第34話 開戦

 現在

 東京都 戸科下市

 黒緑山


 燃え盛る黒緑山の麓に、アッズとクリーズとルアトネクが並んで立っていた。彼らの足元には、黒緑神社の補修作業に従事していたクリーン星人の死体が散乱している。

 クリーズは腕を組み、クリーン星人の死体を足で小突いた。

「エイリアンだっけ? 雑魚だったなこいつら」

「ガルズ師匠がそのような虫けらに負けるわけがなかろう。其奴らは戦士ではない」

 ルアトネクが鼻を鳴らした。

「レイド様によればエイリアンは大きな組織とのことだが……非戦闘員が居るとはな。底が知れる」

「案外、強ぇ奴はあんま居ねぇのかもな」

「人間のふりをして過ごしているらしいからな。其奴らがあそこにあった建物を直していたのを見るに、戦闘以外の役職を持つ者が多いのかもしれぬ。いずれにせよ、己の身も守れないようでは話にならぬが」

 クリーズがちらっとアッズを見る。彼女の瞳に魔法陣が浮かび上がり、仄かに発光していた。千里眼の魔法でエイリアンを捜しているのだ。

「どうだアッズ、それっぽい奴ぁ見つけたか?」

はやるなクリーズ。敵は既にこちらの存在に気づいている。慎重に出方を窺っているのさ。馬鹿正直に飛んで来れば的になることくらい、マスターガルズを殺した奴らならわかるだろう」

 首を捩り、クリーズは絶え間なく黒煙を吐き続ける山を仰いだ。これだけ大胆にアピールすれば、敵は嫌でもクリーズたちを察知する。一見、包囲して下さいと頼んでいるかのような愚策だが、これができるのは彼らが絶対的な自信を持っているからだった。

 敵が何千、何万と攻めて来ようと負けることはない。それくらい易々とこなさねば、魔王軍四天王は務まらない。

 報道やネットの書き込みなどからレイドが推測した限りでは、エイリアンとガルズは数分間に渡って死闘を繰り広げている。つまり瞬殺ではない。エイリアンの戦闘能力がガルズと同等か少し上と考えると、強く見積もって四天王の一人と互角以上。一騎討ちでも勝機はある。

 ましてや、こちらは四人。エイリアンが数分間も苦戦したガルズを超える現四天王が揃い踏みだ。彼らが負けるのは、ガルズより強いエイリアンが五人以上居た時か、あるいは魔王並みに強いエイリアンが居た時のみである。

「ビビって出て来なかったらどうする?」

「それはない。出て来ざるを得ないさ」

 アッズは右目だけ魔法陣を消し、肉眼で空を見上げた。木々が燃える音に混ざり、街の方面から聞き慣れない轟音が近づいていた。クリーズとルアトネクが同じ方向に目を凝らすと、自衛隊のヘリが黒緑山に向かって飛んで来ていた。

「ありゃなんだ、エイリアンか?」

「人間の乗り物だ。もしエイリアンが人間を守ることを使命に含めているなら……これから起こることを無視できないだろう」

 長弓を左手に持つと、アッズは右の掌を虚空にかざした。掌が光り、溢れ出た魔力が実体の矢を形成した。矢を番え、ヘリに狙いを定めるアッズから、クリーズとルアトネクは数歩離れた。

「奴らに報せてやろう。『戦争は始まったぞ』とな」

 弓を大きくしならせ、ギギギと軋む弦を解き放つ。発射した瞬間にソニックブームが発生し、反動でアッズの後ろの木々が吹き飛んだ。

 風の魔法を応用した加速効果を重ねられた矢は空気抵抗と重力を無視して直線的に飛翔し、ヘリの鼻面からコックピットを縦断し、メインローターヘッドを射抜いた。

 衝撃に耐え切れずに機体は空中分解した。矢はヘリを貫いて間も無く空中に停止すると、激しく発光し魔法陣に変形した。光の粒子で形成された魔法陣は実に直径二百メートルに及ぶ巨大さで、約四十五度に傾いていた。

「魔王軍式魔法『降りしきる痛みアロー・レイン』」

 魔法陣の上面を夥しい矢尻が埋め尽くした。光の粒子がシャフトを紡ぎ出し、矢尻を押し出す。

 羽と矢筈まで完成すると、アッズは指を鳴らした。

「シュート」

 矢が一斉に放たれ、放物線を描いて街に降り注ぐ。

「せめて更地になるまでには、出て来るだろうさ」

 ヘリを貫いた際ほどではないものの、それは矢に許された威力ではなかった。例えるならば戦闘機による機銃掃射を浴びたかの如く、家屋は貫かれ道路に穴が空き、車は真っ二つになり、天文学的な運の悪さで直撃を受けた人間は粉々になった。

 約五秒間に渡る“豪雨”の音が止むと、一面の建物は半壊していた。地中の水道管に命中したらしく、道路の至る所から噴水が上がっている。粉塵が舞う矢だらけの街に、悲鳴やサイレンがこだまする。

「……おや」

 アッズが千里眼を使っている左目を細めた。その反応に、グリーズが目敏く気づく。

「出たか?」

「ああ、一人だけ。リザードマンに似ている」

 グリーズは凶暴な笑みを浮かべ、首をゴキゴキと鳴らした。

「へぇ。じゃあ、俺とオトモダチになれるかもなぁ」

 ルアトネクが右腕を水平に伸ばす。籠手の袖口から圧縮魔法で収納していた全長三メートルを超えるバルディッシュを射出し、キャッチする。彼が軽く素振りすると、風圧で足元のアスファルトがごっそりとめくれ上がった。

 新たな矢を生成しつつ、アッズは千里眼越しにそのエイリアンを注意深く観察した。彼女は感心して言った。

「大した奴だ。避けるでも防ぐでもなく、私の矢を掴み取るとは」



 ドゥルは頭上に飛んで来た矢を、尻尾の先端を巻きつけるようにしてキャッチしていた。彼の目は矢になど関心は無く、黒緑山の麓に居る三体の異世界人に向けられていた。

おびき出しているな……出て来なければ虐殺する、と)

 彼が立つ鉄塔が大きく傾いた。矢の一本が鉄塔の足を紙ぺらのように貫いていた。ドゥルはキャッチした矢を捨て、近くの外灯へ軽やかに飛び移った。

(あの三体……どちらのゲートの時にも居なかった個体だ。あのレベルの強者つわものが一気に三体……増援か。しかし、だとしたらいつの間にゲートを開けた?)

 異世界人がこちらに気取られることなくゲートを開ける手段を持っているとしたら、厄介極まりない。固定型のゲートを開けられてしまえば、最悪の『ダークバルブ』のシナリオに直結する。

(どれか一人でも生け捕りできれば、じっくりと頭の中を読み取ってやれるが……)

 ドゥルのテレパシーは離れた相手には思念を伝える程度のことしかできないが、頭か、最低でも体のどこかに触れれば記憶や思考を覗き見ることができる。これをするうえで必須なのは、スキャンする相手の脳が活動していることだ。死人の頭を覗き見ることはできない。

「困ったものだ」

 ドゥルは尖った爪でこめかみを掻いた。

(生け捕りできるほど、易い相手ではなさそうだ)

 脳に埋め込んだ超小型端末を使い、ドゥルは各惑星保護官に通信を行った。

「土方、情報操作を頼む。ラスティギアの犯行予告・声明動画のストックを大盤振る舞いしろ。自衛隊、警察、消防の通報システムをダウン。電話回線とネット回線も不通にしろ。南田、戸科下市全域をホログラムで覆い、外からは平常に見えるようにしろ。貝津と芦山はホログラムの内側にバリアを張れ。くーちゃんは待機。被害規模にもよるが、最悪の場合は地震を起こして街ごと隠滅する」

『了解!』

『おす!』

『了解!』

『了解しました!』

『りょうかい』

 次いで蜂尾と飛蛾に繋ぐ。

「蜂尾、飛蛾。未確認の個体が三体。黒緑山だ」

『今向かってる』

『一気に三体とか!』

「被害は最小限に留めたいが、手こずるようなら多少本気でやっても構わん。一人一体で片付けるぞ」

 蜂尾が尋ねた。

『本当にその三体だけか?』

「現状はな」

 彼女の警戒はもっともだった。知らぬうちにゲートが開かれていたとしたら、新たに人間界入りした個体は三体では済まないかもしれない。その可能性の方が高いとすら言える。

 ドゥルならば間違いなくそうした。四体目、五体目の仲間を伏兵として忍ばせるのだ。

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