第23話 蜂尾VSガルズⅢ
爆発が起きたかのような激しい音が大気を割る。波紋のように広がった衝撃波が火と煙を吹き消し、駐車場内の車をことごとくひっくり返した。
床を大きく凹ませたクレーターの中心で、蜂尾とガルズは鍔競り合っていた。ガルズは蜂尾の体格からは想像もできないパワーに瞠目した。
(なんと、俺の剣を真っ向から止めただと……!)
雷速で振り下ろした霆哮剣の一撃は、蜂尾の左腕の硬質ソードに完全に相殺されていた。剣捌きで衝撃を受け流したのではなく、正面から同等の力をぶつけたのだ。
ガルズの観察眼は冷静に働いた。蜂尾の全身にある小さな羽から発する火。突進力と剣を振る力の正体は、あの羽の推進力だ。
(強い……!)
理屈を理解できたことで、蜂尾のタフネスが異様に上がっていることも明らかとなる。雷速に対処し得るスピードとパワーを生む羽の爆発力に、蜂尾の四肢はちぎれることなく耐え抜いている。これは硬さでどうにかなるものではない。
ガルズと同じだ。ガルズもまた、全身を硬い筋肉で覆っているわけではない。豊満な脂肪のクッションと柔軟な関節で、自身に跳ね返る衝撃を緩和している。蜂尾は関節を極度に軟化させ、より近接戦に適したボディへと変質を遂げているのだ。
(どこまで変幻自在なのだ……!)
霆哮剣との拮抗を保ったまま、蜂尾が右の硬質ソードを振りかぶった。肘の羽が火を噴き、急加速した刃が閃光と化してガルズに切りかかる。
「ぬッ!」
ガルズは霆哮剣の刃に溜めた雷を利用し零距離から『
「はぁッ!」
互いの刃を弾き合い、激しい火花が散った。
(こいつの剣……硬い!)
ガルズは神懸かり的な動体視力で蜂尾の刃を見た。ガルズの剣と激突しても刃こぼれ一つしない。魔法の加護を受けた魔剣『
特殊な効果は一切付与されていない。ただ、硬いのだ。
(これほどの強固さ……どんな材料で……!)
純粋な硬度だけで刀剣の最大の弱点である刃こぼれを克服している。鋼鉄どころか、もしかしたらダイヤモンドよりも硬い。これほど硬い物質をガルズは魔界で知らない。さらに言うなら、蜂尾の刃を構成しているのは魔界のみならず、地球上にすら存在しない物質だった。
「……」
蜂尾の全身の羽が赤く煌めく。急速発進した蜂尾が硬質ソードを揃えて突き出しながら、ガルズへ飛び込む。ガルズは稲妻と化して硬質ソードを躱し、蜂尾の左側面へ回り込んだ。
「!」
「『
剣身を稲妻で包んだ霆哮剣をフルスイングする。殴り飛ばされた蜂尾は天井から上階の外壁まで一直線に突き抜け、大通りの上空に放り出された。
(デタラメなパワーだ)
蜂尾の高速レーダーが反応を示す。雷速で蜂尾の真上に移動したガルズが、霆哮剣を両手で振りかぶっていた。
全てのジェットエンジンを右へ向け急速に横回転し、蜂尾は霆哮剣を足のスパイクで蹴り飛ばした。真横へぶっ飛んだガルズは、道路沿いの商業ビルを突き抜けて行った。
「捉え損ねた……また被害が広がるな」
不服そうに吐き捨て、蜂尾はガルズが突っ込んだ穴からビルの中を音速で通り抜けた。風圧で店内は滅茶苦茶になっただろうが、今さら気にすることじゃない。
ビルを抜けると、五百メートルほど先に停空しているガルズを見つけた。
(奴も飛べるのか?)
いや、違う。ガルズは地面に対して垂直に張った魔法陣の壁に着地していた。魔法陣がトランポリンのように凹み、その反発を利用してガルズがこちらへ発射した。グァドルフが使っていた『
魔法陣から飛び立つと同時に雷光となったガルズの強烈なタックルを食らい、蜂尾はたった今通ったビルの穴を引き返し、さらにその先のオフィスビルへ突っ込んだ。
「んの……ッ」
壁を何枚も破って転がりながら、蜂尾は足のスパイクを床に刺してジェットエンジンを噴射し、最奥の外壁を破る一歩手前で停止した。顔を上げると、長い蹂躙のトンネルを通して向かいのビルに居るガルズが視認できた。ガルズは激しい雷光を瞬かせた霆哮剣を、今まさに振り抜こうとしていた。
「おいおいまさか」
ガルズは霆哮剣を薙ぎ払った。
「『
霆哮剣から放たれた扇状の雷撃が、蜂尾の居るビルを水平に切断した。
(あの野郎、本当にやりやがった)
蜂尾は天井を破って上階へ避難し、雷撃の直撃を免れた。ビルは数秒持ち堪えたが、支柱を断たれた上部が徐々に大通りの側へ傾き始めた。
「めちゃくちゃやりやがって……街がもたないぞ!」
傾斜する床を駆け上がる蜂尾のレーダーが、ガルズを感知した。蜂尾は頭上を仰いだ。嫌な予感がした。
ゆっくりと倒れるビルの上空で、ガルズは霆哮剣を振りかぶっていた。蜂尾の予感は的中していた。
「『
ビルの外壁が爆ぜ、蜂尾が空へ飛び上がる。蜂尾は体をコマのように回転させ、硬質ソードの推力に遠心力を加えた。
眼光が尾灯を引く。ビルを割らんとした巨大な雷撃を、蜂尾は硬質ソードの一閃で打ち払った。
「雷を切っただと!?」
ソニックブームを穿ち、蜂尾は一気に上昇して間合いを詰めた。ガルズの目に、迫り来る硬質ソードの刃先が映り込んだ。
ガルズは蜂尾よりも速い。しかし彼が雷速で移動する際、全身を稲妻で包むまでのタイムラグがあるのを、蜂尾は見抜いていた。ほんの一瞬に過ぎないが、そのタイムラグが唯一、蜂尾がガルズに追いつける隙だった。
必殺を確信した蜂尾の予想を超えたのは、雷速よりも速いガルズの判断力だった。彼の戦闘センスは、その人智を超えたスピードを掌握していたのである。
刃先が眼球に刺さったその時、ガルズは首を傾げて脳を躱した。硬質ソードはガルズの左目を抉りこめかみと耳を裂くも、致命傷を逃した。
(躱した!?)
ガルズは稲妻化を完了すると、雷速のパンチを蜂尾の腹に叩き込んだ。
蜂尾もろとも雷速で降下し、ビルに縦一本の穴を空けて地下駐車場に到達した。が、今度は地下で止まらなかった。床のコンクリートを粉砕し、その下を渡るインフラを破壊し、蜂尾を地中へ深々と沈ませる。
「ここなら逃げれまい!?」
ガルズの拳が稲妻を纏う。地中の密閉空間に捕らえた蜂尾に拳を密着させたまま、ガルズは雷撃を放った。
「『
ビルを中心として地中を伝播した電流が、広域に渡って地上の電子機器の一切を再起不能にした。その余波は大気をも経由し、街の惨状を中継していた報道ヘリコプターがコントロールを失った。
ローターの致命的な減速に見舞われたヘリが墜落する震動を、ガルズは深く掘り進んだ地中で感じていた。彼の神経は周囲の全ての音に敏感になっていたが、最も意識を集中していたのは足元に空いた空洞だった。雷撃は地下数キロに渡る黒焦げの奈落を作り上げていた。その奥深くに、蜂尾が沈んでいた。
奈落に向かって、ガルズは言った。
「まだだ」
猛者揃いの魔界でさえ、今の攻撃から生き延びることができる者は限られるだろう。同じ状況なら、レイドでさえも負傷は免れない。並みの者は確実に死ぬ。
蜂尾は並みではないどころか、そのレイドの絶対防御を破った唯一の存在だ。いくら警戒してもし足りないことを、部下を目の前で殺され、直に剣を交え、ガルズは痛感していた。
徹底的に潰す。こいつ相手には、やり過ぎなくらいが適当だ。
「消し去ってやる」
ガルズは雷速で空高く上昇し、足元に魔法陣の足場を作った。天に向けた霆哮剣に彫り込まれた呪文が一文字ずつ点灯し、魔力の波動を発した。
「
やにわに発生した黒雲が空に蓋をし、渦を巻いた。霆哮剣が渦の中心に向かって逆雷を衝く。ゴロゴロと雷鳴が轟き、激しく明滅する黒雲の渦から、夥しい稲妻が絡み合い形成した巨大な槍が顔を出した。槍の直径は百メートルにも及んだ。
「はあぁぁあああ」
遥か眼下の奈落へ目掛け、ガルズは霆哮剣を振り下ろした。
「『
黒雲から解き放たれた巨大な雷の槍が、大地に突き刺さった。ビルを丸ごと呑み込んだ槍は、触れた全てを焼き尽くしながら奈落の底を目指した。
「塵も残さん!」
ガルズの目に、雷光の只中でさえはっきりとわかる鋼色の光が映った。
「第五武器庫、開錠」
槍を構成する雷の束が、真っ二つに割れた。
「なッ――!?」
雷光を裂いた刃は空へ伸び続け、ガルズに迫った。雷速で躱したガルズのすぐ脇を通過した刃は、天空に広がる黒雲を両断した。
「……雲を……ッ」
ガルズは充血した目を大きく見開いた。黒雲をも切り裂いたその刃は途端に形を失い、液状に溶けて落下した。
「なんだこれは……水……液体?」
渇いた声を漏らし、ガルズは地上に目を落とした。広大なビルの焼け跡の上に、誰かが停空している。
左半身を失った蜂尾が、そこに居た。
ガルズは焼け野原に着地すると、愕然と彼女を仰いだ。
「……何故……その傷で生きている」
彼女は顔と頭も半分ほど失っていた。魔界にも、半身を失くしても死なない種族は居る。だが頭を欠損するとなると、話は別だ。特に脳は魔力の制御器官である。生首から復活できるあの魔王でさえ、脳を破壊されると流石に無事では済まないと自評する。
彼女の傷は、どう見ても脳も体も大きく欠損していた。
「……いったい、何なんだ」
やはり生き物ではないのか?
傷口から露出する金属片。血は一滴も流れない。純粋な生者よりも、魔界で言うならゴーレムなどの半生物に近い。彼らと同じ系統の存在だと言うなら、この重傷で倒れないのもまだ理解できる。
しかし、だとしたらこの瑞々しさは何だ。鎬を削るほどにガルズは彼女の殺意を感じ、彼女もまたガルズの殺意を感じ取っていると、確信が持てた。これは理屈ではない。肌と血と肉と、そして剣の共感だ。
ゴーレムとは違う。殺意を抱けるのは、命を持っている者だけだ。命がなければ、殺すという行為を理解することはできない。
この金属でできた化け物は、確かに命を理解したうえで、より効率的に、より機能的に殺す手法を追求していた。瑞々しく、生々しく、洗練された殺意なのだ。
「エイリアン……貴様は……」
ガルズは悟り始めていた。彼女は、自分たち魔族とも、人間とも、全く異なる次元の生き物なのではないか。
「貴様は、何者なのだ」
それを、
蜂尾の口から、ガスが抜けるような音が漏れ出る。ふらふらと宙を彷徨い、大地の大穴を挟んでガルズの向かいに着地すると、蜂尾はノイズ混じりの声を発した。
「第■武器庫開錠……スペア、展開」
欠損した体を再生する。が、この時だけは今までと違った。
蜂尾の何千倍もの質量の、巨大な金属――砲身や弾頭、刃物や鈍器から、戦車や航空機といった乗り物、用途不明の奇怪な形状をした何か、無数の手や足まで――が傷口から翼のように生え伸び、瞬時にして体内に格納された。
「……完了」
その一瞬の間に、蜂尾の体は元通りになっていた。剥がれていた顔の皮膚も綺麗に治っていた。
「近接翼、レッグクロウ、展開」
再び近接戦闘モードに変形する。蜂尾の声からはノイズが消え、むしろ元よりクリアですらあった。全快を遂げた蜂尾を前に、ガルズはただただ言葉を失っていた。
「第五武器庫開錠。液状ソードⅠ、液状ソードⅡ、展開」
蜂尾の両前腕が展開し、大きな
(あれは……さっきの)
その液体は先程、雷の槍と黒煙を切り裂いたものだった。刀の形状をしているが軟性を保っているらしく、風でさざ波が起こっていた。
(水の……剣、なのか?)
蜂尾がゆっくりと、ガルズの方を振り向いた。焼け野原をはじめとする街の惨状をぐるりと眺めたその赤い瞳が、ガルズを捉えてぴたりと止まった。
「……ぅ……ッ」
ゾッと、ガルズの全身に鳥肌が立った。
「なあ、
蜂尾は外見相応の少女のような、愛嬌のある笑みを浮かべた。
「ちょっと怒ったぞ」
言い終える頃には、ガルズの目の前に蜂尾が飛び込んで来ていた。
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