第15話 作戦開始

 東京都 戸科下市


 レイドの話によれば、人間界には学校と呼ばれる子供が通う教育施設がある。魔界でいう騎士団の訓練所のようなものらしい。ガルズたちのターゲットであるエイリアンは、そこに通う生徒の一人として人間社会に紛れているようだ。

 時刻は十時。あのエイリアン――蜂尾は今、四階の教室で授業を受けていた。窓際から二列目の席であるため、角度を付ければ上空のミルィスからも監視ができた。ルァカスはその鋭敏な嗅覚で、例え数千人の群衆に蜂尾が紛れようとも正確に位置を把握することができた。彼は今、学校の敷地外から嗅覚で蜂尾を捕捉し続けている。

 ガルズたちは学校から一キロほど離れた民家に押し入り、作戦を立てていた。運悪く在宅していた人間の主婦は、小さく丸めてトイレの便器に詰め込んである。

 ヴァンパイア族のザイズがエコーロケーションで把握した校舎の簡単な見取り図を、リビングの壁にナイフで傷をつけて描いていた。陽の光に弱い彼女はフードを深く被り、服の下には包帯を何重にも巻いていた。

「四階建て……一階以外は似たような造りね。奴が居るのは、四階のこの部屋」

 蜂尾が居る教室にバツ印を刻む。

「各部屋にだいたい二十人から三十人ずつ。時間によって変わるみたい」

 ソファに腰掛けて見取り図を見ていたオーガ族のケェアロットが言う。

「もう一体、エイリアンが居るんだっけ?」

 獅子の獣人族のノイードが分厚い鬣を掻いて答える。

「ああ、ルァカスが言うにはな。奴とはまた別の臭いだが、人間じゃねぇ臭いの生き物が居るらしい」

「ここね」

 ザイズが二階の教室に印を加える。グァドルフが腕を組んで思案した。

「二体か……両方、捕まえるか?」

 インキュバス族のポトゥが意見を述べる。

「二体ともはリスキーだぜ? 奴はガルズの旦那の雷と互角に渡り合うくらい強ぇ。もう一体の方も同じような化け物だったら厄介だ。的は一体に絞った方が良い」

 ノイードが言う。「奴がもう一体を呼ぶかもしれんぞ」

「呼ばれる前に捕まえればいいだろ? 俺が一瞬で眠らせてやるよ。もし呼ばれたら、その時ぁその時さ。るしかねぇ」

 ケェアロットが言った。

「もし二体とも相手取ることになっても、どっちかを生かしておきゃいいんだろ。最悪、どっちもぶっ殺しちまっても死体さえ持ち帰りゃいい。ですよね? ガルズさん」

 ガルズはリビングの床にあぐらをかいて座り、見取り図を凝視していた。彼の尻の下には、ぺちゃんこに潰れたローテーブルが敷いてある。体格を縮めてはいるものの、屋内に居ると彼の圧迫感は際立った。横にも太いため、リビングの大半を占領しているようにさえ錯覚してしまう。

 ザイズがナイフを鞘に収め、ガルズを見た。

「どうされますか、ガルズ様」

 どんな案を出したところで、結局のところ、ガルズが居ればエイリアンに負けることはないだろうと彼らは高を括っていた。ガルズの魔法を相殺した蜂尾の攻撃力には目を見張るが、あんなものはガルズの本領には程遠い。レイドが駆けつけるのがあと少し遅く、あるいは隠密という制約に縛られていなければ、ガルズはあの山もろとも蜂尾を木端微塵にできる力を持っている。

 戦力も道具も、頭数も揃っている。あとはいつ、どこで決行するか。もう一体のエイリアンをどうするかだ。

「……うむ」

 ガルズは熟慮の末に口を開いた。

「もう一体は後回しだ。まずは奴を、あの学校とやらの中で捕らえる。建物の中なら、奴は飛ぶことができん。それに隊長殿の読みが当たっていれば、周囲に人間が多く居る状況で暴れることもできんだろう。奴に不利な条件が揃っている。好機は逃せん」

 グァドルフが拳を叩いた。

「決まりだな」

 ガルズは肩に乗せた共鳴コウモリに話しかけた。

「ルァカス、ミルィス、聞いていたな?」

『もちろん』

『はーい』

「奴が一人になったタイミングで仕掛ける。二、三人程度なら巻き込んでも構わん。目を離すな。タイミングが無ければ強硬手段だ。やるぞ」

 マントに魔力を込め、彼らは姿を消した。床がミシミシと鳴った後、玄関のドアが開き、すぐに閉じられた。



 埼玉県 妃琵市へびし


 ジェイとマースは工業地帯の外れにある古びたマンションに侵入した。どうやら以前は社宅として使われていたようで、よく似た形の比較的新しいマンションが二つ隣のブロックに建っていた。長いこと放置されており、最近誰かが足を踏み入れた様子も無い。ジェイが壊すまではしっかり鍵がかかっていたので、不良が悪戯で侵入することも無さそうだった。

「ここ、なかなか良いんじゃないか? おい、マース?」

 ジェイは各部屋を見て回った。マースは窓にボロボロのカーテンが付けっ放しの部屋に居て、難しい顔でキッチンを見つめていた。老人に変身しているわりには、彼の背筋はピンと張っていた。

「マース、ここ使おうぜ。隣に同じのがもう一棟あるしよ」

「いいえ、いただけません」

「あ? 何でだよ」

 マースはやけに大仰に腕を振り、キッチンを指さした。

「こんなミニマムなキッチンで料理ができますか!?」

「そこ?」

「見てごらんなさいジェイ! こんな狭ぁ~い場所で料理なんかしたら、壁に穴が空いてしまいますよ!?」

「いっつもどんな料理してんの?」

「収納も! 何ですかこれ! 私のバスター包丁が入らないじゃあないですか!」

「あのバスターソード料理用だったの!?」

「ふざけないで下さい! 私にこんな粗末なキッチィィンで料理させようと言うんですか!?」

「いや別にお前に泊まれって言ってるわけじゃねぇから……ここに住むのは次の先遣隊メンバーだし……」

「メェェエエエェエエエ!」

「うわぁ急に鳴くなヤギ野郎!」

 マースはキッチンを蹴りつけた。ステンレスがひしゃげ、外れたキッチン扉が散乱した。

「うわぁ」

「ともかく! 私はこれをキッチンとは認めません! 同胞をこんな所に泊めるなど許せません! 却下です! ド却下!」

「魔族仕様のキッチンとかどこ探しても無ぇと思うけど……今の根城はたまたまホテルだから広かっただけだし……」

「もうここに用はありません。次のキッチンを探しに行きますよ、ジェイさん!」

「キッチンを探してるわけじゃねぇからな!? 全部キッチン基準で判断する気か!? おい待てヤギ野郎!」

 早送りしているかの如き凄まじい足捌きで立ち去るマースを、ジェイは追いかけた。

 後日、破損した非常階段の鍵とキッチンが発見され、怪奇事件として近隣に広まるのはまた別の話である。

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