第36話:異教徒ボス
「はいはい、そういうのはいいから。お前、ステータスは高いけど、どうせチーターだろ? こっちにはチート無効化のプログラムがあるんだぜ? ほらっ、謝ったら使わないでやるよ」
ジークは意味不明の単語を吐きながら笑っています。
異教徒の言葉には耳を貸さない。
これに尽きます。
「罪なき人を傷つけ、慈悲深き神様を貶めんとしたあなたは後悔するでしょう」
「知らねえよ! 死ねや!」
「ルーリンさんっ、るかたんさんをお願いしますっ」
『了解フェン!』
叫ぶように言うと、ジークはナイフを構えて猛スピードで突っ込んできました。
シュバルツ・ドラゴンなど比べ物にならない速さです。
空気を切り裂くように襲い掛かる切っ先を避けつつ、戦闘に拙いながらもあることに気づいていました。
あのナイフには危ない力がある……。
きっと、刺した者を怪我させるだけじゃなく、存在まで消してしまうのでしょう。
るかたんさんたちを守るため、ナイフを躱しつつ彼女たちから遠ざかります。
「へぇ! 聖女の癖に意外とやるじゃん! 登録者70万人は伊達じゃないってか!?」
「何があっても私は負けません!」
攻撃を避けているうちに、ジークはどんどんスピードアップします。
何か特別な魔法を使っているのかもしれません。
いえ、これは……。
そう思ったとき、私はあることに気がつきました。
私が……遅くなっている。
ちょっとずつですが、体が重くなるのです。
⦅お、おい、こいつチーターじゃね?⦆
⦅だよな! なにやってんだ!⦆
⦅ズルすんなよ! 通り魔野郎!⦆
右腕の袖をナイフがかすりました。
切り裂かれたところから少しずつ粒子に変わっていきます。
「『フレイヤ(ちゃん)!』」
「大丈夫、これくらい平気です!」
「はっ、強がんなよ! お前はその杖を使った魔法がお得意なんだろ? だが、こんなに連撃されちゃあ使えねえよなぁ!」
右に左にと切りかかってくるナイフを躱しますが、徐々に紙一重となります。
やはり神様が仰るように、ジークは何かしらの邪悪な力を使っているに違いありません。
私が思っている以上に、異教徒は危険で強力な存在かもしれません。
魔法は杖さんにお願いしないと使えないので、その隙に刺されたらおしまいです。
このままでは……。
「ほらほらほらぁ! さっきまでの威勢はどうしたぁ!? 戦えないなら神さんにお祈りでもしていろやぁ!」
顔への攻撃を躱したとき、服のポケットに重さを感じました。
そう、神様の最初のお恵みでいただいたアイテムです。
これがあれば、私はジークに勝てます。
敵に考えが読まれないように、杖さんをそっと地面に置きました。
ジークはニヤニヤしながら近寄ってきます。
「お? 降参かぁ? さすが聖女様だな、物分かりがいいぜ」
⦅フレイヤたん逃げて!⦆
⦅もう動けないのか!?⦆
⦅クソッ、なんで俺は今日に限ってログインしてないんだ!⦆
勝負は一瞬。
【すたんがん】をすぐに取り出せるよう準備してジークを誘い込みます。
近づけば近づくほど、体が重くなる悪影響を減らせるはずです。
ジークは私の目の前に立つと、怪物よりもずっと薄気味悪い笑みを浮かべました。
その顔には憎悪以外の感情がありません。
「お前もこの世界から消えちまえ! 聖女のくせに、俺より目立つな!」
ジークはナイフをまっすぐ構え、私の胸に突っ込んできました。
反撃できるのは今しかありません!
どんな敵も攻撃するときに一番隙ができる……。
幾度かの戦いを経て、私は学んでいました。
右手で【すたんがん】を引き抜きながら、寸でのところでナイフの一閃を躱します。
勢いがついたジークの身体は前に進むだけ。
私は全身の体重をかけて右手を突き出します。
「異教徒滅殺拳!」
「ぐはああぁっ……!」
渾身の力で思いっきり、ジークの喉元に【すたんがん】をのめり込ませました。
その全身を激しい稲妻が駆け巡り、ジークは真後ろに吹っ飛ばされます。
ダンジョンの壁に衝突したジークは、地面にどさりと落ちました。
はぁはぁ……と息も絶え絶えに立ち上がろうとするも、体が言うことを聞いていないようです。
全生物共通の弱点……喉。
そこへの一撃は、想像以上に大きかったに違いありません。
⦅よっしゃあああ! フレイヤたんが勝ったぞ!⦆
⦅めっちゃ勢い良く吹っ飛んでてクソワロタ⦆
⦅ざまぁw⦆
神様たちは大盛り上がりでした。
やはり、異教徒の存在には頭を悩ませていたのでしょう。
ジークはプルプルと顔を上げながら私を睨んでいます。
「て、てめぇ……何しやがった……どうして、そんなアイテムを持ってやがる……ちくしょうっ、体が動けばお前なんか殺してやるのに」
「神様のお力は、決して異教徒には負けないのです。あなたには反省の余地もありませんね」
彼の瞳からは憎悪の色がまったく消えません。
それどころか、よりひどくなるばかりです。
根っからの悪人……ということなのでしょう。
⦅ジーク、終了のお知らせ⦆
⦅どこまで極悪人なんだ、こいつは⦆
⦅いくら自由な世界でも、こういう輩にはなりたくないな⦆
「お、俺は……こんなところで……」
呟くように言うと、ジークはガクリと気を失ってしまいました。
これでこの戦いは終わり……。
身体の重さも消え、ナイフで切り裂かれた部分も粒子化が止まっていきました。
神様……私を守っていただきありがとうございます。
勝利の余韻もほどほどに、心の中でそっとお祈りするのでした。
「ありがとう、フレイヤちゃん! また救われちゃったね! 感謝してもしきれないよ!」
『あんな怖いヤツも倒せるなんて、フレイヤはすごいフェン!』
るかたんさんとルーリンさんは、微笑みが零れそうなほど嬉しそうに笑っています。
「私はただ……神様に祈っていただけですよ」
彼女らに抱きしめられながら零れた言葉は、誰に聞こえるでもなく宙へと静かに消えて行きます。
神様……本当にありがとうございました。
私たちは無事、異教徒に大々的な勝利を収めることができました。
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