウモリを振り回した。



 戸科下市 黒緑山


 クリーズの肩に乗せた共鳴コウモリが、フォルゥの口調でキャンキャンと騒いでいた。クリーズとルアトネクは顔を見合わせた。

「なんかこっちの声、聞こえてねぇみたいだな。どこにコウモリしまってたんだ?」

「そういえば圧縮ポーチも何も持っていなかったな」

「ケツの穴とか?」クリーズが閃いたように言う。

「それは流石に……いや、フォルゥ殿ならありえるか」

 千里眼でドゥルを監視しつつ、アッズは二人をちらっと見た。

(こいつらフォルゥをなんだと……)

 やれやれとため息を吐き、アッズは言った。

「ルアトネク」

「うむ?」

「君が行け」

 兜越しに彼と目が合う。アッズは声を落とした。

「マスターガルズの仇を討って来い」

「……」

 バルディッシュの柄を握る彼の籠手が軋んだ。

「感謝する」

 一言だけ呟き、ルアトネクは戸科下市立病院の方角へ走り出した。蹄でアスファルトを踏み砕きながら猛烈な速さ遠のく彼の背中に、クリーズは言った。

「フォルゥの姐御でも殺せねぇ奴だからなー! 本気マジでやれよー!」

 大軍を先導する将のように、ルアトネクはバルディッシュを高々と掲げた。鼻を鳴らして微笑むと、クリーズは途端に真顔になって正面を見据えた。

「さて……そろそろこっちも始めるか」

「ああ。矢だけでは埒が明かない」

 アッズの五度に渡る矢の雨により、街はめちゃくちゃに破壊されていた。あのリザードマンに似たエイリアンに集中して矢を浴びせたのだが、異様に器用な尻尾で難無く無力化されている。

 エイリアンは矢を掴んでは捨て掴んでは捨てを繰り返しながら、徒歩でこちらへ向かっていた。奴も直接対決を望んでいるようだ。

「二対一だが遠慮するな、クリーズ。徹底的に潰すぞ」

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