第21話 蜂尾VSガルズⅠ

 埼玉県 妃琵市へびし


「えええええぇぇ!?」

 レイドが思わず声を上げたのは、新聞を買おうと立ち寄ったコンビニの雑誌コーナーだった。

「この漫画まだ連載してたの!? 二十年前もやってたのに!? えぇ!? すげぇ、コミックス百巻出てる! めっちゃ続いてるじゃん!」

 ルラウが隣から、レイドがかじりつく漫画雑誌を覗き込む。

「マンガ? って何です?」

「こう、なんて言うかなぁ……あっちの世界だと絵本が一番近いかなぁ。そういえば、あっちには漫画とか雑誌とか無いね。せいぜい新聞くらいか」

「へぇー。それも買って行きますか?」

「う~ん。いや、いいよ。どうせ全部滅ぼしちゃうし。読んだら余計に続き気になっちゃうし」

「そうですか」

 名残惜しそうに雑誌を棚に戻し、会計を済ませてコンビニを出た。

 新聞を流し読みして歩きつつ、レイドたちは市内にある自衛隊基地を目指していた。この妃琵市には日本国内最大規模の航空自衛隊基地がある。人間の兵器がどんなものか、基地に潜入して直接この目で確かめるのが目的だ。

 日本は核兵器こそ配備していないものの、人間界の軍事力を計るうえで一定の指標になり得た。自衛隊の力を把握した後は、特に核兵器を所持している国から優先的に潜入する予定だった。

 全世界の核兵器を無力化することが、開戦の必須条件だった。核さえ無ければこの世界の人類に脅威は無い。しかし、この三日間で調べたところ、世界には核兵器が一万個以上あるらしい。とても単独で処理し切れる数ではない。

 頭数が要る。後から来る先遣隊のメンバーを、立派な工作員に教育しなければならない。それは当然、人間界を最も知るレイドの役目だった。

「はぁ……」

 新聞に顔を埋め、レイドは深いため息を吐いた。

「エイリアンが居なければ……全部上手くいってたんだけどなぁ」

 それらの計画は全て、敵が人類のみであることが前提だった。地球に古くから、おそらく前世のレイドが生まれるよりももっと前からエイリアンが潜伏していたなんて、イレギュラーもイレギュラーだ。

「胃が痛いよぉ……聖騎士団を潰せってお父様に無茶振り言われた時より胃が痛いよぉ」

 ルラウは前を見ずに歩くレイドの腕を掴み、通行人や街灯に衝突しないようにコントロールした。

「そう悲観しなくてもいいんじゃないですか? まだエイリアンがどれくらいの勢力かもわかっていないでしょう?」

「でも~……だって宇宙人だし。連合とか言ってるし。すっごいめっちゃ居るかもしれない。実はそこらじゅうの人が皆、人間に化けたエイリアンかもしれない……」

「人に化けてるのは私たちもですけどねぇ」

「嫌だなぁ、怖いなぁ。もし捕まったら解剖とか実験とかされちゃうんだろうなぁ……エイリアンの苗床にされたり……」

「なんでそんなにネガティブ方面の想像力が豊かなんですか?」

「ガルズたち上手くやってるかなぁ、心配だなぁ」

 ルラウは肩をすくめてクルスと顔を見合わせる。クルスは苦笑いしてレイドの肩を優しく叩いた。

「平気っすよぉ。あのガルズさんすよ? 他の戦士も皆優秀な者ばかりっすし」

「それはわかってるけど……」

 ルラウは呆れた調子で言った。

「元四天王、『雷戮さつりくのガルズ』の名は伊達ではありません。老いてなおその実力は魔王軍屈指です。最悪、捕獲はできずとも正面から戦って負けることはまず無いでしょう」

「まぁ……そうだろうけど」

 クルスも頷いた。

「そっすよ、もしガルズさんでも敵わないなんてことになったら……エイリアンに勝てる戦士が、魔王軍にいったい何人居ることか。それこそ現役の四天王が出張るような事態っすよ」

「うん……だよねぇ」

 ルラウはサングラスのブリッジを指先で押し上げ、少し声のトーンを落とした。

「あなたの心配もわかりますけどね。『盾』を破られたことを気にしているんでしょう?」

「う」

 レイドはギクリとした。ルラウはお見通しとばかりに鼻を鳴らした。

「私は目にしていないので俄かに信じ難いですが……レイド様の『盾』が通じないとしたら、確かに脅威です。エイリアンの攻撃を防ぐことのできる戦士が、事実上存在しないことになりますからね」

「……うん」

「でもそんなの、『雷戮のガルズ』には関係ありません」

 ルラウはレイドを安心させるために微笑して見せた。実際、彼女が口にした信頼は本物でもあった。

「どんなに攻撃が強かろうと、そもそも、あの方に攻撃を当てることなんてできるわけないでしょう?」

「……」

 レイドは昨夜、ガルズと交わした会話を思い出した。彼に触れた自分の手に目を落とし、それからルラウとクルスを見た。二人はレイドに頷きかけた。

「うん……だよね。ガルズだもんね」

 微かに不安が和らぎ、レイドは少し笑えた。

 数千年の長きに渡り魔王軍を支え続けた忠臣。魔王が絶対の信頼を置くこと、それ以上にガルズの強さを証明するものは無い。

 全盛期の力にこそ及ばないものの、戦闘技術と魔法練度はむしろ老いるほどに磨きがかかっている。単純な熟度や戦士としての完成度ならば、現役四天王をも超える。

 それが『雷戮のガルズ』という男。

 オーク族史上、最強の戦士なのだ。



 東京都 戸科下市


 戸科下市立高等学校から東へ二キロメートルの市街地。蜂尾が倒れていたのは、商業ビルの一階にある衣料品店だった。

 アサルト星人は容易に気絶などしない。ガルズに殴り飛ばされ、街に落下し、その間に幾度と無く襲いかかった凄まじい衝撃の全てを蜂尾は余すこと無く知覚していた。

 殴打で一キロ以上飛ばされたのち、まず学校から直線状にある高層マンションに激突した。優に壁を破ってマンションを貫通し、さらにその数百メートル先にあるビルに突っ込む。さらにそのビルを突き抜けて大通りを飛び越え、対面にあるこの商業ビルに落ちた。

 蜂尾は二階の壁から侵入し、天井を突き破ってダイナミックに入店した後、陳列棚やマネキンを薙ぎ倒しながら支柱を二本ほど破壊し、三本目の支柱がある店の奥の壁に叩きつけられ、ようやく止まったのだった。

「……」

 自己診断機能を起動し、視界の全身図に負傷箇所を表示した。負傷は数え切れなかったが、特に被害が甚大だったのは左腕だった。ガルズのフルスイングをもろに受け、上腕が半分しか残っていない。

 地球の建築物程度の硬さならばぶつかっても大した傷にはならないはずだが、激突したスピードが速過ぎた。体じゅうの細かな傷の原因はそれだ。翼は原型を留めてはいるが、ジェットエンジンが何個か壊れている。片足も捻じれていた。店内には蜂尾の体の破片が散乱していた。少し動くと、顔の一部が剥がれ落ちた。

「あの……野郎……」

 可視光視界から自分の体が消えない。光学迷彩が明滅していたが、今までと違い姿が見えている時間の方が長かった。

(光学迷彩が壊れたか……)

 諦めて、蜂尾は光学迷彩をオフにした。

 もはや隠蔽できる事態を超えてしまった。校舎とマンション、ビルの破壊。地球人にいったいどうやって自然な言い訳をつけるというのだ。クリーン星人の掃除やら、土方の情報操作やら、目撃者の記憶操作やら、被害が拡大するほどに仕事が増えて行く。既に、状況は最悪と言っていい。

(土方に連絡は……後でいいか。この騒ぎなら勝手に気づいて対処してくれるだろう)

 まずは、何よりも優先してあの馬鹿を、ガルズを制圧しなければならない。隠れることを完全に放棄した今、あいつが何をしでかすかわかったものじゃない。

「肩部パージ。第一武器庫開錠……腕部スペアⅠ、腕部スペアⅡ、展開」

 両肩を切り離すと、体内から新たな肩が生えた。肩から無数のパーツが吐出され、上腕、肘、前腕、手、指と順に組み立てられてゆく。新しい腕はものの数秒で完成した。

 体はだいたい治ったが、制服の大きく欠損した箇所は修復できなかった。金属細胞を混ぜた繊維はあくまで傷を繕うことしかできず、失った分の布を新たに紡ぎ出すことはできない。特に袖やジャケットは、ガルズに切りつけられた所為で破けてしまっていた。

「私の一張羅を……やってくれたな」

 捻じれた足を元の角度に捻じり直し、蜂尾は立ち上がった。店内に居た人間は早くも避難しており、人目は無い。好都合だ。

「第二武器庫開錠、M31CE砲展開。『射撃モード』」

 両腕を砲身に変形し、翼の壊れたジェットエンジンを換装する。

 蜂尾は射撃モードのレーダーを起動した。精度に重きを置いた索敵レーダーと異なり、射撃モードのレーダーは反応速度に特化している。さらに照準機能の感度を最大に上げる。レーダーが探知するか、敵が視界に映った途端にロックオンすることが可能だ。

「……」

 蜂尾は店内に棒立ちし、待った。奴は蜂尾を追って来る。あのとてつもない速さでこの街に突撃して来ると、嫌な確信があった。蜂尾はガルズの巨体が現れるまで、じっと待ち構えた。

「……」

 パリッ、と店の出入り口のドアに静電気程度の微弱な電気が走ったのを、蜂尾のレーダーは感知した。まだガルズの姿は無かったが、蜂尾はほとんど確信を持ってドアに向かって光線を撃った。

 直後、ドアを吹き飛ばして駆け込んで来たガルズが霆哮剣で光線を打ち払い、蜂尾に突進した。

「!」

 いきなり現れたガルズを、視界のレティクルがロックオンする。蜂尾は急速発進してガルズの頭上を飛び越えながら、逆さの体勢で背中を撃った。

「むん!」

 ガルズは急ブレーキして片足を軸に振り返り、稲妻を纏って駆け出した。蜂尾が連射する光線と光線の隙間を稲妻が尾を引いて通り抜け、床を蹴って跳び上がる。稲妻が弾け、蜂尾の目の前にガルズが姿を現す。

「ッ!?」

「遅い!」

 ガルズに蹴り上げられた蜂尾は店から飛び出し、大通りを隔てた対面のビルへ突っ込んだ。オフィスの中を転がりながらジェットエンジンを吹かして体勢を立て直し、ガルズにM31CE砲を向ける。

「『M31CEスピア弾』、発射!」

 射線にある建物を度外視し、蜂尾は鋭い光線を撃った。オフィスの床を貫いて階下の壁から外へ抜け、レーダーで感知したガルズ目掛けて直進した光線は、しかし彼を捉え切ることなく衣料品店の床に沈んだ。稲妻と化したガルズが向かった先は、このオフィスビルの外壁――いや屋内、いや、既に蜂尾のすぐ背後まで――。

「『M31CEブランチ弾』、発射!」

 蜂尾は背後を振り向き、両腕のM31CE砲から細かな光線の弾幕を張った。狙い撃てないならば、弾数で勝負する。

 ガルズは散弾のように広がる光線の僅かな隙間を掻いくぐり、避け切れない弾は叩き落として進んだ。

(一発も当たらない……!?)

 あろうことか、ガルズは弾幕を正面突破して蜂尾の前に辿り着き、霆哮剣を横薙ぎして両腕のM31CE砲を切断した。

「……ッ」

 蜂尾は即座に左足をM31CE砲に変形し、ガルズの顔を撃った。が、ガルズは一瞬だけ稲妻を纏って十センチだけ横にずれ、光線を躱した。

「はぁッ!?」

 ガルズの動きには加速が無かった。最初から最高速、そのうえ急停止と急旋回を当然のように操る。

 ガルズは蜂尾の足を素手で掴み、刃物のような鋭い目で見た。蜂尾の顔に視線を移すと、彼は低い声で言った。

「足もまた生えてくるのか?」

 左の腿を根元から切り落としてゴミのように放り捨て、ガルズは蜂尾を踏みつけた。数トンもの重量が圧し掛かり、蜂尾が音を上げる前に床が崩落した。瓦礫ともども一つ下の階に落ちた蜂尾に一瞬で追いつき、ガルズは彼女に掴みかかった。その巨大な手に、彼女の体はすっぽりと収まった。

(こいつ……力……どうなって……!)

 ガルズは重機のような握力で、蜂尾を絞め上げた。圧力に耐えかねて翼が折れ曲がり、蜂尾の装甲がミシミシと悲鳴を上げ始めた。

 学校のトイレでチョークスリーパーを仕掛けて来た個体は、蜂尾の硬さに驚いている素振りだった。だがこいつの力はどうだ。容易く翼を折り、素手で蜂尾を握り潰そうとしているではないか。

(やはり、こいつは……異世界人の中でも別格なのか……!)

 蜂尾の勘は当たっていた。初めて見た時から、この巨漢と白髪の少女だけは他の異世界人とは一線を画す猛者だと直感していた。論理的な分析による判断ではない。おそらく、この巨漢と同じ生き方をしてきたから。同じ道を歩んできたから、わかった。

 戦士兵士として――命のやり取りのさなかに身を置いて来た者が身に付ける、ある種の第六感。経験と生存本能に基づく危険信号が、“同族”を察知していたのだ。

「お……前、は……」

 メキメキと金属が軋む音を立て、ガルズの指が微かに開いた。

(この女……!)

 蜂尾もまた、その華奢な体格を無視した膂力でガルズに抗っていた。皮膚の剥がれた左半面に赤い光が迸り、彼女はノイズ混じりの声を発した。

「お前は、地球に居てはならない存在だ」

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