第3章 エイリアンズVS四天王
第28話 結界
人間界 六月六日
東京都 戸科下市
ホテル陽世
午後九時。廃ホテル五階の客室のドアをヴェスがノックした。レイド・イービルが寝床に使っている部屋である。
「はーい」
「失礼致します」
レイドは魔界へ一時帰還する準備をしていた。ゲートを渡ったのち王の間へ直行するため、身なりを整えなければならない。魔王軍の幹部の証であるローブを纏ったレイドの髪を、ルラウが櫛で梳かしている。
「どうしたの? あ、ゲートの準備できた?」
「はい。それもあるのですが……一つ、気になることがありまして」
「? というと」
ヴェスは身支度の邪魔にならないよう、少し距離を取ったまま話した。
「昨日、あの山にガルズ副隊長たちが居るのをエイリアンがどうやって知ったのか、ずっと考えていたんです。昨日が初めてではなく、一度私たちがあそこに現れたことで、エイリアンにあそこが見張られていたようにも思えて」
「うん、それはあるかもね。ガルズたちがゲートをくぐってすぐのことだったし」
「となると、私たちが最初にゲートを開けた時点で気づかれていたことになります。だとしたら、どうして見つかったのか。普段からあの山だけを特別監視していたとは思えません」
レイドはヴェスをじっと見た。
「心当たりがあるの?」
「これです」
ヴェスはベルトに付けた質量圧縮魔法を用いたポーチから、水晶玉を取り出した。魔力感知や千里眼の魔法などに用いる魔道具である。
「捕獲部隊を探している時に思いついたんです。もしかしたら、エイリアンはゲートの魔力を察知したのではないでしょうか。世界を渡るゲートを生成する際は、膨大な魔力が発生します。エイリアン側にもこの水晶玉のように魔力を感知する道具があるか、あるいは魔力を感じ取る能力を持った者が居るのかもしれません」
「なるほど……」
レイドの脳裏を過ぎったのは、黒緑神社で相対したエイリアンの動きだった。レイドが煙幕に紛れて逃げる直前、あのエイリアンは迷うことなくこちらを狙って突っ込んで来た。視界不良をものともしなかった。あれはレイドの魔力を感知していたが故の正確さだったのではないか?
顎に手を当ててヴェスの仮説を玩味し、レイドは頷いた。
「ありえると思う。そう考えると、昨日の襲撃に納得がいく」
初日、レイドたちがエイリアンと遭遇しなかったのはただのニアミスだった可能性が高い。ゲートを抜けてすぐにレイドたちは場所を移動した。あの後、レイドたちを発見できなかったエイリアンは黒緑山の監視を続けた。そして、エイリアンの存在など知る由も無いガルズたちがまんまとゲートを開けて現れた。
「でも、だとしたら私たちが今ここに居ることもバレてるんじゃないかな?」
「ええ、それは私も考えました。エイリアンの文明がどれほどのレベルかわかりませんので、魔法に当てはめての推測になりますが……」
水晶玉をちらっと見て、ヴェスは続けた。
「魔力感知は高度な魔法です。多量の魔力を発散する戦闘時ならともかく、魔法を一切使っていない平常時の魔族の魔力を感じ取るのは、水晶玉を用いても至難です」
「ヴェスくらいのレベルの魔導士でやっと、ってところ?」
「ええ、私でもかなり消耗します。それに、この世界に魔力という概念が無いのなら、専用の道具が無いということ。エイリアンの魔力感知の精度は、著しく低いと考えていいでしょう。非戦闘時の魔力を抑えた私たちを見つけ出すことはできない。また魔力は強力になるほどに光や熱、稲妻や風など副次的現象を起こしますから……エイリアンはそれを感知していたとも考えられます」
「……つまり、ゲートを作る時くらいのめっちゃ強い魔力を発してやっと、エイリアン側は察知できる。ってことだね?」
「仮説ではありますが。初日、私たちが何の痕跡も残さなかったあの山をエイリアンが監視していた根拠を考察すると……そうとしか考えられません。事実上、私たちの視点から見た際の消去法で出した結論ですが」
「私はヴェスの考えを支持するよ」
経験豊富な超一流魔導士の憶測は、どんなものであれ考慮に値する。何より敵は未知の存在だ。明確な根拠がある以上、僅かでも可能性があるのなら対策して損は無い。万全を期したガルズたちでさえも、エイリアンの前に倒れたのだ。
レイドの身支度を終え、ルラウは出来栄えに満足したように腰に手を当てた。レイドは椅子から立ち上がる。
「魔力を外へ漏らさずにゲートを開ける方法はある?」
「一応、あるにはあります。魔法石を用いた結界を張れば、この敷地の内外を完全に遮断することができます。魔力感知を阻害するうえ、外からの脅威に対する防壁にもなります」
「いいね、じゃあそれ使おう」
「本来はこんな仮拠点でなく、本拠点を要塞化するための備蓄ですが……よろしいですか? 貴重な魔法石です」
レイドは即答した。
「うん、仕方ないよ。エイリアン相手に警戒し過ぎってことは無い。それに防壁になるなら、私が居ない間に皆とゲートを守ることもできる。魔法石なんて、また採掘場を襲って盗って来ればいんだよ。遠慮なく使って」
「わかりました。至急結界を張りますので、暫しお待ち下さい」
「どれくらいかかる? 明日に間に合うかな」
「この程度の範囲なら、四時間ほどで」
「流石だね。本当、ヴェスをスカウトしたアッズは慧眼だったよ」
ルラウも深々と頷いた。「ええ、全くです」
照れ臭そうに微笑み、ヴェスは胸に手を置いてこうべを垂れた。
「王都でギロチンにかけられるはずだったこの命、拾って下さった魔王軍への恩は忘れません。このヴェスはレイド様の杖です。何なりとお使い下さい」
「うん。心強いよ、ヴェス」
ヴェスは元人間だった。魔導士は魔法で老いを克服し不老不死になる者も珍しくなく、ヴェスもその例に漏れない。彼女が魔王軍に入ったのは何百年も前のことだ。
かつて彼女が犯した罪は魔族にも引けを取らない邪悪なものだった。表面上は人望溢れる魔導士を演じていたのだというのだから、恐ろしい話である。現在の彼女しか知らない者は、王都出身の元人間と聞いてもまず信じないだろう。今や、彼女は魔族にさえ畏怖される闇の魔導士だ。
レイドはヴェスに、ある種の共感を抱いていた。元人間で魔王の娘に生まれ変わったレイドは、彼女と境遇が似ている。違ったのは、魔族になってから順応したレイドに対し、ヴェスは初めから魔族に適した性質を持っていたことだ。生来の邪悪な魂が、力を欲する魔王軍を引き寄せたのだ。
悪人の前世があるわけでも、生まれが悪かったわけでも、悲惨な過去があるわけでもない。血にも環境にも要因は無く、ただひたすらに彼女は生まれながらの邪悪だったのだ。
ヴェスにとって幸運だったのは、魔法の才に恵まれたことだった。不幸だったのは、人間として生を受けたことだった。
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