第32話:祈り(Side:エンジョー⑥)
「死ね、エンジョー! 数々の災厄を連れて来た疫病神め!」
「いつもいつも税金を上げたりして俺たちを苦しめやがって! 楽に死ねると思うなよ!」
「お前たちがいるせいでこの国は破滅しちまうんだ! 死んで神様に謝ってこい!」
もうどれくらい石を投げられたのかわからない。
体は痛みで悲鳴を上げ、気絶することさえできなかった。
耐えかねて、何度目かの許しを求める声を上げる。
「た、頼む……もう許してくれ……ワシが間違っていた」
「「謝ったくらいで帳消しになるわけないだろ!」」
「うっ……!」
ワシの声など聞こえなかったかのように、無数の石が激しい雨のように飛んでくる。
全身を強打され、もう言葉を発する気力も無くなってしまった。
フレイヤだ。
ワシらが嬉々として石を投げていた見習い聖女。
あいつはこれに耐えながら神に祈り続けていたのか……。
今さらながら、フレイヤの信仰心の強さに恐れおののいた。
「ゲホッ……アテクシも反省したざんす……」
隣で磔にされているアンチコメもぐったりしているが、息はあるようだ。
チッ!
死んでいれば、ワシは国民どもから多少の憐みを得られただろうに。
所詮、こいつも無能な女だったな。
しかし、どうやってこの状況を打破すればいいのだ。
……よし、適当なヤツを買収でもするか。
そう思っていたら、愚民どもの中から一人の痩せた男が出てきた。
あの片眼鏡の使用人だ。
隣には屈強な衛兵が立っている。
「エンジョー様……いや、エンジョー、アンチコメ。私たちはテーヒョーカ王国を捨て、新天地求めて旅立ちます」
「な、なに? ……新天地だと?」
「どういうこと……ざんすか」
そんなこと初めて聞いたぞ。
いつの間に……。
ワシのいないところで勝手に話を進めているんじゃない。
ワシはテーヒョーカ王国の偉大なる国王陛下だ。
「この国が破滅するのも時間の問題となりました。疲弊した我々では、魔族の本隊を退けることはできないでしょう。でも、私たちは彼らの奴隷になるつもりはありません。そこで、みなと話し合った結果、国を捨て新しい土地を目指すことになったのです」
使用人はスラスラと説明する。
周りの国民たちは納得し様子でうなずいているぞ。
な、なんだ?
まるで、こいつが新しい国王のようじゃないか。
自分の地位を奪われる気がして、急に心臓がヒヤッとした。
こ、国王の座だけは渡さん。
「ま、待て。ワシはそんなこと聞いておらん。まずは一度話し合おうじゃないか。ワシの縄を解いてくれ」
「いいえ、ほどきません。私たちの新天地にあなたたちを連れて行くことはありません」
「「……は?」」
素の声が出た。
ワシらを連れて行かない?
こいつは何を言っているのだ。
「あなたたちのような愚か者を連れて行っては、新しい国もダメになってしまいます。ここで自分たちの行いを反省しなさい」
使用人はまったく表情を崩さずに言う。
それを見て、本当に置いていくつもりだと確信した。
ま、まずい、このままではまずいぞ。
魔族が戻ってきたら格好の標的じゃないか。
そ、そうだ!
「き、貴様は国を乗っ取るつもりだな! 国民を騙してワシから国王の座を盗みおった! おい、お前たち! こいつは詐欺師だ! 騙されるな!」
最後の力を振り絞り全力で訴える。
ここが正念場だ。
だが、誰もワシに賛同する人間はいなかった。
相変わらず、覚めた視線が突き刺さる。
「さようなら。どうぞお元気で」
使用人は怒るでも憐れむのでもなく、ただただ淡々と告げると、さっさと歩きだした。
国民たちも後を追うように歩き始める。
激しい焦燥感に胸が焼けるように焦がされた。
「ま、待て! 待ってくれ! おいて行かないでくれ! 望む物なら何でもやるから! 金だろうが名誉だろうが、何でもやるぞ!」
「アテクシだけでも連れて行ってくれざんす! 今ならタダで、神様に祈祷を捧げてやるざんすよ!」
最後の一人がいなくなるまで叫び続けたが、終ぞ誰も振り返ることはなかった。
アンチコメとたった二人、王宮広場に取り残される。
隣の欲深な女と顔があった瞬間、猛烈にこの女が憎くなった。
「アンチコメ! こうなったのは全部貴様のせいだ! 貴様さえいなければこんなことにはならなかった!」
「それはどういう意味ざんすか! エンジョー様……いいえ、エンジョーのせいざんす! 」
縄で縛られているのがもどかしくて仕方がない。
体が自由に動けば、こんな女滅多打ちにしてやるものを。
二人で怒鳴り合っていると、ふと辺りが暗くなった。
日が暮れるほど長い時間言い争いしていたのか?
そう思って空を見上げると、あまりの光景に言葉を失ってしまった。
「ぁ……ぅあ……ぁ……」
魔族の……本隊が現れた。
目に映るだけで、先遣隊の何倍はあろうかというほどの数の多さだ。
魔族たちがワシら目掛けて飛んでくる。
ヤツらの目は血走り、口からはダラダラと涎が垂れていた。
「ぃやああ! こっちに来るなざんす! 神様ぁぁあ、お助けざんす!」
アンチコメの悲鳴を聞いたとき、あの女の顔が鮮明に思い浮かんだ。
フ、フレイヤ……。
そういえば、あの女を追放してから全てがおかしくなった。
突然世界樹が枯れ、薬草園が枯れ、飢饉に疫病の出現。
どの災厄も、フレイヤを追放してから連続するように発生した。
魔族が襲来する恐怖の中、ワシは一つの可能性に思い至る。
――まさか……本当に神はいたのか?
そう考えると辻褄が合う。
この国は神に守られていた?
祈る人間がいなくなったから、数々の災厄に襲われた?
……そうだ。
今までフレイヤが祈りを捧げていたから、この国は平和に守られていたのだ。
そう確信したその瞬間、ワシは生まれて初めて神に祈った。
――た、頼む! ワシだけでも助けてくれ! 金ならいくらでも払うから!
もう魔族たちは広場に降り立っている。
地面に足が着くや否や、我先にとワシら目掛けて駆け寄ってきた。
人間の頭など一口で食せそうなほど、大きくて恐ろしい顔が目の前に迫る。
心の中でかつてないほどに祈りを捧げるも、最後まで神がワシらを助けてくれることはなかった。
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