第18話 校内戦Ⅱ

 三階東側の女子トイレ。獅子の獣人族ノイードは、天井に向けて弓矢を構えたまま感覚を研ぎ澄ませた。彼の魔法で降らせた矢の雨は止み、四階のトイレは静まり返っていた。

「仕留めたか?」

「様子を見に行くわ。異変を感じたら構わず射って」

「おう」

 ヴァンパイア族のザイズが窓を開ける。

 女子トイレのドアが勢いよく開かれる。人間が来てしまったかと思ったが、そこには誰も居なかった。虚無の空間を横目に見つめ、ノイードは疑問符を浮かべた。

「? 何だ?」

 突如、虚空に赤い閃光が煌めき、一瞬だけ蜂尾の姿が見えた。蜂尾が人差し指の銃口から撃った光線が、反射的に身を躱したノイードの鬣に穴を穿った。

「くっ!」

 ノイードは矢を射返した。窓から半身を出していたザイズが屋内に戻った。

「ノイード? どうかした?」

「奴だ!」

 光線を撃った直後に蜂尾は姿を消していた。ノイードの矢は何にも当たらず、廊下の壁に刺さった。ノイードは素早く魔力で矢を生成し、弓に番えた。

(奴も透明マントを!? いや、なら俺にも奴の姿が見えるはずだ……どうして見えない! 奴には俺が見えていたぞ!?)

 洗面台の上に蜂尾が現れ、光線を撃ってまた消えた。片膝を撃ち抜かれ、倒れ込みながらノイードは矢を射った。矢は鏡に当たり、蜂尾を逃す。

 ザイズは窓を背にしてナイフを構えた。

「奴はどこ!?」

「奴も透明になってる! 気をつけろ、撃つ時だけ姿を現すぞ!」

 室内に強風が起こり、何かが天井を伝うような音と衝撃が走った。直感的にノイードが天井を射ると空中で矢が止まり、明滅する蜂尾の姿が見えた。蜂尾は天井を駆けてノイードの頭上を通過した。

 蜂尾は再び透明になったが、彼女に刺さった矢は見えていた。蜂尾は天井から壁を伝って床に駆け降り、ノイードとザイズの間に降り立った。ザイズは矢から蜂尾の位置に目星を付け、ナイフで切りかかった。ノイードもザイズに当たる危険を承知で矢を射った。

 ザイズは空振りしたが、ノイードの矢は蜂尾の腹に命中した。蜂尾が明滅しながら姿を現す。ノイードは、蜂尾の両手の指が全て銃口に変形しているのを目撃した。

「ザイズ、撃たれるぞ!」

「え!?」

 蜂尾は両腕をクロスし、片手ずつノイードとザイズを撃った。

「ぐぁっ!」

「うっ!」

 ノイードは咄嗟に腕で顔をガードしたが、五発の光線は腕を容易く貫通した。うち一発は首に命中し、頸動脈から血が噴いた。

 ザイズは五発とも胸に食らったが、怯むことなく追撃を仕掛けた。蜂尾は透明化していたが、居場所は刺さった矢でわかる。

 何かが高速で回るキィィンという甲高い音が鳴った。ザイズのナイフが強烈な力に叩かれて、ぶっ飛んでいった。



 蜂尾はランナースフィアを猛回転させた足でザイズのナイフを蹴飛ばした。軽く接触しただけでランナースフィアに巻き取られたナイフはザイズの手を離れ、天井に深々と突き刺さった。

 見たところ、ザイズは他の武器を持っていない。もらった。蜂尾は右手の五指の銃口をザイズに向けた。

「あーあ、あたしから武器取っちゃったわね」

 ザイズの胸に空いた弾痕から血液が外へ漏れ出す。血液は無重力空間にあるかのように浮遊し、互いに結合を重ねて一振りの剣を形成した。

「吸血鬼魔法『鋭い血溜まりブラッド・ブレイド』」

 ザイズは目にも留まらぬ剣捌きで、蜂尾が撃った光線を叩き落とした。

「……!」

「あたしに血を使わせたら、もう加減できないわよ?」

 ザイズの動体視力と反射神経は半端ではなかった。校舎を破壊しないために弾の威力を抑えているとはいえ、マズルフラッシュを見てから五発全てに対処されるとは。

 それに、あの血で作った剣。

(あれも魔法か? どいつもこいつも変な能力ばかり!)

 ザイズが血の剣で切りかかる。蜂尾はランナースフィアを真横に回転させて右側のトイレの個室に逃げ、体に刺さった矢を抜いて壁から天井へ駆け上がった。ザイズは音でおおよその目星を付け、虚空を切った。

 蜂尾は一番奥の個室の天井を蹴り、ザイズの剣の上を跳び越えながら撃った。ザイズは首と胸と、剣を持つ方の肩と腕を撃ち抜かれたが、まるでダメージは無いと言わんばかりに、射角から蜂尾の位置を割り出して切りつけた。

 壁を蹴って身を翻し、蜂尾はランナースフィアで剣を弾いた。ランナースフィアと剣が擦れ、激しい火花が瞬くと同時に、蜂尾の姿も露わになった。

 乱れた光学迷彩が全身を覆い直すまで、約一秒。ザイズは体に空いた新たな傷からもう一振りの『鋭い血溜まりブラッド・ブレイド』を生成した。

(……なるほど)

 蜂尾は至って冷静に、ザイズの能力を分析していた。

(血を操る魔法か……止血もお手の物、と。動脈を撃っても効果は無い)

 フードの奥から血走った目をギラリと開く。ザイズは二振りの剣を振り上げ、蜂尾の着地を狙って突進する。

「獲ったわよッ!」

 蜂尾は両手の全ての指を射出した。等間隔に散った指から光線が伸び、互いを連結して正十角形を描いた。

「『M31CEネット弾』」

 指の銃口がさらに光線を放ち、計三十五本の対角線を繋ぐ。

 蜂尾は言った。

「バラバラになったらどうなる?」

「えっ!?」

 網目状の光線を頭から被り、ザイズは細切れになった。

 途端に血の剣はただの血となり、着地した蜂尾にばしゃりとかかる。

「さて……どうなるか」

 指がM31CE噴射で虫のように飛び交い、蜂尾の手に戻った。蜂尾は銃口を向けてザイズを観察した。

 床に散らばったザイズの血と肉片は、その後ぴくりともしなかった。やがて窓から差す陽の光を浴び、灰となって散り始めた。

「なんだ、死ぬのか」

 興が失せたように吐き捨て、蜂尾はノイードを見た。人型のライオンは出血多量で死んでいた。

(あと四体)

 蜂尾は光学迷彩の上に付着した血をトイレットペーパーで手早く拭った。

(次は……)

 レーダーで敵の現在地を見る。屋上に居た二体が二手に分かれ、校舎に侵入していた。上空の一体はそのまま。

「!」

 二階に居た一体が移動していた。その進行方向から、芦山の居る教室に向かっていると蜂尾は悟った。

「芦山もバレてるのか!」

 蜂尾は芦山に緊急警報を送りつつ、ランナースフィアを猛回転させてトイレを飛び出した。

 授業開始が間近に迫り、廊下に人は少ない。蜂尾はカーブに支障が出ない範囲の最高速度で廊下を駆け抜けた。西側の階段に到着すると、手すりから手すりに飛び降りてほぼ垂直に落下した。

 二階に降り立つと、床も壁も無く走った。教室に向かう教員をレーダーが捉え、変更されたルートに従って蜂尾は壁から床を経由して対面の壁に移動し、教員を躱すと再び対面の壁に移動した。屋内で強風が起こったことに教員は動揺していたが、構っている暇は無い。

 芦山が緊急警報に応答していたが、もう教室が見えて来た。返事をするより行った方が早い。

(見つけた!)

 レーダーが捉えた通り、芦山の居る三年の教室の前に異形の怪物が居た。赤外線視界で視認したその輪郭は、三つの頭を持つ二足歩行の犬だった。

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