第10話 解析
ゲームセンター紅蝶
市内の最も大きなショッピングモールの道路を隔てた向かいにあるにもかかわらず、ゲームセンター紅蝶は今日も盛況だった。ショッピングモール内のゲームコーナーを凌駕するバラエティ豊かなゲーム機の数々は地元のゲーマーに長年愛され続け、人気グッズからどの層を狙っているのかわからないマニアックな物まで、クレーンゲームの品揃えも過剰なほど充実しているためである。
店内は学生や仕事帰りのサラリーマンで賑わっていた。特に人気があるのはオンライン対戦ゲームとリズムゲームのコーナーで、客の中にはプレイに加わることなく赤の他人が奮闘する様を眺めているだけの者も居る。プレイヤーの腕が良いほどに観客も増え、筐体の周りがちょっとしたお祭り騒ぎになるのも日常茶飯事だった。
蜂尾は入ってすぐにあるクレーンゲームのコーナーを通り抜けた。ケースの中にエイリアンがモチーフのヘンテコなぬいぐるみの景品があるのを見かけ、くすりとした。奇しくも知り合いのエイリアンとよく似ていた。
クレーンゲームのコーナーを抜けた先にあるトイレに向かう。蜂尾は女子トイレの一番奥の個室に入り、壁を手で探った。ここには滅多に来ないので隠し扉の位置を忘れがちだ。
(あった)
一枚のタイルを押し込むとひっくり返り、タッチパネルになった。パスワードを入力すると壁が奥にずれてから横にスライドし、地下に続く階段が開いた。そう長くはない階段を降りると、青白い光を漏らす部屋が見えてきた。
「お前が来るとは珍しいな」
蜂尾が部屋に入る前に、室内から低い声が言った。もちろん、地球の言語ではない。蜂尾はその声と同じ言語で返した。
「通信で話した通り、異常事態だ」
「そのようだな」
部屋の中には大量のアーケードゲームの筐体が並んでいた。どれも型が古く廃品同然の代物ばかりだったが、その全ての画面が点灯し照明の無い室内を照らしていた。一見物置のようでもあるこの部屋はスタッフルームの真下にあるが、存在を知っているのはこのゲームセンター紅蝶の店長のみである。
筐体の間の狭い通路を歩いて部屋の中心に向かうと、筐体に囲まれた回転椅子に座る中年の男がいた。店の制服を着た彼こそがゲームセンター紅蝶の店長であり、シナプス星出身の惑星保護官、コードネーム
「解析を頼みたい」
「いいだろう」
土方は自分の頭を両手で挟むと、左右に捻って持ち上げ首から上を丸ごと取り外した。断面から垂れたのは血ではなく無数のケーブルだった。土方は生首を近くの筐体の上に置いた。
胴の断面から空気の漏れる音がし、土方の本当の頭部がずるりと飛び出した。頭部のほとんどが肌色で構成されており、口からは海老のような髭が生え、黒目しかない眼球は三対、耳にあたる孔は二対。何より特徴的なのは巨大な頭である。皮膚や頭蓋が無く、完全に露出した四つの脳は十字型に連結している。体内に隠していた巨大な頭が排出された分、土方の肩幅は萎んでいた。
「データを」
蜂尾は口に手を入れて奥歯を一本抜き取り、土方に差し出した。土方は受け取った歯を検めると、手近にある筐体のコイン投入口を剥がして現れた奇妙な形状のポートに差し込んだ。蜂尾の歯は歯根が端子になっており、ポートの規格にぴったり合致した。
筐体の画面がゲームから切り替わり、奇怪な文字列を映した。土方はスティックとボタンで画面を操作し、蜂尾の歯からデータを読み込んだ。筐体の中身がゲーム機でないことは、もはや言うまでもない。
データを読み込んでいる間に、土方はコイン投入口にある別のポートにケーブルを繋ぎ、もう一方の端子を自分の脳に直接差し込んだ。手前と左右の三つの脳に一本ずつケーブルを接続すると、土方はスティックとボタンから手を離した。瞼が無いため土方は目を閉じることはできないが、俯いた彼は筐体の画面からも目を離していた。
画面にいくつかのウィンドウが開く。凄まじい速さで文字が入力され、目まぐるしく画面が変わる。開いたウィンドウの一つには、黒緑山で蜂尾が見た出来事が映像記録となって再生されていた。
「ほう……これはこれは」
髭を蠢かせて土方は言った。
「彼らの発する言語をあらゆる解読文にかけてみたが、皆目わからん」
「一文字もわからないのか?」
「一文字もわからん。言語には共通の出自があるものだが、それが見つからないということはつまり、こいつらは俺たちの把握しているどの文明にも属していないということだ」
蜂尾は腕を組み、近くの筐体に腰かけた。
「黒森に死体を解剖してもらっている。何かわかるといいが……お前から見て、連中が使う謎のエネルギーの正体は何だと思う?」
「似た力を持つエイリアンなら知っている。体から発電したり、サイコキネシスを使ったりな。だがそれらは身体機能として理屈が通る。地球でいう電気ウナギのようにな」
二つのウィンドウに雷を発する巨漢と、蜂尾の光線を念力で受け止めた少女が映った。
「ところがお前が戦ったこいつらは……そういった生理的根拠が見受けられない。解剖結果次第だが、ほぼ間違いなく身体機能とは別の作用でエネルギーを生み出している」
「黒森が言うには、全身の細胞に未知のエネルギーが内包されているらしい。これを踏まえてお前なりに説明できるか?」
土方は肩を揺らして笑った。
「できないね。エネルギーがあってもそれを利用する機関なり器官なりが無ければ意味が無い。エネルギーを彼らのように雷や念力に変換するプロセスに、筋の通った理論が見つけられん、現状はね。テレポートなんかはもっとわからん、どんな原理でジャンプしているんだこれは? ……まるで魔法だな」
「……」
アンドロメダ銀河大連合の力を以てしてでも解き明かせないとしたら、あの連中は蜂尾たちよりも高度なテクノロジーを有していることになる。蜂尾は画面に映る彼らを改めて観察した。服装も武器も、それほど文明が発達しているようには見えない。システムを極限まで単純化した結果の武装なのか。だとすると、蜂尾の襲撃にほとんど対応できていなかったのは何故だ。あんな粗末な杖でテレポートできる連中が、何故レーダーの一つも用意していないのだ。
土方が追加のケーブルを脳に差し、別の筐体と繋いだ。
「逃げた奴らは?」
「行方不明だ。目立つのを避ける素振りがあった。どこかに身を潜めているんだろう」
「まあ、こんな見た目の奴らが街中に居たらとっくにニュースになっているもんな。ネットも見てみよう」
別の筐体の画面に、世界中の様々なインターネット掲示板やSNSが表示されては消える。そこには特定の条件を揃えなければ入れない深層のウェブページも含まれている。
「目撃情報は……今のところ無いな。彼らが目立ちたがらないのは不幸中の幸いだ。俺たちにとっても都合が良い」
「人相を監視システムに登録しておいてくれ」
「もちろん」
監視衛星に加え、地球人が街中に設置している防犯カメラ等の映像もネットを通じて入手し、土方が統括している監視システムに組み込まれている。登録した人相と似た人物が映れば即座に監視システムが適合率を割り出し、土方に通報する。彼らがカメラのある場所をのこのこと歩くとは考えにくいが、仮に東京都内に居るとしたら、防犯カメラの多さからして見つかるのは時間の問題だ。
この優れた監視システムがあるため、蜂尾は彼らの所在については焦りを感じていなかった。それよりも正体に見当さえ付けられないことの方が、遥かに深刻な問題だった。
「知り合いの保護官に語学に詳しい奴が居る。イギリスに居る奴なんだけど、そいつに彼らの言語が解読できないか、頼んでみるよ」
「助かる」
ケーブルを差した土方の脳の血管がひくついている。彼は手探りで椅子の下にある箱から数十本のケーブルを引っ張り出し、脳と接続する筐体を増やしていった。手前の脳に一気に三本のケーブルを差しながら、土方は話した。
「今のレーダーで奴らの未知のエネルギーを探知できるのは、ワープゲートが開いた時のみだ。おそらく膨大なエネルギーを使っているからだろう。全ての個体がこのエネルギーを宿しているのだとしたら、もっと精度の高いレーダーがあれば、容易に彼らの居場所を特定できるかもしれない。専用のレーダーを造れないか、試してみるよ。もっとも、ろくに解析できていないから、精度の底は知れてる。あまり期待はしないでくれ」
「手掛かりになるなら何でもいい。連中がいつまで大人しくしているかもわからないからな」
「そうだな。いつぞやのように街ごと吹き飛ばして証拠隠滅するような事態は避けたいもんな」
蜂尾は画面に映る白髪の少女を見た。日本語を発した個体。彼女は蜂尾がエイリアンであることに驚いていた。連合を上回る高度なテクノロジーを持つのだとしたら、エイリアンの存在くらい把握していて当然だ。しかし、この違和感は何だ。
「土方、この個体が発した日本語に地域的な特徴が無いか調べてくれ」
「と言うと?」
「どこで、あるいは誰から、何から日本語を習得したか突き止めて欲しい。訛りとか発音とか」
「なるほどな、いいだろう」
「どんな些細な情報でもいい。こいつらのことを、私たちは知らなくてはならない」
そもそも奴らはどこから来た? データベースに無い存在ということは外宇宙よりさらに遠い場所から飛んで来たと考えるべきだが、それほど遠くからテレポートするのは容易なことではない。彼らの芸当は摩訶不思議な……科学で説明できない領域に足を踏み入れている気さえする。
「魔法……か」
何気なく呟いた後、蜂尾は凍りついた。今や何十本ものケーブルを脳から垂らして大量の筐体を操る土方が、蜂尾が黙りこくっていることに気付いた。
「蜂尾? どうした」
「……」
驚愕に目を剥いていた蜂尾の顔が、徐々に敵意のそれへと変わっていった。顔の前で手を振る土方などまるで目に入らず、蜂尾は筐体の画面に映る少女を睨みつけた。
「魔法……」
「?」
低い声で蜂尾は呟いた。
「まさか……」
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