第33話 四天王

 魔界の陸地の約四割を占める魔王軍の広大な領地は、大きく五つに分けられる。

 魔王が直々に支配し、魔王城を構える首都。通称、魔都。

 環境と生息する魔族の性質からその名前が付けられた、炎の山フレイム・ダンジョン氷の森フローズン・ダンジョン雷の城サンダー・ダンジョン魔の洞窟ウィザード・ダンジョン

 魔都を除く四つの領地には、魔王の代理として統治を任された魔物が存在する。事実上の領主として君臨する彼らは、魔王によって選ばれた強力な戦士である。魔王の血を継ぐイービル家を除いては、その実力は魔王軍の頂点。

 凶悪な魔族を力で従わせ、四方から魔都を守る。魔王の矛であり、盾。

 各領地を統べる魔王軍最強の四人は、畏怖を込め――四天王と呼ばれている。

 そしてたった今この場に集まった四人こそ、まさしくその四天王本人だった。

 炎の山フレイム・ダンジョン領主『獄焱ごくえんのクリーズ』。

 クリーズは三メートルの大男の姿をしているが、その正体は純血の黒龍ニーズヘッグ族である。今は魔法で人型に変身しているに過ぎず、本来は巨大なドラゴンである。湾曲した角や爬虫類のそれに似た尻尾は、その片鱗と言えた。胸に魔王軍の紋様と、背に炎の山フレイム・ダンジョンの紋様の刺繍を施したローブを纏っている。

 氷の森フローズン・ダンジョン領主『血喰ともぐいのフォルゥ』。

 ウェアウルフ族のフォルゥは、せいぜい百四十センチほどの背丈の華奢な少女だ。銀色の髪から飛び出た三角の耳は狼のそれに他ならず、手足の爪は獰猛に尖っている。丸く小さな瞳孔から放つ眼差しは凍てつき、口には牙と呼んで差し支えない鋭い犬歯が見え隠れした。チュニックを着て腹部をベルトで縛ったのみで、生脚を晒すどころか靴すら履いておらず、ローブも着ていない。領主らしからぬ部屋着同然の装いである。

 雷の城サンダー・ダンジョン領主『屠戮ざんさつのルアトネク』。

 ルアトネクは全高四メートルのケンタウロス族で、馬の下半身も含め鋼鉄の鎧で覆い尽くしている。フォルゥとは対称的に肌を晒すことが滅多に無く、側近でさえ兜に隠された彼の素顔を見た者は限られているという。魔王軍の紋様は肩当てに、雷の城サンダー・ダンジョンの紋様はマントにでかでかと描かれている。

 魔の洞窟ウィザード・ダンジョン領主『墓骸ぼひょうのアッズ』。

 ダークエルフ族にして、魔王軍最高峰の魔導士。魔界に在るほぼ全ての魔法を習得するに留まらず、自らも数多の魔法を編み出す魔法創者マジック・メーカーでもある。魔王が主導した転生魔法の研究にも一役買っており、それがのちにレイドの誕生にも繋がっている。

 フォルゥ以外の三人は、前任者が勇者に敗れて代替わりした新生四天王ではあるものの、その実力は折り紙付きである。経歴、戦績ともに前任者に引けを取らない。勇者との戦争を生き抜いたという点では、前任者より優れた戦士とも言えた。

 レイドが援軍を連れて来ることは想定していた。先遣隊の中でも優秀な戦士を何人か抜擢して来るだろうと。ヴェスたちは仰天を通り越して恐怖すら覚えていた。

 あろうことか、魔王軍の最高戦力が揃いも揃って人間界に降り立ったのである。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするヴェスたちを、クリーズは不服そうに眺めた。

「ぎゃああってなんだよお前ら。もっと喜ぶところだろ」

 ルアトネクがクリーズの肩をポンポンと叩く。彼が動くと鎧がガシャガシャと騒がしい音を立てた。

「無理もなかろう。むしろ小生らと相対して逃げも隠れもせぬところを褒めて然るべきだ。流石はレイド様が選んだ精鋭たちだ」

「拍手喝采くらいあってもいいじゃねぇか」

「ガルズ師匠が亡くなられたばかりだ。そんな気分ではあるまいよ」

「あ~。喪に服すってやつか。ドラゴンには無ぇ文化だな~。……あれ、フォルゥの姐御がいねぇ」

 クリーズの隣に居たはずのフォルゥの姿が無い。

 彼女は床を素足でぺちぺちと叩き、その感触を味わうように魔法陣の上を走り回っていた。

「すごーい! この床、めっちゃ平たいのだ! こんな綺麗な床初めて見たのだ! 人間界の床はすごいのだ!」

「姐御は相変わらず元気だな」

「さっきまで寝ていたとは思えぬな」

「うひょ~! ねぇアッちゃん、この床すごく魔法陣描きやすそうなのだ! フォルゥのお家にも欲しいのだ!」

 アッズはルアトネクの隣へ歩きながら、フォルゥを手招きした。

「フォルゥ、それは後にしよう。略奪の前に、私たちにはやることがある」

「は~いなのだ!」

 フォルゥがゲートをぐるりと迂回してクリーズの隣に並ぶ。ちょうどその時、稲妻が弾けて彼らの背後にあるゲートが閉じた。ヴェスが声を上げる。

「あれ、レイド様はいらっしゃらないんですか?」

 アッズが答えた。「レイド様は今、侵攻部隊の再編成をしている」

「再編成?」

「対エイリアンに適した戦士を選抜している。当初の侵攻作戦を破棄し、侵攻部隊の再編成が終わり次第、我々魔王軍はこの人間界への侵攻を開始する」

「えぇ!?」

 ジェイたちも思わず驚愕を声にした。しかしよく考えてみれば、当然の対応である。人間界側の勢力、つまりエイリアンにこちらの存在を悟られた以上、先遣隊の隠密作戦は機能を失っている。ここはエイリアンのテリトリーであり、探り探られの状況はいつまでも続かない。いずれ、侵攻そのものを断念するか、戦力を投入して断行するかのどちらかの道しか無くなるのは目に見えていた。

 レイドの忠告とリスク、全てを承知したうえで魔王が選んだのは後者――全面戦争だったのだ。

「では……アッズ様たちは何をしに?」

 ヴェスの問いかけに、アッズは頷いて答えた。

「私たちは先制制圧部隊として、本隊に先んじて参上した。わかりやすく言えば、私たちの任務はエイリアンの討伐だ」

 その言葉を聞き、ジェイの肌がざわついた。

「エイリアンの討伐……まさか」

 四天王の人間界派遣を決めた者の意図を、ジェイは誰よりも早く察した。そして四天王に指図できる者など、たった一人しか居ない。

 アッズは荘厳な声色で続けた。

「魔王様直々のご命令だ。正直、まだ宇宙やエイリアンという存在のことを、私たちはよくわかっていない。おそらく魔王様も。しかしマスターガルズの訃報を聞いた魔王様は、私たち四天王の出動を即決した。歴戦の猛者であるマスターガルズを討ち取るほどの戦力を敵が有していることも理由にあるが……真の理由はただ一つ」

 ジェイは無意識に拳を握り締めていた。やはりそうだったのだ。我らが王は、“解放の悪魔”は、盟友ガルズの死を悼んでいた。

 最も残酷で、最も怒り、最も恐ろしく、そして最も我儘な存在。だから、彼は魔王と呼ばれるのだ。

「率直に言おう。これは弔い合戦だ。戦士たる者、戦場で死ぬもの。それは百も承知。マスターガルズも本望であろう。だが……それは私たちの復讐心とは別の問題だ」

 法も、契約も、誓いや誇りさえ、こと極まれば何の役にも立たない。魔王が神と違ったのは、“正しく在ること”よりもただひたすらに“自我”を優先したことだった。

「我々魔王軍は、最初はなから不条理に怒り狂った者たちの集まりだ。八つ当たり、逆恨み、大いに結構。エイリアンの大義も人間の都合も、知ったことではない」

 自己責任主義を極めたが故の、無責任主義。

 魔王軍は自由だ。何をするのも勝手。逃げるのも、殺すのも殺されるのも、他者の責任を勝手に負うのも、救うのも、復讐するのも、己が望む全てに自由を捧げる。

 魔王の生き様が、彼の在り方が、魔王軍そのものだ。

「戦場で死んだ同胞の命は、戦場で弔う。殺した敵の命で贖わせる。魔王様は血の報復をお望みだ。そして何より、私たち自身が望んだことでもある」

 ここにいる四天王は全員、ガルズの戦友である。特にルアトネクはガルズの直弟子で、かつてガルズが治めた雷の城サンダー・ダンジョンの現領主だ。仇を討たなければ、領主の名が廃る。名以上に、この身を焦がす怒りが黙っていることを許さない。鎧の内側に隠された彼の顔は激しく歪み、震えている。

「これは魔王様と、魔王軍の“怒り”である」

 奪われたから、仲間だから、戦士の名に傷がつくから。

 全て正しく、全て違う。

 我々がそう望んだから。我々の怒りが、そうしろと叫ぶからだ。

「我々は魔王軍。略奪者。奪われる前に奪う。奪い尽くす。本当の悪党がどういうものか、私たちの英雄を殺したクソ野郎どもに教えてやる」

 ヴェスが、ジェイが、その場に居る全員が思い知っていた。いや、再認識させられたと言うべきか。

 四天王は、ただ強いから選ばれたのではない。魔王への忠誠心や政治力、魔族への求心力。それら最低限の要素を網羅したうえで最も求められる素質とは、どれだけだ。

 何にも縛られることなく“自我”を謳歌する。魔王の器を持つ者たち。

 彼らは魔王の代理人だ。魔王の怒りが形となり、エイリアンを殺しに来たのだ。

 戦士たちの胸に、同じ想いが去来する。

 エイリアンは――人間界は、終焉おわった。

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