第19話 校内戦Ⅲ
ケルベロス族のルァカスは、蜂尾の臭いがすぐそこに迫っているのを察知した。
(見えない……だが確かに居る!)
ノイードたちの奮闘する様子は共鳴コウモリ越しに聞いていた。彼らの言う通り、蜂尾は何らかの手段で透明化しているらしい。
(なんて速さだ、もう来る!)
ルァカスは両サイドの頭を前に突き出した。右の顔は口から火を噴き、左の顔は強烈な息吹で火を拡散させた。
「魔王軍式魔法『
渦を巻いて進む火炎放射の直径は広く、廊下に逃げ場は無かった。自らも高速で走行していた蜂尾は、正面から火炎放射に呑まれた。さらにその後ろに居た教員も、あっという間に黒焦げになった。
(捉えた!)
炎の渦の中から光線が放たれ、ルァカスの右の頭を撃ち抜いた。右の頭がぐったりとこうべを垂れ、火炎放射が止まる。
「な!?」
廊下に充満する煙を、蜂尾が光学迷彩を明滅させながら突っ切った。燃えるどころか、制服も含めて蜂尾は焦げてすらいなかった。
「少し焦ったぞ。あと千度高かったら危なかった。服がな」
蜂尾は左腕をM31CE砲に変形していた。もう威力を加減している場合ではない。早く仕留めねば、学校が焼き払われてしまう。
光学迷彩が復旧し蜂尾が透明になったが、ルァカスは臭気でその位置を正確に追っていた。両者は互いに対面の壁に寄り、すれ違いざまにルァカスは左の頭から空気砲を、蜂尾はM31CE砲から光線を放った。
「『
ルァカスの空気砲は蜂尾を外し、壁に大穴を空けた。蜂尾の光線はルァカスの脇腹を撃ち抜いた。
(くっ! 弾速が速い!)
ルァカスは教室の西側へ、蜂尾は東側へ回った。蜂尾がルァカスの二つの頭にロックオンしたその時、教室のドアが開いて女子生徒が顔を出した。運悪く、ルァカスの側のドアだった。
「うわっ! 燃えてる!」
すぐに頭を引っ込めようとした女子生徒を、ルァカスは迷い無く捕まえた。女子生徒にとっては見えない何かにいきなり掴まれたことになるので、瞬く間にパニックに陥った。
「うわぁああああっ! なになになに何!? 何ッ!?」
ルァカスは女子生徒を盾にしつつ、二つの頭の口を膨らませた。炎が効かないのなら、強力な空気砲で吹き飛ばしてやる。最大威力で校舎ごと吹き飛ばしてやろう。
いざとなったら人間を盾に使うことは、対エイリアンの有効策としてレイドが提案していた。保護官という名称から、地球の原住民を殺傷する可能性は低いと見ていい。
エイリアンが人間に味方している線が濃厚になるほどに、その効果は期待できる。奴は人間に擬態し、人間とともに生活を送っている。レイドの予想は的中だ。
(フッ、流石は魔王軍の王女。素晴らしき卑劣な策だ!)
蜂尾の撃った光線が、女子生徒もろともルァカスの頭を二つ同時に吹き飛ばした。
ルァカスと女子生徒は重なるようにして倒れた。ルァカスの中央と左の頭は上顎から上が粉々になり、女子生徒は首から上と左肩を失っていた。
「……」
死体を素通りし、蜂尾は教室の中を覗いた。教室内に居た生徒は、芦山を除き総じて眠りに落ちていた。芦山が蜂尾の所に駆けて来る。
「対応が遅い、一人死んだぞ」
「申し訳ありません」
芦山は平謝りした。本当ならこの場で銃殺刑にして然るべきところだが、惑星保護官としての義務感が引金を堪えさせた。
「まだ三体居る。生徒と職員、全部寝かしつけろ。あと南田と貝津を呼べ」
「了解しました」
「うっかり殺されたくなかったら私の射線に入るなよ」
芦山が廊下を走り、教室を順に回っていく。
レーダーで残る三体の位置を捕捉すると、蜂尾は天井を仰いだ。全四階分の地図を視界に映し、廊下を数歩歩いて位置を調節する。
「ここまで来たらもう、穴の一つや二つ増えても構わないか」
蜂尾は天井にM31CE砲を向けた。
ミノタウロス族のグァドルフは、東階段の踊り場に居た。眼球がほぼ真横に付いた彼の視野は広く、窓から見えたそれを見逃さなかった。
二階まで一気に階段を飛び降りようとしていた彼は足を止め、窓の外に目を凝らした。ミルィスが血を流しながら、空から落下していた。
「ミルィス!」
グァドルフは肉体強化の魔法を眼球に使い、視力を増強してミルィスを見た。彼女は苦悶の表情を浮かべていたが、まだ生きている。どうやら負傷して自力で飛べないようだった。
「ああ、クソッタレ」
このままではミルィスは地面に叩きつけられて死ぬ。いくら魔物でもあの高さからでは助からない。
二階を見下ろし、再びミルィスを仰ぐ。逡巡の末に、グァドルフは窓を蹴破った。
「今行くぞゴラァ!」
グァドルフは空に向かって得物の槍を投げた。槍は空中で静止し、校舎の上空に巨大な魔法陣を展開させた。グァドルフが人外の跳躍力で魔法陣の上に飛び乗ると、途端に上空へ弾き飛ばされた。
魔王軍式魔法『
魔法陣の上面はミルィスの高度まで跳ぶジャンプ台になると同時に、下面はその間、エイリアンからの狙撃を跳ね返す盾にもなる。
頭から落下するミルィスの華奢な体を、グァドルフは空中で抱き留めた。眼下をちらっと確認すると、停空中の槍に上手く着地できそうだった。
グァドルフは腕の中のミルィスに怒鳴った。
「落下死なんてつまんねぇ死に方すんな、戦士なら戦って死ね!」
「……は……」
自由落下しながら、グァドルフはミルィスの容体に目を通した。両肩と腹を撃ち抜かれていた。両肩をやられてしまっては、ハーピー族と言えど飛ぶことはできない。戦線離脱は免れないが、ヴェスの治癒魔法ならすぐに完治するだろう。腹の傷も出血は少なく、致命傷は避けているようだった。
「グァ……グァド、ルフ」
いつもの快活さはどこへやら、ミルィスの声は掠れて途切れ途切れだった。グァドルフは鼻を鳴らした。
「喋んなよ、たまには静かなお前も新鮮だぜ」
「だ……め……」
顔に大粒の汗を浮かべ、ミルィスは震える唇を必死に動かした。
「は……離れて……」
「あ?」
彼女のことをもう一度見て、グァドルフはようやく違和感に気が付いた。
ミルィスは両肩を撃ち抜かれていた。驚くほど正確に、飛行能力を奪うことを目的としたかのように。だとしたらおかしい。これほど精密な射撃ができるのなら、肩など狙わず直接急所を撃ち抜くこともできたはずだ。
力を振り絞るように、ミルィスは言った。
「罠……私の、お腹の中に……罠! に、逃げて……ッ!」
ヒュッと口から息が漏れ、ミルィスの顔が青ざめた。腹部が急激に膨らんで破裂し、ミルィスは二つに分かれた。
ミルィスの体内から炸裂した夥しい釘が、グァドルフをズタズタに切り裂いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます