第21話:ラッキーでした

『で、でも、この数を切り抜けるのは大変フェン』

「モンスターの種類も40層とはわけが違いますっ」


 見渡す限り、怪物たちの群れ。

 見るからに剣術が強そうな首のない騎士、体がドロドロに腐ったスライム、全身に炎をまとったコボルド……。

 右も左も教会の図書館にあった本の、“危ないから近寄るな”ページに載っている怪物ばかりです。


⦅ちょっとヤバいんじゃね?⦆

⦅俺だったら絶対に死ぬ⦆

⦅デュラハンとか一対二でもキツイというのに⦆


 神様のお言葉にも緊張感が滲んでいますね。

 なおさら気が抜けません。

 とはいえ、使い魔たちは異教徒に支配されてしまった可哀想な存在。

 一度は改心の機会を与えなければ酷と言うもの。


「杖さん、使い魔たちを優しくやっつけ……」


 杖を掲げたとき、ふと一つの疑問が心に浮かびました。

 この怪物たちは……本当に改心するのでしょうか。

 そう、素朴な疑問ではありましたが、とても肝心な問題なのです。

 使い魔たちが異教徒から解放され、素晴らしい神様に忠誠を誓うこと……。

 それが私の最上の喜びです。

 しかし、今までの使い魔たちも、結局のところどうなったのか確認できておりません。


「いずれは戻って確認しなければなりませんね」

「な、何をですか、フレイヤさん」

「あ、いえ、こちらの話です」


 使い魔たちの行く末を案じている間にも、彼らは私たちを取り囲んできます。

 彼らを確実に改心させるにはどうすれば……そうです!


「杖さん! この使い魔たちを天界に送ってください!」

【承知いたしました……<エンシェント・フネーラル>!】

『『グェ……?』』


 宝玉から放たれる白い光。

 それに当たるや否や、使い魔たちの身体がふわぁ……っと、柔らかな粒子に変化していきます。


⦅また謎の現象w⦆

⦅だから、その魔法はなんなんだw⦆

⦅俺もそれ使いたいんですが⦆


 私にはわかります。

 この魔法は俗世の者を天界へと送る大変高貴な魔法なのだと。


『『ァァァッ!』』

「い、いったい何が起こっているんですか……?」

『ぼ、僕にもまったくわからないフェン……』


 やがて粒子は空中に溶け込み、恐ろしい使い魔たちはみんな消えてしまいました。


「フ、フレイヤさん、何をされたんですか!? モンスターがみんな消えちゃいました!」

『ど、どんな魔法を使ったんだフェン!』

「彼らは天界に送りました。神様に洗礼を受けたのち、神の子として生まれ変わることでしょう」


⦅デリートしたってことw?⦆

⦅なるほど、わからん⦆

⦅この独特な表現が病みつきになるな⦆


 これでもう大丈夫……安心して神様の元で洗礼を受けてきなさい……。

 異教徒に支配され迷える使い魔たちを救ったことで、私の心も明るくなりました。

 あとは彼らが改心してくれることを祈るだけですね。


「さて、怪物たちもいなくなったことですし、ここが何層なのか確認いたしましょう」


 【超ダンジョンマップ】を開きます。

 何も描かれていなかった白紙に、じわじわじわ……とフロアの様子がにじみ出てきました。

 地図を眺めていると、ヨーネさんが驚いた顔で私を見ます。


「フ、フレイヤさん、それはまさか、ダンジョンマップですか!?」

「ええ、そうですよ。これを見ればどんなこともすぐにわかってしまいます。ただの紙ですが、とても便利なアイテムなのです」

「そんな高価な物までお持ちなんて……」


 え~っと、ここは……。


「おや? 最下層の80層みたいですね。一気に地下へ降りてしまったようです」

「え! もうそんなに来ていたんですか」

『落下というよりは、ワープに近かったのかもしれないフェンね』


 ダンジョンの卑劣な罠ということでしたが、予想外の良い効果をもたらしてくださいました。

 最下層まで連れてきてくれたとは……時間短縮になって良かったです。


「“クリエーサの秘薬”もこの階層にあるんでしょうか」

「ええ、ウワサだと最下層に隠されているそうなので、ここにあるはずです」

『そうなのフェンか。でも、薬の匂いはしないフェンねぇ』


 ルーリンさんはお鼻をヒクヒクしていますが浮かない顔でした。

 

「マップに何か情報がないか、よく見てみましょう」

「これだけ優秀な地図なら、絶対に情報が載っているはずですよ」

『僕にも見せてフェン』


 ルーリンさんが見やすいように、地面に地図を広げます。

 ダンジョンの中は暗いイメージですが、なぜか薄っすらと明るいので視界は良好なのです。

 最下層なためか特に通路などはなく、ガランとした広場だけしかありません。


「う~む、どこかに隠し部屋でもあるのでしょうか。でも、地図には描かれていないようですね」

「そうですねぇ。もし地図からも隠れるような魔法がかかっていたら厄介です」

『またトラップを経由して見つけるのかフェンねぇ?』


 三人でじーっと地図を眺めていたら、突然広場の端っこに赤い点が現れました。

 しかも、ピッ、ピッと私たちに近づいてきます。


「おや? 何でしょうか、これは……あっ!」


 よく見ると、点の上に“クリエーサの秘薬”と書いてありました。


「“クリエーサの秘薬”ですよ! きっと、僕たちがモンスターを倒したから現れたんです! うおおお、やったあああ! これで妹が救われます!」

『で、でも、薬が動くのかフェン?』


 ヨーネさんは興奮してらっしゃいますが、私も自分で歩く薬なんて聞いたことがありません。

 でも、地図には確かに“クリエーサの秘薬”と書かれています。

 もしかして、また使い魔が現れたのでは?

 秘薬を握っているとか。

 だとすると、数の多さにさすがの私も辟易してしまいますね。


「何はともあれ、この赤い点に近づいてみましょう……ん?」

「ま、まさか、そんな……」

『な、なんて大きさ……だフェン』


 赤い点が私たちに重なろうとしたとき、目の前に巨大な食虫植物が現れました。

 屈強な男性を一度に5人は丸呑みできそうなほど大きいハエトリグサです。

 茎は丸太のように太くてしなやかで、身体からは鞭みたいな蔦が何本もうねうねと動いていました。 

 いよいよ、このダンジョンの使い魔ボスが現れたようです。


『ほぅ……あのモンスターどもを退けるとは、今度の来訪者は多少は期待できるかもしれんな』

「しゃ、喋った! フレイヤさん、植物が喋りました!」

『ひいい、おっかないフェン』


 初めての人語を話す怪物です。

 巨大ハエトリグサが口を開くたび涎が地面に垂れ、じゅうじゅう……とダンジョンの床を溶かしました。

 ふむ、強い酸のようですね。

 ルーリンさんとヨーネさんは私の後ろに隠れて震えています。

 戦闘態勢に入ろうとしたら、神様のお言葉が聞こえました。


⦅フレイヤさん、その植物が“クリエーサの秘薬”を持っています⦆

⦅倒すと出てくる。ちなみに、そいつの名前はフライトラップ⦆

⦅手加減は無用やで⦆


 神託で怪物が“クリエーサの秘薬”を持っていること、名前はフライトラップだと知ることができました。

 すぐにルーリンさんたちにもお教えします。


「……あいつが秘薬を持っているんですか!? そ、そんな……せっかくここまで来たのに……」

『モンスターの群れを倒した後にあんなヤツを倒すなんて、無茶が過ぎるフェン』


 お二人は私の服を掴んでプルプルしていました。

 落ち着いてもらうため、彼らの手をそっと握ります。


「大丈夫ですよ……私がついていますから」

「『フレイヤ(さん)……!』」


⦅イケメンでワロタ⦆

⦅いちいちカッコいいんだわ⦆

⦅イケメン系聖女⦆


『お前たちも俺様の薬を狙ってきたんだろう。だが、そう簡単には渡さない。丸呑みして俺様の栄養分にしてやるぞ』

「いいえ、そうはいきません。あなたを倒して“クリエーサの秘薬”をいただきます」


 さて、今回の最後の勝負になりそうです。

 ヨーネさんの妹さんの病気を治す薬はもう目の前です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る