第6話 アサルト星人

 蜂尾景は索敵モードでターゲットの数を把握すると、瞬時に視界を射撃モードに切り替えた。

「ワープゲートより出現した未確認生命体、計百体確認。宇宙管理法に基づく信号、無し」

 黒緑神社目掛け、蜂尾は真っ逆さまに降下した。重力に加え、翼と脚のジェット噴射で速度を上げる。参道までの距離、二百メートル。

「惑星保護法に基づき、侵入者を排除する」

 黒緑神社の監視を始めてから三日。いつかまた現れるとは思っていたが、こうも早く再びワープゲートを開くとは。しかも今度は百体もの大所帯。無断で地球に足を踏み入れた時点で深刻な惑星保護法違反なうえ、剣や槍などかなり原始的ではあるものの、彼らのほぼ全員が武器を所持している。

 “危険”と判断するのに、これ以上の理由は無い。

「第二武器庫開錠。ターゲット捕捉」

 あと百メートル。六体の未確認生命体に狙いを定める。蜂尾の大腿部が長方形の切れ目に沿って展開し、左右三個ずつの発射口が露出する。

「クリーヴ弾、発射」

 ガルズは部下たちに向かって怒鳴った。

「避けろお前らぁ!」

 蜂尾の大腿部の発射口から、ピンポン玉ほどの大きさの球体が発射した。六つの方向にある小さな噴出口から火を噴いて軌道を調節し、蜂尾よりも速いスピードで降下したクリーヴ弾は、捕捉した六体の魔物を直撃した。

「ぎゃあ!」

「何だぁ!?」

「痛って!?」

 肩や背中、あるいは頭頂部から体内に侵入したクリーヴ弾はある一定の深さで停止すると、八本の杭を八方へ発射した。杭は魔物の体外へ飛び出し、周囲の魔物の体内に深々と突き刺さった。

「あ!?」

「何だこれ!?」

 杭はワイヤーでクリーヴ弾と繋がっていた。発射した直後にクリーヴ弾内のモーターが急速回転し、ワイヤーを巻き取った。杭の返しに捕えられた周囲の魔物は、体内にクリーヴ弾のある魔物にワイヤーごと引き寄せられた。

「うわぁ!?」

「なんだ引っ張んなよ!?」

「俺じゃねぇ!」

「誰かこれ取ってくれぇ!」

 ガルズは降下して来る蜂尾を睨んだ。

(何を撃った!? 何が起きてる!? 奴は……人間なのか!?)

 魔物の体内にあるクリーヴ弾の噴出口が角度を変える。クリーヴ弾が横向きに猛回転を始め、魔物たちを杭とワイヤーで引き裂いた。

 最初にクリーヴ弾を撃ち込まれた魔物は当然ながらバラバラに裂けた。杭を打ち込まれた魔物は内臓を引きずり出されるか、肉か皮膚を抉り取られるか、運悪く杭が首に刺さった者は断頭され、運が良く助かった者でも手足のいずれかを失った。

 境内に血飛沫と断末魔の嵐が巻き起こる。魔物を切り裂いてなおクリーヴ弾は回転を続け、血と臓物を巻き上げた。撃ち込まれた六発のクリーヴ弾により、一瞬にして五十体近くの魔物が命を落とした。

「馬鹿な……俺の部下たちを……!」

 突如として襲いかかった正体不明の攻撃にガルズは青ざめたが、彼は即座に驚愕を怒りへと変え、慌てふためく部下たちに喝を入れた。

「狼狽えるな!」

 ガルズは剣を抜き、蜂尾を指し示した。

「総員、戦闘態勢! 奴だ! 撃ち墜とせ!」

 隣に居た同胞が内臓を撒き散らして死んだことに、魔物たちは驚きこそすれ怯えることは無かった。常に暴力と死と、臓物と血飛沫と隣り合わせの生涯を送って来た彼らにとっては、同胞の断末魔でさえ聞き慣れたものだった。

 ガルズの怒号によって我に返ると、弓を持つ者や魔法を使える者は蜂尾を狙い撃とうとした。

「未知の言語を確認。音声記録開始」

 クリーヴ弾はそのサイズのため一回分のエネルギーしか無く、使い捨ての武器だ。体捌きからして彼らは戦闘のプロだ、不意打ち以外で弾速の遅いクリーヴ弾を撃ち込むのは難しいだろう。蜂尾は大腿部の発射口を格納した。

「M31CE砲、展開」

 蜂尾の右前腕の皮膚に無数の切れ目が走り、バラバラに開くや、元の腕の倍はある砲身に変形を遂げた。

 地上まで五十メートル。

「ターゲット捕捉」

 蜂尾は矢や杖などで攻撃を試みる魔物十体に照準を合わせ、右腕の砲身を構えた。

「M31CEブランチ弾、発射」

 砲口から十本の赤い光線が放たれ、弓や杖を構えた魔物の頭を撃ち抜いた。光線は一切の抵抗無く魔物の頭蓋に穴を空け、その背後に居た別の魔物をも貫通し、地面に吸い込まれた。

 光線に撃ち抜かれた魔物が次々と倒れる。蜂尾は参道の二十メートル上空で体を反転し、ジェット噴射を抑制した。ホバリングしながら、蜂尾はまだ生きている魔物を数えた。

「ターゲットは残り――」

 爆音が轟き、鳥居が吹き飛んだ。蜂尾が振り向くと、ガルズが飛びかかって来ていた。頭上に掲げた剣を、力任せに振り下ろす。

(何!?)

 蜂尾は肩の噴出口から前方へジェット噴射し、素早く後退した。剣を空振りしたガルズは、激しい殺意を滾らせた目で蜂尾を睨みつけると、地上へ落ちていった。

(あいつ、どうやってここまで跳んで来た?)

 蜂尾は爆音の発生源、ガルズが跳んで来た方を見た。鳥居の下の階段がクレーターのように陥没していた。

(ただの跳躍だと? 二十メートルも跳んだのか? いったいどんな身体能力だ)

 バチバチと、電気が走るような音がした。蜂尾は目を見張った。

 電気のような、ではなかった。落下するガルズの剣に、まさしく電流が走っていた。電流は激しさを増し、瞬く間に雷と呼べるほどに増幅した。

「未知の……エネルギー反応……!?」

 ガルズは空中で器用に体を捻り、雷を纏った剣を蜂尾目掛けて振り抜いた。

「魔王軍式魔法『雷霆の断頭ムーン・ケラウノス』!」

「M31CEスピア弾、発射!」

 蜂尾がM31CE砲から放った鋭利な光線と、ガルズが剣から放った三日月型の雷が激突した。

 光線と雷が爆ぜ、近距離で衝撃波を浴びた蜂尾とガルズはそれぞれ空と地上へ吹き飛ばされた。蜂尾は全身のジェット噴射を利用してすぐさま体勢を立て直し、ガルズは常識を逸脱する反射神経と身体能力で参道に着地した。

 蜂尾とガルズは、互いに戦慄していた。

(M31CE砲を相殺しただと? あんな武器から放った攻撃で?)

「あの野郎、俺の『雷霆の断頭ムーン・ケラウノス』を打ち消しやがった……!?」

 相殺した光線と雷の余波が一帯の森に降り注ぎ、神社の周りに火災が起きつつあった。蜂尾は顔をしかめた。

(山火事が広がるとまずいな。早く鎮火しなければ……しかし)

 蜂尾は視界の一部をズームし、ガルズを見た。ガルズもこちらを凝視していた。

(騒音を立てずに倒すには……あの個体は手強いな)

 他の魔物もかなりの手練れだが、あの五メートルの巨漢は一線を画す。数万年の長きに渡り、アンドロメダ銀河のあらゆる星で戦闘経験を積んだ蜂尾にはわかる。単純なフィジカルや未知のエネルギーだけではない。ガルズには、戦士としての覚悟と矜持に裏付けられた、執念じみた強さがある。

 蜂尾は煙を上げる木々を見た。どんどん燃え広がる。境内に目をやる。ガルズの他の魔物たちも未知のエネルギーを発して攻撃準備をしていた。剣に炎を纏う者や、信じ難いことに無から水を生成している者。いったい何なのだあいつらは。そんな高度なテクノロジーのマシンを装備しているようには見えないが、どうやって火や水や雷を発生させているというのだ。

(……火事が広がってしまう。時間が無いな)

 まず、地上に降りるのが危険だということだけは確信が持てる。ガルズのフィジカルは脅威だ。他の魔物も同程度のフィジカルを有するとしたら、地上に降りた途端に袋叩きにされる。

「……」

 燃える木から黒煙が上がり始めた。まだ薄いが、徐々に濃くなれば街から目撃されてしまう。

「……」

 ガルズは部下たちに呼びかけていた。

「何が飛び込んで来るかわからん、気をつけろ。俺の合図で一斉攻撃だ」

「おう!」

「あの野郎、ぶっ殺してやる!」

「降りて来やがれゴラァ!」

 蜂尾は森の延焼速度と、魔物の生存数を同時に算出した。

「……」

 バキリ。

 蜂尾の顔に、数本の切れ目が走る。

 M31CE砲を格納し、右腕が元の形状に戻った。ガルズは眉をひそめた。

 ガルズの隣に居たルァカスが言った。

「武器を収めた? 投降する気でしょうか?」

「まさか、今さら降参するはずがない」

「ならば何を?」

「撤退か、そうじゃなけりゃ……」

 蜂尾は呟いた。

「第三武器庫――開錠」

 切れ目に沿って蜂尾の顔の皮膚が反転し、半透明のバイザーに変形して彼女の金属質の素顔を覆った。バイザーの奥で、三つの目が赤く点灯する。

「M31CE機関砲Ⅰ、M31CE機関砲Ⅱ、M31CE機関砲Ⅲ、M31CE機関砲Ⅳ、展開」

 蜂尾の両腕がM31CE砲より一回り大きな砲身に変形し、さらに脇腹からも同じ形状の砲身が生え、前方を向いた。

「ターゲット捕捉」

 蜂尾は生体反応のある全ての魔物をロックオンした。

 砲口を向けられる寸前に、ガルズは叫んでいた。

「総員撤退ッ! 逃げろぉッ!」

 ガルズの剣幕に呆気に取られ、魔物たちは瞬時に動けなかった。ガルズはその場で、雷を纏った剣を振りかぶった。先ほどの雷の斬撃とは違う。剣ごと投げる気だ。

 しかし、蜂尾は止まらない。

「もう遅い」

 蜂尾は四挺のM31CE機関砲を一斉に掃射した。

 赤い光線が豪雨の如く降り注ぐ。光線は立ち竦んでいた魔物も、ようやく逃げ出した魔物も、ガルズとともに応戦しようとした魔物も、区別無く無慈悲に撃ち抜いた。

 アンドロメダ銀河M31連合CエネルギーEとは、アンドロメダ銀河大連合内で広く流通している微粒子である。

 通常時は無色透明でどれほど濃度を増しても質量はゼロに等しく、扱いどころか観測すら困難なため、運用には特殊な観測機が用いられる。この微粒子の最たる特徴は、一定の条件下で質量を発揮し、赤く発光すると同時に激しく発熱することである。

 この特異性と運搬の便利さから、M31CEが最も普及した舞台が戦場であったことは言うまでもない。そしてアンドロメダ銀河大連合に属するあらゆる惑星の生物の中でも、自前でM31CEの観測機を生み出し、最も上手くM31CEを扱えたのが、そう――肉体を自由自在に兵器に変形させる金属生命体、アサルト星人である。

 M31CEには無数の用途がある。砲身内で質量化させ砲弾として発射するほか、ジェット噴射の推力にも応用されている。

 アサルト星人、蜂尾の体内には大量のM31CEが備蓄されている。蜂尾のM31CE機関砲は砲身内で質量化させたM31CEの弾丸を、発射用M31CEの爆発力を利用して高速で連射していた。

 発射速度毎分四千発のM31CE機関砲四挺による弾丸の雨はもはや暴風雨と呼ぶに等しく、発砲開始から僅か十秒を待たずして生存する魔物は二十体を下回っていた。

「うぉぉらあぁあッ!」

 ガルズが雄叫びを上げて投擲した雷を纏った剣を、蜂尾の目に備わる迎撃システムは見逃さなかった。しかしその威力から撃ち落とすのは難しく、蜂尾はジェットエンジンを唸らせ急速発進して回避した。その間も、魔物たちへの機銃掃射は継続した。

「クソ、逃げろ! 逃げろお前たちッ!」

 ガルズの体が激しく発光していた。未知のエネルギー反応が桁違いに上がっている。何かをする気だ。

(先にあいつを始末するか)

 光っているだけの今ならまだ、行動を起こされる前に粉々にできる。蜂尾は逃げ惑う魔物から、全てのM31CE機関砲の照準をガルズへ移した。

「ガルズ副隊長!」

 疾走していたルァカスが振り向き、絶叫する。ガルズは全身の筋肉を筋張らせて怒鳴り返した。

「行けぇッ!」

 M31CE機関砲の嵐がガルズに降り注ごうとしたその時、光線が空中で静止した。

「!?」

 蜂尾の脳は状況を理解しようと、高速で回った。光線が止まった? 盾か何かに弾かれたのでもなく、何かにキャッチされたかのように、静止した。今も撃ち続けている何百発という弾が、一定の領域に入ると途端に次々止まる。

(いったい何が……)

 蜂尾のこめかみにあるカメラが、宙に浮かぶ何者かを捉えた。

「!」

 いつの間にそこに居たのか。九時の方向、五十メートル先、同じ高度。白髪に灰色の肌をしたその少女は、二日前に監視衛星が捉えた個体だった。

「お前――」

 その個体は――レイド・イービルは蜂尾を指さし、言った。

「撃ち過ぎだろばかやろう。返すよ」

 宙で静止していた光線が反転し、一斉に蜂尾に殺到した。

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