第35話:なぜ

「る、るかたんさん! 大丈夫ですか!?」

『しっかりするフェン!』


 倒れ落ちそうなるかたんさんを、地面にぶつかる直前で受け止めることができました。

 しかし……。

 

「お、お腹から血が出ています! るかたんさん! しっかりしてください!」

『こりゃあ大怪我だフェン!』

「うっ……」


 るかたんさんのお腹からドクドクと赤い血が流れ出しています。

 赤く染まる腹部と反対に、お顔はどんどん青ざめていきました。 

 それどころか、彼女の身体は輪郭が少しずつ薄くなっています。


⦅ひ、ひでぇ……⦆

⦅え、ウソ、るかたん死んじゃうの?⦆

⦅そんなの絶対にイヤだぞ⦆


 ジークさんはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべているだけ。

 いえ、口の端っこを曲げながら見下したように言いました。


「ケッ、ザコが。俺様より目立とうとするからだ。そのままBANされちまえ」


 右手には血に染まったナイフを持っています。

 この男が刺したに違いありません。

 しかし、今は治療が先決です。


『フレイヤ! 早くしないと死んじゃうフェン!』

「わかっています! でも、まだお薬は戻ってないし……そうだ! 【復活の雫】!」


 ポーチから小さな小瓶を取り出します。

 残念ながら効果のほとんどは不明でしたが、BANという現象から救うというお薬でした。

 今はこれに賭けるしかありません。


「神様、お願いします! るかたんさんを救ってください!」


 必死に祈りながらお薬を振りかけました。

 あと私にできることは祈るだけ。


「この世を造りたもう全知全能の神々よ。どうか、るかたんさんをお救いください。彼女はここで死んでよい人ではないのです……」

「はっ! 神頼みしたところで意味ねえよ。俺が開発したアイテムの攻撃だぞ。治せるわけねえだろうが。こいつは垢BANされんだよ」


 ジークからは好青年の爽やかさは消え去り、ギャハハハッ! という悪役の代名詞のような笑い声が響き渡ります。


⦅なんだよこいつ、めっちゃ悪いヤツじゃん!⦆

⦅るかたん死ぬな!⦆

⦅ぶっ倒せ!⦆


 神様たちもジークを非難するお言葉ばかり仰っています。

 お願いです、るかたんさんを救ってください……!

 そう、心の底から強く願ったときでした。


「え……? か、体が治っていく……」


 るかたんさんの出血は止まり、傷は塞がり、消えそうになっていた身体も元通りになっていきます。

 それだけで私の心は安堵でいっぱいになりました。

 感動のあまり、彼女にガッシ! と抱き着きます。

 

「るかたんさん! 良かった……回復したんですね!」

「フレイヤちゃん……ありがとう……」

「な、なんで治ってんだよ。俺様のプログラムは絶対に間違ってねえのに……てめぇ、何をした!」


 ジークの怒号に、私の抑えていた怒りの感情があふれてきました。

 るかたんさんとルーリンさんを私の後ろに隠しながら、努めて冷静に問いただします。


「……何をした? それはこちらのセリフですよ。るかたんさんを刺すなんて、何を考えているのですか」

「おいおいおい、ずいぶんと粋がるねぇ。そんなガチになることねえだろ。楽しくやろうや」


 ヘラヘラと笑いながら、ジークはナイフを回して遊んでいました。

 世間に疎い私でも、この男は相当危険だとわかります。


「あなたは誰ですか。なぜこんなことをしたのです。あなたのせいで、るかたんさんは死ぬところだったんですよ」

「ははっ! 死ぬって何だよ、大袈裟だな。まぁ、ある意味死ぬかもな。理由はそうだなぁ……」


 ジークは指先でナイフの先端を摘み、柄に顎を乗せて考えていました。

 彼の仕草からは、人を刺すことに何の躊躇もない気配が伝わってきます。

 このような人物が人を殺そうとする理由とはいったい……。


「俺様より目立ってるからだよ」

「……え?」


 俺様より……目立っているから?


「い、意味がわかりません」

「なんだよ、わからねえのかよ。まぁ、お前みたいなぽっと出にはわかんねえか。俺様はなぁ、誰よりも目立つべき存在なのさ。俺様より目立つヤツがいる……そしたら殺すのが当たり前だろうが」


 ジークは両手を広げ、笑みを浮かべながら語ります。

 彼はとうとうと語りますが、とうてい賛同できるはずもありません。


⦅意味がわからん⦆

⦅何なんだ、こいつは⦆

⦅気持ち悪い⦆


 私も神様と同じ意見です。

 聞けば聞くほど、この男を許せません。


「いかなる理由があろうと人を傷つけてはいけません。あなたはそんなこともわからないのですか」

「うるせえなぁ。んなこと、どうでもいいだろが。俺様はこの世界で一番偉いんだ。誰を殺そうが俺様の自由だ」


 あまりにも傲慢不遜。

 この男からは良心の欠片も感じられません。

 今までの人生で、ここまで悪に染まった人間に出会ったことがありません。

 

「いくら神様に懇願しようと、あなたは絶対に許しません」

「別にいいよ、許してもらわなくて。というか、お前の俺様のターゲットだったんだわ。……殺してやるよ、クソ聖女」


 挑発するようにナイフを揺らすジーク。

 その悪が滲み出ている瞳を見ていたら…………確信しました。


「そうか、ようやくわかりました」

「はぁ? なにがぁ?」

「あなたが……異教徒のボスだったのですね」

「ははは。なに、意味のわからないことを言ってんだ、お前は」


 ジークは馬鹿にしたように笑います。

 しかし、私は強い決心を固めていました。

 使い魔を使役し、人々を襲い、偉大なる神の名を地に堕とそうとせん邪悪なる異教徒。

 とうとう、その大元を見つけました。


「あなたは私が必ず倒します!」

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