第22話 蜂尾VSガルズⅡ

 蜂尾の舌が小さな銃口に変形した。ガルズは蜂尾を放して光線を避けると、稲妻を纏ったチョップを叩き込んだ。蜂尾は階下の床を全て貫き、地下駐車場まで落下した。

「こん……のォ……」

 コンクリートの床にできたクレーターの中で、蜂尾は身を捩った。

「一撃が……いちいち、デケェんだよ……」

 両腕と左脚が無くて上手く起き上がれない。うつ伏せになって床を這う蜂尾を、瞬時に地下へ降りたガルズが踏みつけた。クレーターが一つ増え、駐車場が揺れた。

「ぎ……ッ」

「手足は品切れか? エイリアン」

 霆哮剣を突き立てて右脚を切断する。じたばたと動く蜂尾にさらに圧力をかけると、クレーターを中心とした蜘蛛の巣状の亀裂が床に広がった。

「う……ヴ……ッ」

 プレス機のような力でガルズの足と床に挟まれた蜂尾が、ビクビクと痙攣していた。圧倒的に有利な状況にありながら、ガルズは油断しなかった。霆哮剣を逆手に持ち、慎重に蜂尾の首に狙いを定める。

「体を武器に変えるとは……面妖な種族だ。よくも、我が同胞を虫けらのように殺してくれたな……?」

 蜂尾のうなじがパカッと開き、小さな矢が飛んだ。ガルズは人外の反射神経で矢をキャッチし、高温を感じて即座に遠くへ投げた。矢は間も無く爆発し、駐車場内の車の列を二列ほど吹き飛ばした。

「全く油断ならん!」

 長い接触は危険と判断し、ガルズは霆哮剣で蜂尾を殴り飛ばした。蜂尾はコンクリートの支柱を粉砕して車列の上に転がり、ボンネットの上にぐったりと倒れた。蜂尾がいつどんな挙動をしても反応できるよう注視しながら、ガルズは霆哮剣にいかずちを溜めた。ここにある車と呼ばれる機械は下手をすると爆発する危険があったが、ガルズにとっては些細な問題だった。

「『雷霆の太陽ケラウノス・ボール』!」

 霆哮剣を突き、高密度に圧縮した稲妻の球体を発射した。ガルズの腕の捻りで回転が加わった球体は、ライフル弾のように回転しながら蜂尾を直撃した。命中するまで、蜂尾は全く動かなかった。

 球体が炸裂し、蜂尾は通路を挟んだ隣の列へ吹き飛んだ。飛散した電流が車体を貫いてガソリンタンクに達し、一面の車が次々と爆発を起こした。

「……ふん」

 爆風と車体の破片を浴びても、ガルズは無傷だった。火災報知器がけたたましく鳴り、スプリンクラーが作動した。

(死んだか? いや……奴が今ので死ぬとは思えぬ)

 蜂尾が抱いた“同族”への直感は、ガルズもまた感じ取っていた。手加減したつもりは無いが、あれで倒れてくれるほど易しい相手ではない。

(塵にするまでは安心できん)

 人工雨が降り注ぐどす黒い煙の中を、ガルズは稲妻を身に纏って歩いた。煙の向こうから何が飛んで来ようとも、ガルズは雷速で回避できる。

(さぁ……どう来る、エイリアン?)



 炎上する車に囲まれ、蜂尾は倒れていた。彼女は爆風も熱も問題としなかったが、ガルズから受けたダメージは確かだった。

「……」

 もっとも、彼女にとってダメージとはあくまでごく表面的なものであり、代えの利くパーツの一つが壊れた程度の認識だった。彼女の思考を鈍らせていたのは物理的なダメージではなく、ガルズという敵の戦略的な難解さだった。

(地上は……今頃、パニックだろうな……)

 ガルズの最も厄介な能力とは、そのスピードに他ならない。

 五メートルの巨躯と一トン超えの質量に似合わない、物理法則を無視した機動性。おそらく、というより間違いなく、魔法の力だろう。

 まず、射撃が全くと言っていいほど通じない。まともに当てることができず、運良く当たったとしても人外の反射神経で無力化されてしまう。飛んで距離を置くことは可能だったが、距離が空くほどに命中精度は下がる。ガルズもレーダーに似た感知能力を有しているため、隠れても意味は無い。瞬時に間合いを詰められ、ガルズの得意な近接戦に持ち込まれる。

 逃げる気は毛頭無いが、仮に逃げるとしても、街に気を遣って飛んでいるうちは撒けないだろう。このひたすらに速いというポイントが、ガルズの手強さを象徴している。

(M31CE砲は……どうせ通じないな……)

 さらに厄介なのは、ガルズがスピードだけの戦士ではないことだった。

 ハイスピードを御す判断力と胆力。規格外の筋力と柔軟性を併せ持つフィジカル。中長距離にも対応した雷を放つ魔法。歴戦を思わせる戦闘テクニック。はっきり言って、隙が無い。

 昨日の黒緑神社の戦闘が、社殿が壊れる程度の損害で済んだのが奇跡に思える。ガルズもまた目立つのを避けて力を抑えていたのだろう。むしろ白髪の少女が現れなければ、稲妻を纏い本気を出していたに違いない。奇しくも、黒緑山と周辺の住人は白髪の少女に救われていたのだ。

(代わりにうちの学校と市街地が被害を被っているわけだが……本っ当に……とんだ大失態だ。監督官にどう説明したものかな……)

 戦法を変える必要がある。

 蜂尾はノイズ混じりの声で呟いた。

「悪いな、監督官」

 破損部をパージし、新たな四肢を構築する。

「腕部スペアⅢ、腕部スペアⅣ、展開。脚部スペアⅠ、脚部スペアⅡ、展開」

 立ち上がると体じゅうから細かな破片がパラパラと落ちた。側頭を片方ずつ叩いて耳からカスを出す。折れた歯を吐き捨てると、すぐに生え変わった。

「ア……あ、あー、あー」

 喉を直接掴んでチューニングする。声からノイズが消え、クリアになった。まだ破片の残留感のある首をゴキゴキと鳴らし、傷だらけのブレザーを脱ぎ捨てた。

陽莉ひまりにも見られたし……女子高生も今日までか」

 諦めのように吐いた声には、どこか安堵に似た虚しさがあった。

 長い瞬きの後、蜂尾は言った。

「第四武器庫開錠。硬質ソードⅠ、硬質ソードⅡ展開」

 両前腕がバラバラに展開し、元の腕のスケールを無視した刃渡り二メートルもの黒い両刃に変貌を遂げた。

「高速翼、レッグクロウ、展開」

 肩甲骨から腰にかけ、五十センチにも満たない短い羽が五対展開する。肩と腕と脚にも同様の羽が生え、足の指と踵がスパイクに変形して床に突き刺さった。

 目尻から生じた亀裂が側頭まで伸び、三対の羽が角のように飛び出した。頭部を起点に背骨に渡ったM31CEの光が全身へ駆け巡り、再び頭部に帰って来ると蜂尾の双眸が真っ赤に点灯した。

「『近接戦闘モード』」

 可視光視界と対光学迷彩視界を除外し、射撃モードから情報を一新する。赤外線視界に近接戦闘用の高速レーダーが把握する半径百メートルの小規模の地図と、戦闘シミュレータが描いたガルズの立体図が映った。さらに全身七十四カ所に搭載したカメラが上下左右全方位を捉え、一切の死角を排除した。

「……」

 駐車場には煙が充満していた。爆発で天井の一部が壊れたため、スプリンクラーの機能が充分に発揮されていない。数十台の車が今も炎上している。

 濃く立ち込める黒煙の向こうから、ガルズが纏う稲妻のバチバチという音が近づいて来る。巨大な足が煙の中から伸び、歩くたびにアスファルトを陥没させた。

 身を屈めてなお天井に頭を擦りながら、ガルズが姿を現す。再起した蜂尾の姿を認めると、ガルズの警戒はいっそう強まった。

「よくもまぁ、何度も手足を生やすものだ」

 ガルズは蜂尾の両腕の刃に着目した。

(剣……かなりの業物)

 蜂尾はガルズが正面に立つまで、待った。歩きながらガルズは言った。

「この俺と剣を交えるつもりか? エイリアン」

 互いに言葉がわからないとわかりつつ、蜂尾も口を開いた。

「随分と好き勝手暴れてくれたな、異世界人オーク

「力の差を味わってなお、その細腕で俺に挑むか」

「お前たちを認めよう。むざむざと接近を許し、あまつさえ類を見ない規模の被害を招いた。惑星保護官としては紛れもない敗北だ」

「幾たびだろうと切り伏せる。二度と立てなくなるまで、いかずちを浴びせるまで」

「私も、お前も、互いに不可視の領域を脱した。非常に遺憾だが、私も職務放棄するわけにはいかない。惑星保護法に基づき、侵略者インベーダーとの戦争状態へ移行する」

「『雷戮さつりくのガルズ』の名にかけ……貴様はここで討ち取る」

「……あとこれはお前にとってはどうでもいいことだろうが……私のプライドの都合でもある」

 水溜まりを踏み散らし、蜂尾の正面でガルズが立ち止まる。間合いは僅か、十メートル。

 蜂尾の全身の羽に搭載された小さなジェットエンジンが唸り出す。霆哮剣ケラウノス・スクリウムの呪文から発生した稲妻が剣身を包み、それを反射したガルズの目が紫色に光った。

くぞ――」

「私の管轄内で――」

 蜂尾のジェットエンジンが火を噴き、ガルズが雷光と化す。

「いざ、尋常にッ!」

「図に乗るなよ、異世界人インベーダー

 一瞬にも満たない、時の後。閃光が衝突した。

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