第26話 雨
警視庁は一連の事件について、国際テロ組織ラスティギアによる同時多発爆破テロと断定し、捜査本部を設置しました。また、国外でもアメリカを含む五か国で同様の爆破テロが発生しており、ラスティギアがインターネット上などに犯行声明を出しています。
東京都戸科下市の死者は現在判明しているだけでも千人を超え、行方不明者は五百人。関係者は今後、死者行方不明者がさらに増えるとの見立てを示しています。特に被害の大きな戸科下市市街では今も消防や自衛隊による懸命な救助作業が続いていますが、爆破を受けた建物には倒壊の恐れがあるため、作業は難航しているとのことです。また、今後は悪天候の予報もあり、さらに救助作業に支障が出ることが予想されます。
また、これを受けて政府は緊急事態宣言の発令を決定しました。首相は午後一時頃に会見を行い、テロ行為を決して許さず断固とした姿勢で対処に臨むと……
東京都 戸科下市
ホテル陽世
レイドはニュース番組を映していた携帯端末を閉じた。宴会場に入ると、重苦しい空気に包まれたルラウ、ヴェス、ジェイ、マース、クルスがテーブルを囲んでいた。他の全員は所在無く虚空を見ていたが、ヴェスはテーブルに置いた水晶玉と睨めっこしていた。水晶玉は仄かに光り、ヴェスの顔を薄明るく照らしていた。
「どう? ガルズたちは見つけた?」
水晶玉からレイドの方へ振り向き、ヴェスはかぶりを振った。
「見つかりません。捕獲部隊八人全員、魔力を感知できません」
少し躊躇ってからヴェスは言った。
「おそらく……ガルズ副隊長を含め、全員死んでいるものと」
「……そっか」
ヴェスの向かいの席に座っていたジェイが、椅子を倒して立ち上がった。
「っざけんなよ、ちゃんと捜せ! ガルズさんが負けるわけねぇだろうが!?」
クルスがテーブルに踵落としし、怒声を上げた。テーブルに亀裂が走った。
「見苦しいぞジェイ! ヴェスはもう二時間も捜した! ガルズ副隊長ほど強い魔力を持っている魔物を、ヴェスが見つけられないわけねぇだろ!?」
「だっ……でもよ、あのガルズさんだぞ? 死ぬなんて……間違ってもありえないだろ……そうでしょうレイド様!?」
レイドはヴェスに歩み寄ると、労うように肩に手を置いた。彼女は深呼吸し、努めて冷静に口を開いた。
「ヴェスの魔法の精度は確かだよ。……ギミルとモルコが、街にガルズの『
ジェイの眉が下がり、床に膝を落とした。ガルズを師と仰ぎ敬愛していたジェイのショックは計り知れない。幼少から彼を知っていたレイドも、その沈痛な胸の内はよくわかった。
しかし今は悲しんでいる暇は無い。喪失感に気を取られて後れを取るなど、ガルズが最も望まないことだ。あのガルズを打倒してみせたエイリアンは、まだどこかに潜んでいるのだ。
「ガルズたちの犠牲は無駄にしない。ガルズを超える強力な敵が居ることがわかった、それだけでも大きな収穫だよ。つまり、一般戦士程度じゃ全く歯が立たないってことだ。それに、組織力もかなり大きい。戦闘があってからまだちょっとしか経ってないのに、ガルズたちとエイリアンの存在が完璧に隠蔽されている。正直、ここまでやり手だとは思わなかったね」
インターネットをかなり漁ったが、ガルズとエイリアンの姿を捉えた映像や写真は一切見つからなかった。ガルズがカメラで捉えられないほど速いという点には納得できるが、彼が発動した大規模魔法の稲光さえ一枚も残っていないのは、どう考えても不自然だ。間違いなく、エイリアンが情報操作している。
直後に国外で起こったというテロも、戸科下市内の戦闘をカモフラージュするための工作だろう。ラスティギアとかいうテロ組織も、こういった事態のためにエイリアンが都合良く捏造しているのかもしれない。
一連の偽装工作で、もう一つ明るみになったことがある。エイリアンは、自分たちとレイドたちの存在を隠すためなら犠牲を厭わない。各国の偽造テロで延べ一万人以上が命を落としたが、八十億人の人類と地球全体を守ることに比べたら、些細なコストと断じて容易に切り捨てられるのだ。
エイリアンは、無慈悲で冷酷だ。レイドたちの想定以上に、手段を選ばない。
「ヴェス、ゲートの準備はできてる?」
「はい。いつでも開けられます」
ルラウが椅子から立ち、レイドに頷きかけた。
「行くんですね、魔界に」
「うん。状況を報告しに行く。ガルズのことも」
レイドは一同を見回した。今一番気丈に振る舞わなくてはならないのは、隊長であるレイドの務めだった。仲間を悼むのは後だ。魔王なら、そしてガルズならばこうするはずだという理想像を、レイドは精一杯になぞった。
「私とルラウでお父様へ報告しに行く。その間、この拠点とゲートの守護は任せるよ」
戦士たちは力強く応じる。ジェイはテーブルに寄りかかりながら立ち上がると、目つきを鋭くしてレイドを見た。彼の燃えるような瞳を、レイドはじっと見つめ返した。
「任せて下さい、隊長。ガルズさんの意志は、俺が受け継ぐ」
「うん。頼りにしてるよ、ジェイ」
内心では、レイドは人間界への侵攻を断念せざるを得ないのではないかと考えていた。部下にはああ言ったが結局のところ、エイリアンは強く組織が大きいという大雑把なことしか判明していない。敵の正体がわからなければ、対処のしようがない。それに、エイリアンはただ強いわけではない。
強過ぎる。ガルズは魔界でも指折りの猛者だ。四天王時代の全盛期には大きく劣っていたが、それを考慮しても彼に勝てる者は魔界に二十人と居ないはずだ。もしもガルズが、一騎討ちで敗れていたとしたら? 最悪、エイリアンが余力を残してガルズを倒していたとしたら?
考えたくもないことだ。あのエイリアン一人が、レイドよりも、魔王よりも強いかもしれないなど……しかし完全な未知である以上、可能性はゼロではないのだ。
(いや、今はいい。私が考えてもしょうがない。お父様が決めることだ。ガルズが死んだと聞いて、お父様がどんな反応をするか想像もつかないけど。魔王城に還ったら上手く説明できるように……私がしっかりしないと)
何かが壁を叩いている。雨音だ。
ガルズが呼び寄せた黒雲の影響だろうか。戸科下市の上空に厚い雲が漂い、大雨を降らせた。レイドにはその雨音が、彼が別れを告げに来たかのように聞こえた。
蜂尾宅
いつから異世界人に見張られていたかわからないため、自宅に帰ることは襲撃のリスクがあった。蜂尾は数種類のレーダーを駆使し入念なチェックを重ねて安全を確保したうえで、何が起きても対応できるよう臨戦態勢で帰宅した。
「……」
蜂尾はボロボロの制服を脱ぎ捨て、ハンガーにかけていた私服を取った。
これが最後の帰宅になる。蜂尾景という人間のふりをするのは、今日で終わりだ。蜂尾景は今日、学校で爆破テロに巻き込まれて死んだ。現場にある原型を留めない死体の中に、蜂尾景だと証明できる肉片を少し混ぜてやるだけのことだった。
薄暗い部屋の中で着替えを済ませた蜂尾に、着信があった。貝津からだ。蜂尾は応答した。
『蜂尾さん、ご無事ですか』
「ああ。そっちの処理は済んだか?」
『はい。生徒と職員、記憶操作を完了しました。異世界人の死体も、南田さんたちが迅速に回収してくれました』
「わかった。ご苦労。まだ奴らはどこかに隠れてる。警戒を怠るな」
通信を切ろうとした蜂尾を、貝津が呼び止めた。
『あ、蜂尾さん、お一つだけ』
「なんだ」
『交戦中の蜂尾さんを唯一目撃した生徒なのですが、記憶を完全に抹消することができません。普段から蜂尾さんと親しくしていたことが要因と思われますが、目撃した蜂尾さんの姿がかなり印象的だったようでして……』
蜂尾は椅子の背にかけたボロボロの制服に目を落とした。
「
『はい。夢か現実か判然としない程度には薄めることができましたが、記憶のかなり深くまで刻み込まれているようでして、消し切ることが難しく……脳にダメージを与えない範囲の記憶操作では、ここが限界です』
「……そうか」
『いかがされますか?』
蜂尾はすぐに切り返した。「どういう意味の質問だ?」
『いえっ、記憶が消せない以上、処分するのが妥当と考えておるのですが……』
「ですが、何だ?」
電波の向こうで貝津が言い淀む。
『……蜂尾さんの死亡を伝えられてかなり混乱しておりますので、仮に他者に口外したとしても……周囲には事件の影響で精神を患ったと捉えられる可能性が充分あり……その方向で再度記憶操作をすれば、処分せず済ませることが……できまして』
「処分を躊躇う理由は何だ?」
『……擬態とは言え、蜂尾さんのご友人でありますので』
蜂尾は荷物をまとめ、玄関へ向かった。
「不要な気遣いだ。所詮は擬態の付き合いに過ぎない。我々はリスクを完全に消さなくてはならない。レプティリアンのように痕跡を残すなど論外だ。井原陽莉は処分する」
『……了解しました』
「今どこに居る?」
『え?』
「井原陽莉だ」
靴を履き、ドアを開く。外に出るとすぐに雨で濡れた。瞬きせず眼球に雨を浴びながら、蜂尾は真っ暗な空を見上げた。
「私が
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