第2章 エイリアンVSオーク

第14話 索敵

 六月六日

 蜂尾宅


 蜂尾景に支給されている衣服は限られている。変形時の損傷を補うために金属細胞が繊維に混ぜられているのだが、これがかなり高級な代物で、連合の財力を以てしてでも量産は困難である。

 蜂尾が持っているのは制服二種類と私服二種類の僅か四着のみだ。年頃の女子高生がこれはあんまりである。蜂尾は二十年を超える女子高生歴で、オプション等で私服のバラエティを誤魔化す術を身に着けざるを得なかった。衣服だけではない。時代を経るごとに忙しなく変わる流行、言葉遣い、急激に普及したインターネット等、社会人に擬態するのに比べて模倣するのが非常に難しい。

 惑星保護官となる以前、星から星へ渡り戦ってばかりいた頃の生活の方が楽だったとすら思える。

「……う~ん」

 鏡の前で髪を整え、蜂尾は自分の制服姿をまじまじと見た。三年おきに新品が支給されているものの、二十二年目ともなれば着慣れるどころか飽きてさえいる。違うのは顔だけだ。この顔になってからはまだ二か月しか経っていない。

「やっぱりなんかなぁ」

 今の顔も悪くないが、どちらかと言えば前の顔と髪の方が愛嬌があって便利だった。前は童顔の茶髪ロングで、髪型なんかはよくいじり、愛想を振り撒けばたいていのことは上手くいった。今は黒髪のショートヘアで、目つきが少しきつそうに見える。また伸ばすにしても、不自然の無いように少しずつ調節しなくてはならない。

「そういえば、まだこの顔でメイクしたこと無かったな……」

 おっといけない、自分の顔に見惚れて遅刻するところだ。蜂尾は鞄を持ち、早足で玄関に向かった。

 蜂尾宅は戸科下市南部の住宅街にある一軒家で、住人は蜂尾一人だが近隣住民には記憶操作で両親と幼い妹が居ると刷り込んであった。関わった分だけボロが出る恐れがあるため、すれ違いざまに挨拶を交わす程度の交友関係に留めている。不都合があればいつでも始末できたが、あまり頻繁に近隣住民が死んだり行方不明になると擬態に支障が出るので、学校以外では可能な限り他人との関わりを避けるようにしていた。

 視界に時刻を映す。走らずともギリギリ間に合いそうだ。飛べばすぐだというのに、人間のふりをしていちいち歩かなければならないのは不便極まりなかった。

(異世界人が出たら、また早退しなきゃな……。学校、暫く休んだ方がいいかもな)

 異世界人を発見したら、土方から直接蜂尾に通報が来るようになっている。連中が再び黒緑山にのこのこと現れる可能性は低い。現状、異世界人の動向は読めない。蜂尾の役目は有事まで普段通りに過ごし待機することだった。



 一軒家から出た少女が歩いて行くのを、地上一キロメートルの上空からミルィスは見ていた。彼女の人外の視力は、少女が着るブレザーのしわまではっきりと捉えていた。

「出てきましたよー」

 ミルィスは胸に張り付いた一ツ目のコウモリに話しかけた。このコウモリは『共鳴コウモリ』といい、魔王軍が魔法的改造を施した魔獣の一種である。人間界で言うところの電話に似た能力を持ち、別の共鳴コウモリと魔力波を通じて話すことができる。

『奴で間違いないか?』

 共鳴コウモリがヘンテコな声で喋った。口調からして、通信相手はガルズだった。ガルズ側の共鳴コウモリも、同じヘンテコな声でミルィスの言葉を繰り返しているのだ。

「さぁー? 人間の顔なんて皆一緒だからわかんないですよー。それにー昨日も途中からなんか顔パカッて開いてたしー」

 口調が変わる。次の相手はルァカスだった。

『臭いの元は奴です。間違いありません。奴だけ、臭いが人間じゃない。鉄のような、炭のような……本当に生きているのか? 血の臭いが全くしない』

 ルァカスが言うならば、疑いの余地は無い。ガルズは即決した。

『よし、奴を監視する。ミルィスは空から、ルァカスは臭いで追い続けろ。俺たちは散開して一定の距離から奴を囲む。行くぞ』

「はいはーい」

 ミルィスは両腕の翼を羽ばたかせ、少女を追跡した。



 ホテル陽世


「我ながら見事な出来栄えだわ」

 ヴェスは渾身の傑作と言わんばかりに、腕を組み深々と頷いた。

 人間界の調査を行うレイドとルラウとクルス、根城の確保を行うジェイとマースはヴェスの魔法で人間の姿に変身していた。

 おかしな振る舞いさえしなければ、まず疑われることはないクオリティだ。レイドは人間になると前世の姿になってしまうのではないかと内心冷や冷やしたが、肌と髪の色が変わっただけで大きな変化は無くほっとした。

 ルラウの蛇はただの髪に変わり、目はサングラスで隠していた。クルスはモデルのような高身長の女性になっており、どちらも美人なため街に出るとナンパされないか心配だった。レイドが上手くあしらわなければ、話しかけた男が石か肉塊にされてしまう。

 ジェイはモヒカンヘアのチンピラのような出で立ちで、背は低いまま。マースはヤギ面の白い髭をそのまま残した老人になっていた。

 衣服は全て、食用に拉致した人間の遺品である。今はまだ遺品で事足りるが、残る九百体の先遣隊が来ることを踏まえると、大量の衣類が必要になる。今日の目的の一つには、それらの調達手段を見つけることも含まれていた。

「ヴェスはゲートの準備に集中するから、留守番はギミルとモルコでお願いね。私たちは遠出するけど、何かトラブルがあったら電話して。遠過ぎて共鳴コウモリの魔力波は届かないと思うから。ケータイの使い方は覚えた?」

「はい」

「バッチリです」

「オッケー」

 レイドはこれから街へ出向く一行に向き直った。緊張しているのか楽しみなのか、皆少しそわそわしていた。レイドは彼らが何かやらかしはしないかと、心配でそわそわした。

「エイリアンの捕獲はガルズたちが上手くやってくれる。私たちは私たちの仕事に集中しよう」

 人差し指を立て、レイドは子供に言い聞かせるように話した。

「じゃあ解散、間違って通行人をぶっ殺したり犯したりしないように。ここは魔界じゃないからね、気をつけてね」

「はーい」

「わぁーした」

「了解~す!」

「では行きましょうかジェイさん」

 ジェイとマースが足早に出て行く。その背中にレイドは念を押した。

「人を殺しちゃ駄目だからね! 絶対駄目だからね!」

「わかってますよ! 何人までならセーフっすか?」

「ゼロだよ! 殺しちゃ駄目だよ!」

「そんな……!」

 ジェイが絶望したような顔でレイドを振り向く。レイドは眉間を寄せて唸り、声を絞り出した。

「三人……いや二人までなら……!」

「そんな!」

「さ、三人までなら……」

「一人につき三人まですか?」

「遠足じゃねーんだぞ……」

 ルラウがレイドの肩をつつく。

「私たちも行きましょう」

「あ、うん……」

「あの二人なら大丈夫ですよ。あれでもジェイはしっかりしてます。どっちかと言うとマースの方がヤバイです」

「それ大丈夫って言うの?」

「部下を信じるのも隊長の役目ですよ」

「う~ん……ルラウがそう言うなら」

 レイドの端末に着信があった。ガルズからのメッセージで、エイリアンの正体が判明したらしく、なんと市内在住の女子高生とのことだった。

(エイリアンが女子高生? なんか拍子抜けだな……でもまずは順調みたいだ。流石はガルズたちだね。任せて正解だ)

 返信を打っていると、先に出ていたルラウとクルスがレイドを呼んでいた。ジェイとマースは目を離した隙にさっさと行ってしまったようだ。

「やれやれ……やんちゃ魔族どもめ」

 先遣隊の中ではレイドが圧倒的に年下だというのに、人間界においては子守りをしている気分だった。ガルズに返信を送り、レイドは駆け足でルラウとクルスを追った。

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