第8話 惑星保護官

「あ、お巡りさん。ねえねえちょっと」

「ん? どうしました?」

「さっき消防車が走っててね。隣の山田さんが山で煙が上がってたって言ってたのよ」

「ああ、そのことですか」

「山火事かしら。大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫ですよ。僕もさっき行きましたけどね、煙草の不始末でしたよ」

「あらそうだったの?」

「どこの誰だか知りませんけどね。最近は不良も寄り付かなくなってたのに」

「やぁねぇ、森に燃え移ったら大変じゃない」

「本当、参っちゃいますよ。消防の人にも迷惑かけちゃいましたし」

「大事じゃなくて良かったわぁ」

「全くです。暫くは僕も見回りますんで、安心して下さい」



 陽が傾き始めていた。木々の間から夕陽が差し込む黒緑神社の境内に、五十人ものエイリアンが集まっていた。彼らは惑星保護官の中でも痕跡の抹消を専門とするチームであり、蜂尾たち惑星保護官は敬意の念も込めてクリーン星人と呼んでいた。

 クリーン星人は平均身長二メートル、八つ腕の二足歩行、深緑の体表はゴムのような弾性に富む。人間でいう頭部にあたる部分は無く、胸から背中にかけて大きく開閉する口を持つ。体内にある優れた聴覚器官は鼓膜などを要することなく音を聴き取り、自在に動く細長い尻尾に眼球が一つ付いていた。

 彼らは死体の回収作業と破損した社殿や鳥居、森の補修作業に従事していた。該当するエリアは偽造ホログラムに覆われ、傍からは普段の誰も居ない廃神社しか見えない。

「日が暮れる前に片付けるぞー」

「う~す」

 指示を飛ばしていたクリーン星人の一人が、境内の端で作業を眺めていた蜂尾の元まで歩いて来た。彼らの呼吸器は地球の大気に適しておらず、巨大な口をマスクで覆っているため声はややくぐもっていた。

「なんとか夜までには終わりそうです」

 クリーン星人のリーダーである彼は、コードネームを南田といった。蜂尾は腕を組んだまま頷いた。

「そうか、何より」

 蜂尾は倒壊した本殿に目をやった。老朽化もあり再建が不可能なほど壊れていたため、クリーン星人は瓦礫を全て撤去して一からレプリカを建造していた。投影した倒壊前の本殿のホログラムに合わせて特殊な粘土で整形し、レーザー塗料で着色していく。鳥居も使える場所だけを残し、同様に補修していた。

「悪いな、あそこに突っ込んだのは私なんだ」

「いえいえ、あの程度なら易いもんです」

 南田はマスクをもごもごさせ、明るい調子で話した。

「実弾を使わないでくれて助かりましたよ。クリーヴ弾くらいなら回収が楽ですけどね、他の弾じゃそうはいかない。M31CE弾なら弾を取り出さず弾痕を埋めるだけで済みますからな」

「木も何本か燃えてしまったな」

「ご心配なさらず。木は山のどっかから引っこ抜いて来て自然な感じで植えておきますよ」

「未知のエネルギーの残滓はどうだ。何か影響が残るか?」

「何とも言えませんな。我々の観測できる範囲では悪影響は無さそうですが……直接浴びた蜂尾さんはご無事で?」

 南田の尻尾の眼球が蜂尾の前でぎょろぎょろと動く。

「今のところはな」

「経過観察ですね。定期的に計測を行いますよ。成分を分析して、何かわかればお報せします」

「頼んだ。死体は全て戸科下市立病院に運んでくれ」

「黒森さんの所ですね。わかりました」

「私は死体と一緒に行くが、後は任せていいか?」

「もちろん。こういう時しか私らの仕事は有りませんのでね、しっかりやっておきますよ」

 尻尾でぺこりと一礼し、南田は死体を回収している作業員の元へ向かった。

「蜂尾さん」

 声のした方を向く。鳥居の下に制服警官が立っていた。見た目は人間の中年男性だが、中身は人の皮を被ったエイリアンであり、惑星保護官だ。

 鳥居の補修作業をしているクリーン星人が彼の近くを通りかかる。

「ちょっとどけて貰えますー?」

「あ、すみません」

 警官は駆け足で蜂尾の元まで来た。彼のコードネームは貝津。同じ名前の戸籍を持ち、正真正銘の警察官として勤めてもいる。

「お疲れ様です。消防署等、話を付けておきました。周辺住民にも問題はありません。消防署の職員には一部、記憶操作を施しました」

 貝津は警官業務の癖で敬礼した。

「ご苦労。記憶操作した人間は最低一週間、観察しろ。異変があれば再操作を。改善しなければ処分していい」

「了解しました」

「ここは暫く立ち入り禁止にしろ。他の警官は極力立ち寄らせるな、また奴らが来るかもしれない。私はもう行くから。南田たちの邪魔をするなよ」

「了解しました」

 蜂尾は大量の死体を積載したクリーン星人の飛行車に同乗した。無音で上昇した飛行車は光学迷彩で姿を隠すと、街へ向かって飛び去った。



 戸科下市立病院


 黒森くろもり郁美いくみは三つの携帯端末を所持している。一つはプライベート用、一つは仕事用、最後の一つは“本業”用だった。その端末だけは他の二つと異なる機種で、何なら形状も似ても似つかず、一般的に眼鏡と呼称される形を成していた。

 着信を受け、黒森は廊下で立ち止まった。眼鏡のレンズに表示されたメッセージに目を通す。目の動きに合わせてスクロールされる依頼内容に、彼女は驚いた。未確認生命体の解剖、それも一挙に約九十体分である。

(うへぇ。これ明日までに終わら……ないよなぁ~)

 背後から気配を感じ、黒森は眼鏡のディスプレイを閉じた。閉じずとも外からディスプレイの内容を見られることは無かったが、単に視界の邪魔になるのだ。

「あの、黒森先生?」

 廊下に棒立ちしていた黒森に、看護師が心配そうに声をかけた。

「どうしました?」

「ううん、何でもないですよ」

 黒森は笑顔で振り向いた。

「ちょっと考え事しててね」

「本当ですか? 最近働き詰めですし、少し休んだ方が……」

「気にしないで、見ての通り仕事が恋人な女だから。家帰っても暇なんですよ」

「はあ」

 黒森が手入れ不足の髪や薄い化粧を自虐すると、看護師たちは決まって絡みづらそうな顔をした。百八十センチ近い高身長も相まって男性のような威圧感を与えるらしく、女の医師仲間ともさほど仲良しではない。地球人との距離感は付かず離れずが理想であるため、黒森の印象操作は上手くいっていた。

「で、何か?」

「三〇八号室の門井さんなんですが」

「うんうん」

 再び着信。黒森は看護師の話を聞きながらメッセージを開き、さっと目を通した。メッセージには「三十分後に到着」とあった。

「じゃあ、後で病室に行きますね」

「お願いします」

「はいはーい」

 看護師と別れると、黒森は腕時計を見てやれやれと肩をすくめた。近頃は副業の方が本業より遥かに忙しく、エイリアンであることを忘れてしまいそうだった。とにかく、一旦仕事を抜け出す口実を考えなければ。

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