第24話 蜂尾VSガルズⅣ

 最も鋭利な武器とは何か?

 アサルト星人はその長い進化の歴史において、無数の“刃”を生み出してきた。

 ただの剣から始まり、刃を振動させる俗に言う高周波ブレード、刃を熱し標的を焼き切るヒートブレード、水圧で切るウォータージェットブレード、チェーンソー、ワイヤー、果てはM31CEのみで形成したレーザーソード。

 しかしそのどれもが、“刃”の到達点にはあと一歩足りなかった。創意工夫を重ねるごとに、むしろ完成から遠のく気さえした。

 兵器の極意とは、どれだけローコストでどれだけ大きな破壊力を発揮できるかにかかっている。実戦の試行錯誤を重ねた末に、アサルト星人はある法則に辿り着く。

 射撃武器は複雑化するほどに威力と残虐性を増し、一方で近接武器は単純化するほどに殺傷性を高める。大規模破壊兵器ほど使い手から遠のき、小規模殺傷兵器ほど使い手の腕に依存する。

 当事者自身の完成度に左右される近接戦闘の難度は、システム化された中長距離戦闘の比ではなかった。

 どんな名刀も、素人には包丁ほどにも扱えないように。どんななまくらも、達人の手に渡れば名刀となるように。

 最も切れる“刃”に必要だったのは、創意工夫に富んだ装置ではない。切るという現象をより速く、より鋭く発生させる使い手の戦闘技術だったのだ。

 アサルト星人の近接戦闘モードの要は、“刃”を操ることに特化した柔軟な関節部とスピードを生み出す羽にある。そして使い手の技を最も効果的に発揮するため、究極に単純化された“刃”が液状ソードだった。

 原初よりも以前へ後退し、進化と逆行することで完成を迎えた。

 “刃”とは、技を出力する道具に過ぎない。

 最も鋭利な武器とは、“刃”を手にした戦士兵士そのものだったのである。



 ガルズは防御のために構えた霆哮剣ごと吹き飛ばされ、路面に踵で轍を刻みながら百メートルに渡って大通りを後退した。

(なんという……!)

 かつてない衝撃でガルズの手は痺れていた。液状ソードと衝突した際に感じた硬さは、硬質ソードを上回っていた。

 恐るべきは、液体に過ぎないはずの刀に固形以上の硬度を発揮させる蜂尾の技術である。余程速くなければ、この硬度にはならない。

(俺の雷ほどではない。依然スピードはこっちが上だが……切れ味はあちらが圧倒的か)

 信じ難いことに、霆哮剣が僅かに欠けていた。魔法の加護が貫かれたことを意味していた。

(加護もいかずちも切られるならば……)

 霆哮剣の呪文が点灯し、電流が剣身を伝って柄からガルズの体へ流れ込む。全身の筋肉、内臓、細胞に至るまでいかずちが満ち、深緑色の肌が青白く染まった。ガルズは怒髪天を衝き、目からは雷光が迸った。

「魔王軍式魔法・禁呪『雷神の脈動ゼウス』」

 二重に割れた声で、ガルズは言った。

「二度と蘇られなくなるまで、手ずから切り刻んでやる。まずは首からだ」

 直線状の道路で二人は向かい合い、互いを睨んだ。蜂尾のスパイクが路面を削り、ガルズの体から漏れ出る稲妻が周囲に乗り捨てられた車両を焦がした。蜂尾の口から蒸気が漏れ出し、ガルズの口から電流が立ち昇る。

(あの姿……)

 蜂尾はガルズの戦闘IQを甘く見ていなかった。彼にとっても最大クラスの攻撃だったであろう雷の槍を破られたことで、射撃は一切通じないと断じたはずだ。蜂尾と同じ思考のプロセスを辿り、近接戦一本に絞ることだろう。

(殴り合いに特化したモード、というわけか)

 全身の羽が角度を調節し、火を噴き始める。ジェットエンジンの振動が液状ソードを震わせる。蜂尾の顔から、徐々に笑みが消えていった。

「……」

「……」

 蜂尾の羽がM31CEを爆発させ、ガルズの体が雷光に包まれる。

 閃光と化した蜂尾とガルズは道路上でぶつかると、激しく互いを切りつけ合いながらすぐ傍の商業ビルの外壁を駆け上がった。

 ガルズが霆哮剣で蜂尾を殴打する。蜂尾は液状ソードで霆哮剣の一撃を相殺し、スパイクを刺して外壁に垂直に立った。ガルズは足裏に魔法陣を張り、外壁に吸着させて姿勢を保った。

 重力とジェットエンジンの推力を利用し、急速に降下しながら蜂尾は右の液状ソードを振り抜いた。ガルズは雷速で太刀筋を見切ると、胸板を横一文字に切り裂かれながらも液状ソードを避け、蜂尾の顔を目掛けて突きを放った。

「回避可能」

 これまでの戦いを元に構築した戦闘シミュレータでガルズの挙動を予測していた蜂尾は、首を傾げて霆哮剣の直撃を免れた。霆哮剣は蜂尾の頬を薄く削ぎ、金属の肌を露呈させた。蜂尾はガルズの懐に踏み入りながら、左の液状ソードで腹を裂いた。

「ぬッ!」

 豊満な腹の肉に食い込んだ液状ソードが内臓に達する前に、ガルズは宙返りして斬撃を流すと、回転力を利用して蜂尾の頭上に霆哮剣を振り下ろした。

「硬質ソードⅢ、展開」

 蜂尾は右脚の膝から先を硬質ソードに変形し、霆哮剣を蹴り上げた。

(足も剣になるのか!)

 霆哮剣の勢いが落ちる。が、ガルズは力づくで霆哮剣を押し込んだ。

「おぉおおお!」

 摩擦で火花を散らしながら硬質ソードを払い除け、ガルズは蜂尾の脇腹を霆哮剣で切りつけた。蜂尾は液状ソードを盾にしたが、衝撃は逃し切れず壁面から殴り飛ばされた。

「チ……!」

 ガルズの剣を振るスピードもまた速過ぎたばかりに、軟らかい液状ソードを硬化させ盾の役割を果たさせてしまったようだ。大通りを飛び越えて市街地の上空を飛んでいく蜂尾を追い、ガルズは壁を蹴った。

 羽の噴射で姿勢を立て直すよりも一瞬速くガルズが追いつき、蜂尾を袈裟斬りした。

(浅いか!)

 血の代わりに金属片が飛び散るが、流石に胴は頑丈にできているらしく、四肢と違って一振りで切断できなかった。

「……ッ」

 急速に横回転し、蜂尾は両手の液状ソードを二段に重ねて振った。ガルズは体を仰け反らせて躱すと同時に、蜂尾を蹴りつけた。蜂尾は数百メートル先の高層マンションまで吹き飛んでいった。

(畳みかける!)

 ガルズは雷速でマンションの裏側に迂回し、突入時の角度から蜂尾が飛び出して来るであろう位置に目星をつけ、待ち構えた。

「ぬッ!?」

 想定より数メートル上の外壁が三角形に切り抜かれ、飛び出して来た蜂尾が踵落としの要領で右脚の硬質ソードを振り下ろす。霆哮剣で受け流すと、今度は両手の液状ソードが一気に襲いかかった。

 一方はガルズの額から鼻、胸、腹と一直線に切り裂いた。もう一方はガルズの左手と鎖骨、肋骨を数本断った。

「これしきィッ!」

「っ!」

 ガルズは切り落とされた手首の断面で、蜂尾をぶん殴った。マンションの駐車場へ落ちた蜂尾は車を数台巻き込みつつ、噴射とスパイクでなんとか停止した。

(怯みもしないか……!)

 ガルズが瞬時に蜂尾の眼前に着地し、切りかかる。蜂尾は左の液状ソードで霆哮剣を防ぎつつ、右の液状ソードでガルズの腹を横一線に裂いた。

(切った)

 刃に臓腑の確かな感触があった。

「ふんッ!」

 ガルズは腹筋に力を込めて内臓の漏出を阻止し、蜂尾を蹴り上げた。雷速で蜂尾の真上に回り込んで叩き落とし、すぐに真下へ回り込んで蹴り上げ、再び真上から叩き落とす。四度繰り返した後に横に回り、霆哮剣のフルスイングで殴り飛ばした。

(こんの……ッ)

 戦闘シミュレータを超えてくる。立て続けの攻撃で羽が何枚か壊れ、姿勢制御が上手くいかない。

(デケェくせにすばしっこ過ぎる……!)

 雷光が煌めく。蜂尾は飛んで来るガルズを左の液状ソードで切った。

 ガルズの左前腕が切断される。右の液状ソードで左脇腹を切られながら、ガルズは切られた腕で蜂尾の顔面を殴った。腕の肉が押し潰れ、鋭利に断たれた尺骨が蜂尾の右目に突き刺さった。

 右目のレンズが壊れ、視覚の一つがブツリと消える。

(こいつ……このためにわざと腕を切らせたな!?)

 霆哮剣を振りかぶり、ガルズは咆哮した。

「おぉぉおおおらああああああッ!」

 雷を纏った刃で、蜂尾の左肩を切り落とす。さらに眼窩に刺した規格外に太い尺骨から、稲妻の拳を放った。

「『雷霆の鉄拳ケラウノス・ガントレット』ッ!」

 稲妻が蜂尾の右眼窩から頭部を貫通し、後頭部に穴を空けて飛び出した。体内に直接強烈な電流を受けた蜂尾の視界が激しく乱れ、ブラックアウトした。

(まっ――ずい!)

 視覚回復まで、〇・一秒。

 ガルズにとっては、致命的な隙だった。

「仕留めたり!」

 音の速さでは間に合わない。蜂尾は辛うじてレーダーでガルズの動きを捉えた。逆手に握った霆哮剣を蜂尾の頭上に掲げている。蜂尾は顔に刺さったガルズの左腕を上腕から切り落とすと、体勢を傾けて霆哮剣から頭を躱した。

「でぇぇぇえええええいぁぁァァッ!!」

 雄叫びながら振り下ろされた霆哮剣は肩甲鎖骨三角鎖骨の上から蜂尾の体内に深々と突き刺さり、腿まで貫通した。蜂尾の体のあちこちが爆ぜ、剣身から炸裂した埒外の電流が漏れ出した。

「ッッッッ」

 視覚の回復がさらに一秒遅れる。ガルズは渾身の魔力を込め、再び霆哮剣から放電した。蜂尾の胸が消し飛び、人体の心臓にあたる場所にある金属の球体が露わとなった。

(なんだ!? 心臓……!?)

 球体を形成する無数の細かなブロックが不規則に回転し、その隙間からM31CEの赤い光が漏れている。

 ガルズは直感した。

(これがこいつの本体か!?)

 先程、蜂尾が全快した際に一瞬だけ現れた夥しい兵器の群れが頭を過ぎった。あれを目にした時の恐怖も。

 本当にこれが急所かもわからない。またあの大量の兵器が溢れ出て来るかもしれない。これに触れたら、死ぬかもしれない。

「……勝機」

 ガルズは迷わなかった。

 その身は既に、血の一滴まで、魂の一搾りまで、魔王に捧げていた。

 彼の命は、全て、魔王軍の勝利のために在る。

 今さら、死ぬことなど!

「はぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」

 霆哮剣の放電を継続しながら、左腕の傷口から『雷霆の鉄拳ケラウノス・ガントレット』を形成する。蜂尾の胸の中にある球体目掛け、ガルズは稲妻の拳で殴りかかった。

「二度も言わせるなよ異世界人」

 蜂尾の額の皮膚が剥がれ、双眸に次ぐ第三の目が灯った。

「図に乗るな」

 液状ソードが、稲妻の拳もろともガルズの左肩と胸を切った。傷は左肺まで達した。

「……ぐぶっ」

 大量に吐血しながらも、ガルズは霆哮剣を力任せに引き抜いて蜂尾の体の前面を削ぎ落した。目の光を明滅させながら蜂尾がガルズを逆袈裟に切った。鋼色の刃は彼の心臓の三ミリ手前を通過した。

「が、がぶぁっ……ぶッ……」

「……ッ……」

 二人は揃って天を仰ぐと、眼下の立体駐車場へ落ちていった。



 埼玉県 妃琵市へびし

 航空自衛隊妃琵基地


 現代の自衛隊の戦力を見極めるため、レイドとルラウとクルスは基地に潜入した。ガルズら捕獲部隊が使う王宮騎士仕様ほど上等な物ではないにせよ、充分なステルス性能を果たす透明マントを纏い、戦闘機などがある格納庫を中心に偵察して回った。

(あ、アメリカの最新のやつだ。日本にもあるんだ……近くで見ると大きいなぁ)

 後ろを振り向き、ルラウとクルスがちゃんと付いて来ているか確かめる。目を離すとすぐどこかへ行ってしまうため、レイドはすっかり保護者の立ち回りになっていた。

(訓練場の方を見に行ってみよう)

 レイドは格納庫の外を指さした。

(物音立てないように付いて来てね)

(もちろん)

(うーっす)

(大丈夫かなぁ)

 周囲に居る自衛隊員たちが急に慌ただしくなり始めた。駆けて来た隊員と危うくぶつかりそうになり、クルスがレイドをひょいと抱き上げて事無きを得た。

 ルラウが肩をすくめる。

(何ぼーっとしてるんですかレイド様)

(くそう……私が引率なのに、なんか悔しい)

 サイレンが鳴ったかと思うと、スピーカーが何やら喋り出した。早口なうえ自衛隊特有の言葉遣いなのか、レイドにもよく聞き取れなかった。大音量の放送が響くなか、格納庫内を駆け回る隊員たちの話し声が耳に入った。

「都内でテロらしいぞ!」

「え!? テロ!?」

「マジかよ、戦うの?」

「馬鹿野郎、救助活動だよ!」

「訓練中止! 訓練中止!」

 すぐ隣にある戦闘機のコックピットにかけた梯子から、一人の隊員が飛び降りた。こちらへ走って来る。レイドたちは急いで後ずさり、その隊員に道を空けた。

(え……)

 目の前を通り過ぎるその隊員を見て、レイドは凍りついた。

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