第7話 邂逅の未知
「何!?」
蜂尾は大量の光線をまともに浴び、派手な煙を上げて本殿に墜落した。
落下の衝撃で強い地響きが起こる。蜂尾が突き破った本殿の屋根の穴から、もくもくと煙が上がった。
ガルズは唖然としてレイドを仰いだ。
「隊長殿……」
レイドは素早くガルズの前に降り立ち、境内に散らばる部下の肉片や臓物を一瞥した。
「遅れてごめん。状況は……だいたいわかった」
「申し訳ありません。このガルズが付いていながらなす術も無く……」
レイドはガルズの脛をさすった。本当なら肩に手を置いてやりたいところだが、五メートルもあるガルズが相手では無理な話だった。
「反省は後だ。少し目立ち過ぎてる。人間が来る前にこの場を去ろう」
杖に跨いで空を飛ぶヴェスが、一足遅れて到着した。惨状を見て絶句するヴェスに、レイドは早口で指示した。
「ヴェス、人間に見つかるとまずい。死体も全部、アジトに転移させよう」
「わ、わかりました」
「ルァカス、生存者を――」
本殿の中で赤い閃光が煌めくのを、レイドは視界の隅に捉えた。
「第六武器庫開錠。M31CE大砲、展開」
ゾッと寒気が走る。レイドはガルズを押し退けて社殿の前に立ちはだかり、両手を突き出した。レイドの腕に、盾を模した禍々しい紋様が浮かび上がる。
「伏せろッ!」
本殿の戸と賽銭箱が消し飛ぶ。
「『M31CE極大スピア弾』ッ!」
全身を呑み込んで余りある、直径二メートルを超える巨大な光線が本殿から放たれた。レイドは念力魔法で光線を受け止めようとしたが――彼女は生まれて初めて、念力越しに“圧される”という感覚を味わった。
(止め切れないッ!?)
光線はレイドの念力魔法の壁を破り、彼女の頭のすぐ上を突き抜けて行った。光線が掠った前髪が微かに焦げ、レイドは凍りついた。
(嘘、でしょ……?)
念力魔法で辛うじて弾道を逸らすことができたものの、あと数センチでもずれていたらレイドも、その後ろにいるガルズたちも消滅していただろう。
(今の……聖騎士団団長の最大魔法より……強かったけど……!?)
レイドの念力魔法の最大の利点は、あらゆる物体を操る自在さではなく、その硬さにある。見えない手で全てを受け止める絶対防御。魔界で繰り広げた先の戦争ですら、それが破られたことは一度たりとも無かった。
それが、こんなにも容易に。たった一発の光線で貫かれた。
その事実はレイド本人のみならず、衝撃の瞬間を目撃したガルズやヴェスたちを慄かせた。
木材が砕ける悲鳴を上げ、本殿が倒壊した。レイドが固唾を呑んで見守っていると、瓦礫の一部が盛り上がり、翼を持つ人影が現れた。
「ヴェス……死体はいい。生きてる仲間を連れて、今すぐ転移して」
粉塵が舞うなか、赤く光る三つの目がこちらを向いた。瓦礫を踏みつけてこちらへ歩いて来る影を注視しつつ、レイドは言った。
「私もすぐ後で離脱する」
「お待ち下さい、隊長殿。そいつは危険です!」
ガルズが言った。
「殿は俺が!」
「今は戦うことが目的じゃない。使命を忘れるな」
レイドは鋭く返した。
「今は逃げるのが得策だ。敵が何者かわからない現状で、無闇にこちらの情報を与えるな。頼む、ガルズ副隊長」
「……!」
ガルズは歯ぎしりして粉塵の中に居る人影を睨んだが、すぐに冷静さを取り戻した。
「承知しました」
ガルズとその部下たちは急いで負傷した戦士を回収し、ヴェスの周りに集まった。粉塵から先ほどより遥かに口径の細い光線が数発放たれたが、レイドが念力で全て防いだ。生存者の回収が済むと、ヴェスが杖を振り上げて魔力を発した。稲妻の輪がガルズたちを包み込んだ。
「ご無事で、レイド様」
ヴェスの言葉に、レイドは前を見たまま頷いた。
「うん。後で」
転移魔法を発動し、稲妻の輪が激しく瞬く。光が止むと、ヴェスとガルズたちは跡形も無く消えていた。
粉塵から蜂尾が姿を現す。四挺のM31CE機関砲を破壊された彼女は再び右腕をM31CE砲に変形させていた。バイザーが割れ、三つの目を持つ金属質の素顔が露わとなっている。その顔には鼻や口などの孔は無かった。
蜂尾はレーダーで消えたガルズたちを捜した。黒緑山の山中には居なかった。姿を隠したのではなく、忽然とどこかへ消え去ったのだ。
(テレポート? 何のマシンも用いることなくこれほど短時間で? ……どの星のテクノロジーだ?)
当惑していたのは蜂尾だけではない。レイドもまた、状況を判断しかねていた。
(人間じゃ……ないよね。ロボット?)
人間のような特徴は散見するが、背中から生えた翼や腕に付いている砲身、顔など、明らかに生身ではない。ロボットか、サイボーグかと推理するのが適当だが、それにしてもありえない。前世のレイドが生きていた頃からたった二十年の間に、人類の科学技術がここまで進歩したとは思えない。どう考えてもオーバーテクノロジーだ。
(それとも、秘密兵器とか? 私が知らないだけで……例えばアメリカとかが、こういうロボットを造ってるとか?)
あれがガルズたちに攻撃していた理由は想像がつく。このロボットが人類の味方に属するのなら、人外の武装集団を発見してトラブルになるのは自明の理だ。問題はこのロボットの正体。仮に人類がこれほど強力な兵器を量産しているとしたら、侵攻作戦は限り無く困難なものとなる。
蜂尾がM31CE砲をレイドに向け、光線を撃った。
「チッ!」
レイドは腕に浮かんだ剣の紋様に手をかざし、魔力で生成した剣を抜いた。一発目の光線を躱し、続く二発目と三発目を剣で叩き落とす。
「!」
M31CEをチャージしていた蜂尾が射撃を止めた。レイドに払われた光線が森に飛べば、火事が広がってしまう。既に煙を見た住人が通報していてもおかしくない。光線は控えるべきか。
(実弾に切り替えるか……)
蜂尾はM31CE砲を格納し、地球の銃火器を参考に形成したガトリング砲を展開した。
「地球型ガトリング砲、展開」
M31CEと異なり痕跡が残るうえ、銃声の大きな実弾兵器の使用は好ましくない。しかもここは日本だ、銃声と勘付かれたら大変な騒ぎになる。精々花火程度の銃声に威力を抑えたいところだが、なかなかどうして手加減できるほど易い相手ではない。
(……どう殺してやろうか)
蜂尾はレイドにロックオンし、ガトリング砲に弾薬を装填した。レイドが剣を持っていない方の手を蜂尾に向かって突き出した。
「!」
蜂尾がガトリング砲を向けると、レイドが声を張り上げた。
「待て!」
「!?」
どうやらその手に攻撃の意図は無いらしく、ただ掌を広げただけだった。それよりも蜂尾が虚を突かれたのは、レイドが日本語を発したことだった。
(今……日本語を……?)
レイドは人間に似ているが、目や肌の色、奇怪な能力からして地球の住人でないことは明白だった。
(偶然か? それにしては……)
蜂尾の動きが止まった。レイドの読みは当たっていた。
(よし、言葉が通じる)
このロボットが人類側に属しているのなら、人間の言葉がわかるかもしれない。英語の方がいいかと考えたが、日本に居るなら日本語が通じてもおかしくないと読んだのだ。
「……お前は何者だ」
剣を握り、いつ蜂尾が攻撃を再開してもいいよう備えつつ、レイドは問いかけた。緊張の汗が頬を伝う感触がした。
「人間でないことはわかる。ロボットか? お前は……いったい何なんだ」
口に出してから、こんな質問に律儀に答えてくれるかと疑問に思ったが、多少なりとも対話の余地があることにレイドは賭けた。今は少しでも情報が欲しいのだ。返答せず攻撃して来たとしても、やはり対話はできないという事実を確認できる。
「……」
蜂尾はレイドをまじまじと観察した。彼女の無機質な丸い三つのレンズ型の目は、レイドの肢体をスキャンして背丈と体重を算出し、その構成細胞を予測した。連合のデータベースに照会しなければ確証は持てないが、おそらく蜂尾の知るどの異星人にも該当しない生物だった。
(……流暢だな)
先程までは解読不可能な言語で話していたはずだ。あれが奴らの母語だとして、一昨日ここに出現してから僅か三日足らずで日本語をマスターしたとでも言うのだろうか。発音も言い回しもあまりに自然過ぎる。
(殺すか……いや、その前に……)
無許可で地球の大地を踏んでいる以上、予告無しで抹殺して然るべきだが、全く未知の存在である点は考慮に値した。会話が出来るならば、正体を吐かせられるかもしれない。
何よりも、蜂尾は地球外の存在に対して堂々と身分を明かせる立場にあった。宇宙管理法の枠内でレイドは言い訳のしようがない犯罪者であり、この場の正義は蜂尾に在る。
レイドの顎から汗が伝い落ちた。
(やっぱり駄目か……?)
沈黙に耐えかねたレイドが諦めようとしたその時、蜂尾が言った。
「アンドロメダ銀河大連合直属第八連合宇宙軍。地球担当の惑星保護官だ」
「……え」
淡々と吐かれた予期せぬ言葉の羅列に、レイドは目を剥いた。
「アンドロメダ……惑星……保護官……?」
即座に頭が追いつけなかった。しかし蜂尾が明かした身分を頭の中で慎重に読み上げると、腑に落ちている自分が居た。
(アンドロメダ銀河って……あの宇宙の……地球担当って言った? じゃあ、こいつは……)
堪らず、レイドは口に出していた。
「宇宙人、なの……?」
「……?」
蜂尾は違和感を覚えた。
(どの口が言っている……その表現は地球人の解釈だろ。まるで自分が地球人かのような……異星人を初めて見たかのような反応だな)
レイドはわかりやすく狼狽していた。レイドの一挙手一投足を録画していた蜂尾の目は、表情筋と感情の連動が人間と類似することを読み取った。
(高度な知能に豊かな感情……組織立っていることからも一定の文明レベルに属しているようだ)
今度は蜂尾が訊く番だった。
「お前たちの侵入行為は惑星保護法に抵触している。私にはお前たちを排除する権利と義務がある。所属する星と身分を提示しろ。即刻武装を解除し、正体を明かせ」
「……えっと」
「逃がした仲間も連れ戻せ」
「ちょ、っと……ま、待ってもらっても……」
「待たない」
蜂尾は一歩詰め寄り、参道に散乱している魔物の肉片を踏みつけた。
「従わなければ、惑星保護法に基づき排除する」
「……」
レイドは震える手で顔を覆った。
キャパオーバーだ。
人間界で宇宙人と遭遇するなんて、想定外どころの話じゃない。真偽も含めて考えなければならない要素が、あまりに……あまりに多過ぎる。
(マっ……ジで……どうすれば……)
このロボットのような生き物? が宇宙人だと言うならあらゆる疑問に納得がいく。納得はいくが、理解がまるで追いつかない。
「あ……え、あっ……え、っと……」
考える時間が欲しい。即断できるような事態ではない。なのに――
「答えろ。お前たちは何者だ」
もう、時間は、宇宙人は待ってくれない。
「わ、私、たちは……」
魔王軍だ。
と、答えるわけにはいかない。
唯一、敵であるという事実だけは確証を得てしまったから。
「言えない……!」
蜂尾の目が赤く灯った。
「では排除する」
回転を始めようとした蜂尾のガトリング砲の砲身に、レイドが投げた剣が突き刺さった。砲身が詰まり発砲が中断される。
「ッ!」
左腕をガトリング砲に変形させようとする蜂尾に向かって、レイドが拳を突きつける。攻撃が来るかと思ったが、レイドが拳を向けていたのは蜂尾の足元にある魔物の死体だった。レイドが拳を開くと、死体が風船のように膨らんで破裂した。蜂尾の周囲にある死体が次々と破裂し、血飛沫が境内に充満した。
(煙幕か……!)
蜂尾は視界を索敵モードに切り替え、レイドの発するエネルギーを視覚的に映した。赤い霧の向こうを後退して行くシルエットが見えた。シルエットをガトリング砲で撃ち抜こうとした蜂尾の耳に、稲妻の音が聞こえた。
(あの巨漢と同じ電撃か!?)
シルエットから稲妻の形をしたエネルギーが発生している。稲妻は輪状になり、レイドを包んだ。蜂尾はハッとした。
(違う、これはさっきの――!)
蜂尾は翼からジェット噴射して赤い霧を突っ切り、レイドのシルエットにタックルした。一瞬だけ稲妻の輪に包まれたレイド姿が見え、目が合った。が、衝突する寸前に稲妻の輪が弾け、レイドは消失した。
「……ッ!」
蜂尾は鳥居を飛び抜け、宙で一回転してホバリングした。レーダーを発動したが、やはりレイドは見つからなかった。
「またテレポートか……!」
右腕のガトリング砲に刺さっていた剣がボロボロに崩れていく。破片を回収できないかと試みたが触れるほどに砕けてしまい、最後には観測できないほどの微粒子になり、完全に消滅した。
「……逃げられた」
結局、正体は掴めなかった。が、まだ手掛かりはある。映像と戦闘のデータ、そして境内に残された死体。こいつを調べれば何かわかるかもしれない。
しかし、その前にやることがある。蜂尾は両腕を散布機に変形させ、上空から森に消火剤を撒いた。
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