第31話:脱出(Side:エンジョー⑤)

「ぅぐっ……何がどうなったのだ……」

「アテクシには何が何だかサッパリざんす……」


 魔族の突然の襲来で、テーヒョーカ王国は大混乱に包まれた。

 ワシとアンチコメは、一目散に避難した王宮の地下室で震えている。

 騒がしかった城外も静かになり、今は静けさに包まれていた。

 その不気味な静寂に不安になったが状況を確認したい。

 だが、ワシはずっとここにいたい。

 よし、アンチコメに行かせよう。


「アンチコメ、外を見てきなさい」

「嫌ざんす! エンジョー様が行くざんす! アテクシは安全地帯にいるざんすよ!」

「わ、わかった。わかったから静かにしなさい。ワシが行ってくるから爪で攻撃するんじゃない」


 アンチコメの長い爪で切り裂かれ、あっという間に戦意を喪失してしまった。

 そっと地下室を出て城内の様子を伺うことにする。

 足音を立てないように階段を登ってると、ロビーから数人の話し声が聞こえてきた。

 壁の影に身を隠し聞き耳を立てる。


「……昼間に襲撃してきた魔族たちは先遣隊だったんだろうな。思ったより攻撃は激しくなかった」

「ああ。もしかしたら、偵察と情報収集が主な任務だったのかもしれないな。おかげで、どうにか夜を迎えることができているよ」

「思ったより大きな被害も出ていないのが、まさしく不幸中の幸いだ。しかし、これからどうするかな」


 ボロボロになった衛兵たちが話していた。

 もう魔族に侵略されているんじゃないかと心配だったが、どうやら退けたらしい。

 ひとまずホッとするものの、すぐに今後の不安に襲われた。

 ワシは……この先どうなる?

 衛兵の一人が疲れたように呟く。


「この緊急事態に国王陛下とアンチコメ様はどこに行ったんだ。国民たちも怯えているというのに」

「自分たちだけで逃げちまったんだろ。あんなヤツらに仕えていたなんて……自分が恥ずかしくなるよ」

「あいつらを魔族に捧げれば、国民たちは見逃してくれるかもしれないが。まったく、最後まで役立たずの二人だったな」


 は?

 衛兵どもは何を言っているんだ。

 このワシを生贄に捧げるだと?

 ふざけるな!

 思わずそう怒鳴りつけたかったが、必死のところで踏みとどまった。

 心を鎮めるため、小声で自分に言い聞かせる。


「落ち着け……落ち着くんだエンジョー……こいつらに見つかる前に逃げてしまえばいい。地下室にある秘密の抜け道から逃げよう」


 ブツブツと呟いていると、徐々に気持ちも落ち着いてきた。

 秘密の抜け道は一人しか通れないからな。

 こうなったら、ワシだけでも逃げるのだ。

 ワシはテーヒョーカ王国の偉大なる国王、エンジョー。

 こんなところで死んでよい人間ではない。

 そう決心して振り向いたらアンチコメがいた。


「ア、アンチコメっ」

「エンジョー様、秘密の抜け道ってなんざんすか」


 よりによって、一番知られたくないヤツに知られてしまった。

 こいつは自分も連れて行けと大騒ぎするに違いない。


「な、何のことだ? ワシはそんなこと言っていないぞ?」

「自分だけ逃げようなんて許さないざんす! アテクシも連れて行くざんす!」

「コ、コラッ! 騒ぐな! 静かにしろ! ……ぐああああ!」


 アンチコメは鋭い爪でワシを切り裂く。

 あまりの痛さに悶絶していたら、衛兵たちに気づかれてしまった。

 瞬く間に取り囲まれる。


「国王陛下、アンチコメ様! どこにおられたのですか! 魔族の襲撃を受けています!」

「このままでは王国が侵略されてしまいます!」

「同盟国に援軍を要請しましょう! すぐにお手紙をお書きください!」


 ええい、うるさい!

 まずはワシを逃がすのが先決だろうが!

 こいつらは本当に無能のヤツばかりだ。


「おい、貴様ら! あれくらい簡単に倒せ! 貴様のせいでワシは逃げそこなったのだ! どうしてくれる!」

「衛兵のくせに何やってるざんすか! 高い給料を払っているざんすよ!」

「「なっ! いくら国王陛下と修道院長様でも酷すぎるのでは!? 私たちは精一杯戦っています!」」

 

 衛兵どもはギャアギャアと大騒ぎで、聞いているだけで嫌になる。

 

「全てはお前たちグズどもの責任だ! 死んでお詫びしろ!」

「そうすれば神様も許してくれるざんす! 早く死ぬざんす!」


 二人で日頃の怒りをぶちまけていると、衛兵たちはようやく静かになった。

 はぁ、久しぶりにスッキリしたわ。

 やれやれ、後は逃げるだけだな。

 階段を降りようと一歩踏み出したとき、強い衝撃で床に叩き付けられた。

 衛兵たちがワシの上にのしかかっている。


「き、貴様ら、何をしている! ワシは国王だぞ! 今すぐどけ!」

「「うるせえ! お前なんか王でも何でもねぇ! おい、アンチコメも捕らえろ!」」

「な、何するざんすか! アテクシは修道院長ざんすよ! やめ……ぐあああざんす!」


 抵抗虚しく、ワシらはあっという間に縄で縛り上げられた。

 衛兵たちはひどく冷めた目でワシとアンチコメを見下す。


「なぜかわからんが、魔族どもがすぐに再度攻めてくる気配はない。だが、この国はもうダメだ。飢饉と疫病で民たちはボロボロだからな」

「今、私たちは決心した。国を捨てて逃げる」

「その前に、貴様らの数々の悪事を糾弾することとする。やられっぱなしじゃ気分が悪いからな」


 そう吐き捨てると、衛兵たちはワシらを力ずくでどこかへ引きずっていく。

 ど、どこへ連れて行くつもりなのだ。

 

「や、やめろ! そ、そうだ、今やめれば金をたんまり払うぞ!」

「やめるざんす! アテクシを解放すれば、お前たちの幸せを神様に祈祷してやるざんすよ!」

「「うるさい、黙れ! 貴様らにはもう何も期待していない!」」


 引きずられながら顔を上げると、見覚えのある場所が見えてきた。

 お、王宮広場だ。

 フレイヤを追放した広場。

 あのときと同じように、十字架が二本立てられている。

 その周りには怒りの目でこちらを見ている愚民どもが。

 この後どんな仕打ちをされるのか嫌でもわかる。

 た、頼む、やめて……やめてくれ。

 急に恐怖が湧き上がってくるが、今さらどうすることもできなかった。

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