第17話 校内戦Ⅰ

「……」

 果たして、いつまで待とうと蜂尾が崩れ落ちることは無かった。

 眠りに落ちた蜂尾を捕まえようと待ち構えていたケェアロットは、両腕を広げた体勢で静止し、蜂尾とポトゥの間で何度も目を往復させた。

「……はっ??」

 間近でポトゥの魔法を浴び続けても、蜂尾はびくともしなかった。

(なんで、眠らない……?)

 絶対的な自信が破られたことへの動揺と、次の手を打たねばならない冷静な思考が頭の中で複雑に絡み合った。一時間にも感じられる一秒間が過ぎたその時、ポトゥは、蜂尾が立ち止まっていることに気が付いた。

 そう。ポトゥが彼女の顔の前にかざした手に、ぶつかる一歩手前で。衝突を免れるように、自ら足を止めたのだ。

(え……)

 ポトゥの背筋が凍った。蜂尾がポトゥのことを見ていた。偶然ではない。確かに彼女と目が合うのを、ポトゥは感じた。

「なんで、見えて――」

 蜂尾の右手の人差し指が銃口に変形し、ポトゥの顔面を撃ち抜いた。目と鼻と頬を立て続けに貫いた赤い光線は、後頭部から飛び出した直後に質量化が解かれ、壁に衝突する前に消失した。

 ポトゥの死で魔力供給が絶たれ、透明マントが効力を失くし、床に倒れた彼の姿が露わになった。しかしそれ以前に、蜂尾にはポトゥが見えているようだった。

(こいつ!)

 気付かれた時点で捕獲作戦は失敗だ。生け捕りを諦め、その首を刎ねようとケェアロットは掴みかかった。

 人間界でいうチョークスリーパーは、魔界の格闘術にも存在する。しかしケェアロットのようなパワーに優れた種族の場合、相手取るのは自身より遥かに巨躯のモンスターばかりである。固い鱗に守られた魔獣の首をもへし折る彼らの絞め技は、人間のような脆弱な種族にとってはギロチンにも等しい。ケェアロットはこの得意のオーガ式チョークスリーパーで、何人もの人間の戦士の首を刎ねて来たのだ。

「……ッ!?」

 姿勢も角度も、完璧に極まっていた。にもかかわらず、蜂尾の首を刎ねることができなかった。

「馬鹿な!」

 刎ねるどころか、喉や頸動脈を絞めている感触すら無い。蜂尾の足はぷらんと浮いていたが、首は鉄のように硬かった。

(なんだ、こいつの体……まるでゴーレムみてぇに、ビクともしねぇ……骨の感触がしない……血管も無い……何なんだこいつは!?)

 蜂尾の右腕の肘が銃口に変形し、袖を突き破って放たれた光線がケェアロットの体を貫いた。光線を連射し、ケェアロットの胸を蜂の巣にする。

「ぐあああっ!」

 片肺を撃たれても絞めを緩めまいと堪えていたケェアロットだったが、蜂尾が腕の角度を変えて肩を撃ち抜いた。脱力した腕から抜け出すと、蜂尾は人差し指の銃口をケェアロットの眼前に突きつけた。

 触れたのだから居場所がバレるのは必然だ。それを差し置いても、蜂尾はケェアロットが見えているとしか思えなかった。彼女の目と銃口は、正確に彼を捉えていた。

「くそっ!」

 ケェアロットは活きている手で共鳴コウモリを叩き起こし、怒鳴った。

「すまねぇしくった! 奴には俺たちが見えてやが――」

 光線がケェアロットの人中を撃ち抜いた。



 可視光視界では見えなかったケェアロットの姿が露わとなる。蜂尾は彼の肩に付いていた共鳴コウモリを握り潰しながら、二つの死体を注意深く観察した。

 二体とも、黒緑神社で目撃した個体だった。着目すべきは二体に共通するマント。

(このマント……昨日は着けていなかった)

 平常時、蜂尾は四種類の視覚情報を同時に得ている。人間と話を合わせるための可視光視界、所謂サーモグラフィと呼ばれる赤外線視界、M31CEを視認するためのM31CE視界、対光学迷彩視界である。戦闘時等の状況により、さらに視覚を追加することもある。

 ケェアロットとポトゥの姿を捉えたのは赤外線視界だった。明らかに人間ではないシルエットの熱分布図が、蜂尾の目にはっきりと映っていた。

 可視光視界で捉えられなかったことから、彼らが透明化していることはすぐにわかった。しかし、それはそうと疑問が残る。

(何故、対光学迷彩視界で見破れなかった……?)

 蜂尾を含め地球で密かに生活するエイリアンの多くが、自身を透明にする光学迷彩装置を所持している。性能が高い装置になると赤外線視界にすら映らなくなるが、蜂尾たちアサルト星人はその光学迷彩を看破するカメラを自前で造ることができ、事実上、彼女たちに光学迷彩は全くの無効である。

 その対光学迷彩視界を有する蜂尾にすら見破れなかったということは、ケェアロットとポトゥがどの宇宙の光学迷彩にも該当しないテクノロジーで透明化していたことを意味する。

(魔法……やはり、こいつらは異世界人か)

 蜂尾は一見するとただの布にしか見えないケェアロットのマントを剥ぎ取った。怪しいのはこれだ。

(透明マントってところか。防犯カメラじゃ見つけられないわけだな。厄介な物をアイテムを……とは言え)

 蜂尾は索敵レーダーを発動した。自身を中心とした半径三キロメートル圏内に電波を発し、その反射波の中から人外の輪郭を探し出す。

 居た。全部で六体。すぐ真上と真下に二体ずつ、二階に一体、さらに上空にまで。

「冗談じゃないぞ」

 蜂尾の目に、M31CEの赤い光が灯った。

「私がここまで接近を許すとは……やってくれるな、異世界人ども」

 レーダーで捉えた敵に動きがあった。蜂尾が後ずさった次の瞬間、天井から槍が、床から矢が飛び出して来た。

(こいつら、校舎に穴を……!)

 天井に突き刺さった矢が発光し始めた。矢から生じた光の粒子が魔法陣を形成し、天井を埋め尽くす。何が来るかと蜂尾が身構えていると、魔法陣から何百本もの矢が出現し、猛烈な勢いで降り注いだ。

「それは躱せない!」

 蜂尾は左前腕を五枚に割ってプロペラに変形し、高速回転させて矢の雨を弾き返した。第一波は凌ぎ切ったが、魔法陣は絶え間無く第二波、第三波と矢を発射した。トイレの床が矢で埋め尽くされて行く。

(チッ、こいつらの死体を処分するどころじゃなくなった!)

 矢が止む気配は無い。蜂尾はプロペラで矢を防ぎながら徐々に後退し、トイレから脱出した。

(いつから囲まれていた? 何故、私の居場所がわかった)

 今はそんなことを気にしている暇は無い。一刻も早く異世界人を排除しなければ、校舎だけでなく生徒や職員にも被害が出る。既に出ている可能性も充分にある。

 レーダーで敵の現在地を確認した。まだ元の場所に居る。

(まずは連中を狩ってからだ)

 蜂尾は裸足になり、光学迷彩で全身を覆った。誰かに見られたら厄介なことになる。敵が自ら透明化してくれているのは都合が良かった。彼らの気が変わって姿を晒す前に、決着をつけるとしよう。

「第一武器庫開錠。ランナースフィア展開」

 足が展開し、爪先と踵が球体に変形する。背中と腰に姿勢制御用の小型M31CE噴出口が開く。こめかみとうなじにカメラが現れ、視界を三百六十度に広げた。

「『走行モード』」

 視界が切り替わり、レーダーで探知した廊下に居る人の位置が地図に表示される。障害物を考慮して算出した最適な走行ルートが地図と、蜂尾が見る景色に投影された。

 初めに映したのは、三階の女子トイレまで最短で向かうルートだった。足のランナースフィアが猛回転し、蜂尾は急速発進した。

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