第20話 校内戦Ⅳ
グラウンドに叩きつけられたミルィスとグァドルフが原型を留めない肉塊に果てるのを、蜂尾は西階段の踊り場から見届けた。
残るは一体。
校内に侵入した最後の敵をレーダーで探知する。三階の廊下、ここのすぐ上だ。
「ん?」
蜂尾は顔をしかめた。探知した敵が、みるみる大きくなっていく。頭が天井を突き破り、横幅が倍に膨れる。五メートルもの巨体。その輪郭には覚えがあった。
「こいつ……?」
黒緑神社で相対した。
「この体格……あいつだったのか!」
魔法で縮まっていたのか? 他の個体ならまだしも、あの巨漢――オークと思しきあの個体と校内で戦うのはまずい。今しがた殺した連中とは格が違う。生徒と職員の記憶を消して校舎を補修するとか、その程度では済まなくなる。あいつが相手では、校舎が丸ごと消し飛んでもおかしくない。
「外へ
レーダーからオークが消えた。蜂尾は目を見張る。
「何?」
どこへ。
次の瞬間、稲妻が天井を突き破った。
凄まじいスピードで飛び込んで来たオークが、
雷鳴が轟き、剣から生じた稲妻の余波が校舎を屋上まで穿った。
踊り場の床が崩落し、蜂尾は一階に叩き落とされていた。陥没した床から体を引っこ抜き、負傷状態を視界に映した。剣をまともに受けた腕はどちらももげていた。光学迷彩はチカチカと明滅し、復旧を急いでいる。
(何故、私の居場所がわかった……)
ぽっかりと空いた天井の穴を見上げる。三階の踊り場に居るオークが、こちらを見下ろしていた。身を隠す気は既に無いらしく、透明マントは着けていない。彼の体には電流が迸っていた。
(電流……電波……あいつもレーダーの要領で私の位置を……?)
稲妻が全身を包み、オークが消えた。レーダーですら捉えられないほどの高速移動だ。
ランナースフィアを急速回転させて蜂尾が廊下へ走った直後、蜂尾が居た場所にオークが着地した。再び稲妻となったオークは廊下を駆ける蜂尾に追いつくと、強烈なアッパーを浴びせた。
「……ッッ」
一階から三階までぶち抜き、蜂尾はどこかの教室に突っ込んだ。大きなテーブルが吹き飛び、蜂尾は教卓を突き抜けて黒板に叩きつけられていた。
(あのデブ……校舎を次々と……!)
衝撃で壁から外れたスピーカーが頭にぶつかる。蜂尾はよろけながら立ち上がり、教室の惨状を見渡した。床に空いた穴と、横倒しになった黒いテーブル。ここは理科室か。穴の周りには巻き込まれた生徒が倒れている。衝撃で体を引き裂かれた者もおり、室内は酷いパニックになっていた。
(面倒なことになったな。こいつらは芦山に任せて、あいつを外へ出さないと……)
悲鳴が飛び交うなか、窓から脱出しようとした蜂尾の耳に、馴染みのある声が聞こえた。
「景……?」
足を止め、蜂尾は振り向いた。一人の女子生徒が、窓際に体を縮めて座り込んでいた。怯えの中に困惑の色が混ざった複雑な顔で、その生徒は蜂尾を見ていた。
「景、だよね……? 何、してるの……どう、したの、それ……怪我……?」
井原陽莉の目に映ったのは、ボロボロの制服を着て、もげた腕から金属片を露出させ、足がボールに変形したクラスメイトの異様な姿だった。
信じられないものを見たように、井原は大きく目を剥いた。実際、ごく普通の地球人である彼女にとって、信じ難い景色であることは間違いなかった。
(見られた……光学迷彩が切れてる……?)
蜂尾の瞳のM31CEの赤い光が、小さく萎んだ。
「陽莉――」
視界の隅に稲妻が瞬く。瞳に閃光を取り戻し、蜂尾は稲妻に向かって蹴りを入れた。オークは回転するランナースフィアと鍔競り合ったが、力づくで蹴りを押し返すと、柄頭で蜂尾を殴りつけた。蜂尾の顔の左面が剥がれ、金属の素顔が露出した。
「景っ!」
井原の声が頭の中に響く。オークは剣に稲妻を溜めていた。剣から漏れた稲妻が、井原の足元の床を焦がした。
「……ッ!」
蜂尾の背中から翼が飛び出す。
「主翼展開」
もげた腕と両足でオークにしがみつき、翼のジェットエンジンを唸らせる。屋上まで一気に天井を突き抜け、空高く飛び上がった。
(こいつ……重っ……!)
ガルズの体重は一トンを優に超えていた。体格としては納得だが、そもそもこんな重量でどうやって動いているというのだ。骨格も筋肉も、こちらの世界の自然のルールとかけ離れ過ぎている。
オークは蜂尾にしがみつかれたまま腰を捻じり、剣を両手で振りかぶった。剣身が雷光を発する。
(まずい……!)
離れようとしたが、オークは既に剣をフルスイングしていた。
「『
雷を纏った剣が、蜂尾を殴打した。音速の壁を破った蜂尾はソニックブームを発生させ、遥か彼方へ飛んで行った。
ガルズは屋上を踏み台に宙返りし、グラウンドの地面を深く陥没させて着地した。地中に刺さった足を片方ずつ引き抜きながら、彼はグラウンドに散乱した肉片に目をやった。
「……すまなかった、お前たち。奴の手強さを知っていながら……俺の判断ミスだ」
顔に青筋を浮かせ、ガルズは荒々しい息を吐いた。
「初めから……隠密任務が通じるほど、易い相手ではなかった……」
苛立たし気に、ガルズは地面に向かって剣を振った。風圧でグラウンドが真っ二つに割れる。その亀裂は底が見えないほど深かった。
ガルズの剣は常人にとっては大剣と呼べる破格のサイズだ。長年握り続けた柄は彼の手の形に凹凸し、彼自身の血が染み込んだ革は赤黒く変色している。剣身にある稲妻の紋様は、
かつて魔王が振るい、ガルズに授けた魔剣『
「戦士の誇りにかけ……仇は討つ」
ガルズは蜂尾が飛んで行った方角を睨んだ。五体に電流が迸り、彼は稲妻と化して消えた。
怨敵を目指し、彼は文字通りの雷速で驀進した。
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