第11話 反撃
ホテル陽世
見張りのギミルとミルコを除く魔物全員を宴会場に集めた。ガルズが連れて来た百体のうち、生き残ったのはたった十体にも満たなかった。ここに連れて来て間も無く息を引き取った重傷者も居た。
レイドは黒緑神社に現れた襲撃者と話した内容を、皆に明かした。おそらくあれがエイリアンであることも。そのためには、まず彼らに宇宙という概念について説明する必要があった。
魔界にはあらゆる奇跡を起こす魔法があるが、宇宙進出を果たした者は居ない。どんな大魔法使いも、我らが魔王さえも果たしたことがない。宇宙へ上がるよりも、世界と世界の壁を越える方が遥かに容易い。
彼らは空の向こうに無限とも呼べる暗闇の世界が広がっているなど、考えたこともないのだ。ただ、空に星や月がある以上、魔界にも宇宙があるのは確かだった。
宇宙の概念と、さらにその遥か彼方から飛来したエイリアンという存在を納得させるまで、レイドは大変な苦労をした。ようやく理解を得た頃には夜になっていた。
「では、隊長殿のおっしゃる通り奴がそのエイリアンだとして……侵攻作戦への支障はどれほどですかな?」
レイドはテーブルに腰かけ、部下たちは彼女を囲むように座っていた。問いを投げかけたのはガルズだった。
まだ若干名理解していない者も居たが、ある意味では先遣隊で最も部下の信頼の厚いガルズがひとまず話を呑み込んでくれたことは、レイドにとって非常に助かった。彼が納得すれば、他の者も雰囲気で了承してしまうきらいがある。隊長としてはもっと威厳を見せたいところだが、急を急ぐ事態ではむしろありがたい。
「大きな障害になるだろうね。現に今日、九十もの同胞の命が奪われた。人類だけが相手ならまだしも、エイリアンまで相手取るとなると話が大きく変わって来る。時間も二十年と限られているしね」
ガルズ直属の部下でミノタウロス族のグァドルフが立ち上がった。
「奴を倒しましょう! こんだけ仲間をやられて黙ってらんねぇですよ。あの山に行けば、また現れるはずだ。戦士たる者、仇を討つべきです!」
ガルズが窘めようとするのを、レイドは手で制した。鼻息を荒くするグァドルフと、まっすぐ目を合わせる。
「グァドルフ、お前の気持ちはよくわかる。状況が悪かったとは言え、尻尾を巻いて逃げた自分を情けないと思うよ。恥ですらある。でも、今は下手に動くべきではないんだ。敵の規模も、能力も……何もかも情報が足りな過ぎる」
レイドはテーブルの上で足を組み直し、他の魔物にも視線をやりながら話した。
「奴はアンドロメダ銀河の連合と名乗っていた。額面通り受け取るとしたら、複数の惑星の知的生命体が、ある程度秩序立って徒党を組んでいることになる。宇宙規模の勢力だとしたら、かなりデカい組織だ。最悪、私たち魔王軍より巨大である可能性すらある」
「な……っ」
グァドルフが青ざめ、他の魔物たちもざわめいた。宇宙を知らない彼らには想像が難しい。無理も無いことだった。しかし状況はこちらの理解を待ってはくれない。夜空に浮かぶ全ての恒星に地球のような惑星があり、そこに住んでいるエイリアンが全て敵かもしれない。レイドたちが直面しているのは、そんな途方も無い窮地なのだ。
「現状でわかっているのは、エイリアンは今の私たちと同じように、人間に隠れて過ごしているということ。少なくとも一般人に存在が周知されている様子は無い。惑星保護官という名称から、地球を守る役割を負っていること。私たちを敵性存在と見なして攻撃したのはおそらくそのためだ。そして十中八九、今も私たちのことを捜し出し、排除しようとしていること。たったこれだけだ。しかも、これらは全部推測の域を出ない」
黒緑神社の戦闘から数時間が経ったが、まだレイドたちの潜伏場所はバレていないようだった。ガルズたちがあのエイリアンに見つかったのが偶然なのか、何らかの原因があるのかは充分憂慮に値した。現在地が特定されていないということは、少なくとも捜索においてエイリアンは万能ではないと言える。
相手は全くの未知の存在だ。どんな些細であろうと全ての可能性を考慮し、一つずつ潰して行かねばならない。
「レイド様、よろしいですか」
ヴェスが発言の許可を求める。レイドは了承した。
「今のままでは、また二日後にあの山に次の部隊が到着してしまいます。一度魔界へ戻り、状況を報せるべきかと」
レイドは頷いた。
「そうだね、報告は必須だ。でもやっぱり情報が少な過ぎる。正確な情報が無いと、お父様も侵攻作戦の可否を判断できない。エイリアンについてもっと知りたい」
グァドルフが前のめりになった。
「やはり、戦いますか。あの山に誘き出して……」
「いや、あの山は危険だ。グァドルフの言う通り、エイリアンはきっとあの山を張ってる。最悪、罠を仕掛けて待ち構えているかもしれない。相手のテリトリーに進んで踏み込むのは得策とは言えないな」
魔物たちが揃って頭を悩ませる。考えることを放棄したジェイなんかは、返って呑気な顔をしていた。未知ほど厄介なものは無く、レイドたちは追い込まれているのかどうかすらも自覚できない状況にあった。
レイドは元気づけるように明るい口調で言った。
「ただ、エイリアンもこっち側の情報は全く掴んでいないはずだからね、及び腰なのはお互い様だ」
レイドの隣に立っていたルラウが、一歩身を寄せて尋ねた。
「何か考えがお有りですか? レイド様」
「うん。考えと言うか、状況が状況だから出来ることが限られてるんだけど……今度は、奴に先手を打ちたい」
ちらっとグァドルフの方に目をやり、レイドは言った。
「やられてばかりじゃ居られないからね。今度はこっちから仕掛ける」
テーブルから降りて、レイドは仲間の顔を見回した。
「あのエイリアンを捕まえる」
ガルズがピクッと反応した。彼の部下も、揃って険しい顔つきになった。レイドは続けた。
「隠れて暮らしているのか、人間のふりをして過ごしているかはわからないけど……今度はこっちからあのエイリアンを見つけ出し、捕らえる。地球にどれくらいのエイリアンが居るのか、宇宙にもまだ仲間が居るのか……奴に連合とやらの情報を吐かせる」
マースが得心したように呟く。
「隠密作戦というわけですな?」
「うん。理想は敵に気取られず、戦わずに捕獲すること」
ガルズが野太い声を上げた。
「隊長殿、我々にやらせて下さい」
ガルズと、彼とともにゲートを抜けてこの世界に来た部下がレイドの前に並んで跪いた。
「我々は奴の姿を直接目にしました。あの姿は忘れもしません。我々にやらせて下さい。二度と同じ轍は踏みませぬ。隠密任務だろうと何だろうと、この闘志と殺意を堪えて完遂してみせましょう。我らにどうか、雪辱を晴らす機会を……!」
「お願い致します!」
「隊長殿……!」
頭を下げる彼らからは、まだ血の臭いがした。奴の光線に無残に撃ち抜かれた仲間の血だ。
「……」
目の前で仲間を蹂躙された彼らの無念さは、想像に難くない。戦士である以上、戦場で死ぬのは当然だ。だが仲間を殺した敵を見過ごすことは許されない。悪辣な魔王軍にも、誇りはあった。むしろそれが彼らに残された最後の誇りとさえ言えた。
戦士であること。何者にも屈さないことが、魔王軍の矜持だ。
苦汁を飲まされたガルズたちは、今日遭遇したあのエイリアンにだけは、どんな形であれ一矢報いなければならないのだ。
彼らの決意を無下にするような侮辱は、魔王の娘であるレイドにも許されなかった。
「……わかった。お前たちに託そう。」
彼らの意志に応え、レイドもまた毅然と命じた。
「相手が相手だ、状況によっては戦闘もやむを得ない。生け捕りが無理なら最悪、死体でもいい。とにかく少しでも情報を持ち帰ること。心してかかれ」
ガルズたちは深々と、床に頭や角が当たりそうなほどこうべを垂れた。
「承知……ッ!」
方針と言えるほど確固たるものではないが、まずやるべきことは決まった。レイドは部下たちに言った。
「よし。エイリアンの捕獲はガルズたちに任せる。私たちは引き続き、根城の確保と人間界の調査を続行する」
レイドはヴェスに目を向けた。
「ヴェス、ゲートを開ける準備をしておいて。エイリアンを捕獲できてもできなくても、明日中には報告に行きたい」
「ええ。承知しました」
レイドは虚空を見つめ、そこに黒緑神社で対峙したエイリアンの顔を思い描いた。全身金属のエイリアン。レイドの絶対防御を破るほどの攻撃力を持つ、あんな化け物が何体も居たのでは手強いどころではない。しかし、グァドルフの言う通りだ。やられてばかりではいられない。
奴が未知であると同時に、奴にとってもこちらは未知であるはずなのだ。ならば、エイリアンだという事実を掴んでいるこちらの方がまだ有利と言えた。取るに足らない些細な差かもしれなかったが、それさえも今は気休めになった。
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