第19話:少年とともに

「あなたたちは誰……」

「おい、どうなんだよ。黙ってないで、なんとか言ったらどうだぁ? ザコヨーネ」


 振り向く間もなく、グイッ! と横にどかされます。

 現れたのはノースリーブの服に鎧を身に着けた屈強な三人の男性方。

 またもや三人組の男性の出現でした。

 彼らを見ると、少年は暗い顔になりうつむき加減に呟きます。


「ま……まだだよ」

「はっ! だと思ったぜ! “クリエーサの秘薬”は売れば一生暮らせるもんなぁ。こんなところで貧乏店開くはずねえよなぁ」

「お前も本当は楽な暮らしがしたくて探しているんだろ?」

「妹の病気を治すためなんて立派な建前は捨てちまえよ」


 男性方は少年を見下しながら、ゲラゲラと大きな声で笑います。

 ふむ、どこかで見たような光景ですね。

 少年は立ち上がると、男性方を追い払うように勢い良く叫びました。


「手に入っても売るわけないだろ! 僕は絶対に妹の病気を治すんだ! 用がないならさっさと消えてくれ!」

「なんだと? ザコヨーネのくせに生意気だな。いいだろう、たまには力の差を思い知らせてやるよ」


 男性方が少年に殴りかかろうとしたので、サッと間に入りました。


「おやめなさい! 相手はまだほんの子どもですよ!」

「ああ、誰だぁ、お前ぇ? ……って、なんでこんなとこにシスターがいるんだ。ここは教会じゃねえぞぉ?」

「俺たちに口出しするな。お前に何の権利があるんだよ」

「女一人で戦おうってか?」


 私の存在に気づくと、男性方はすかさず取り囲んできました。

 やはりというか、思っていた通りの反応です。

 このような方々はなぜ同じような態度をとるのでしょうか……謎です。


⦅新しいサブクエストだって、フレイヤたん⦆

⦅そんな悪いヤツらぶっ倒しちまえ⦆

⦅我らがフレイヤたんならどうにかしてくれるはず⦆


 ふむ、またもや神様は倒せと仰っていますし、この男性方も異教徒かもしれません。

 しかし、どうしても聞かなければならないことがあります。


「今日のお祈りはきちんとされましたか?」

「「……はぁ?」」


 男性方は拍子抜けしたような、何を言っているんだお前は、とでも言いたげな顔をしました。

 まさかとは思いますが、ハッキリとした答えを聞くまでは確定できません。

 万が一にも志を同じくする者である可能性が……。

 心の中で微粒子レベルの可能性を信じていたら、男性方は殴りかかりながら叫びました。


「「お祈りなんて……するわけないだろ!」」


 喉元を狙い足腰に力を入れます。


「えーーーーい!」

「「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」」


 一瞬のうちに、三人の喉へ【すたんがん】を押し付けました。

 男性方はみな地面で気絶しています。

 これを機に改心してくださるのを願うばかりです。

 傍らでジッとしていたルーリンさんがポツリと呟きました。


『フ、フレイヤは不届き者に容赦ないフェンね』

「ええ、神様に敬意を払わない者たちを改心させるのも聖女の仕事ですから。とは言っても、まだまだ見習いですが」


⦅これを待ってたw⦆

⦅お祈りしないから……⦆

⦅なるべくしてなるヤツが喰らってるな⦆


「喉にも鎧を着けておくべきでしたね」


 私が思っていたより、異教徒はこの世界に蔓延っているみたいでした。

 この先も気を抜けません。


⦅カッケエw⦆

⦅決めゼリフワロタ⦆

⦅聖女が言うセリフじゃないんだわ⦆


 何はともあれ、神様も喜んでらっしゃるので良かったです。

 さて、少年は無事で……。


「…………カッコいい!」

「え……?」


 先ほどの暗い表情はどこに消えたのか、少年はキラキラした目で私を見上げています。

 ど、どうしたのでしょうか。

 

⦅お前もかいw⦆

⦅たしかに、フレイヤたんはカッコいい⦆

⦅キラッキラでワロタ⦆


 しばらく少年は私を見つめていたかと思うと、気を取り直したように自己紹介しました。


「あっ、すみません。あの、助けていただいて本当にありがとうございました。僕はヨーネと言って、この街で雑貨屋を営んでいます。まぁ、営んでいるといってもこんな有様でしたが」

「初めまして、私はフレイヤと申します。見習い聖女として修練の旅をしております」

『僕はルーリンというフェン』


 私たちも挨拶して握手を交わします。

 少年は青みがかった黒色の短髪に、同じく海のように濃い青色の目が爽やかな印象でした。

 シャツに半ズボンとつま先が丸いブーツを着ていますが、どれも土埃で薄汚れてしまっています。


「先ほどは大変でしたね。お怪我はありませんか?」

「はい、大丈夫です。いつものことなので……それにしても、フレイヤさんはとてもお強いですね。こいつらだって手練れの冒険者なのに」

「これでも修行を積んでいますからね」


 ミン・ナクルの街を出た後、異教徒を殲滅するため日々【すたんがん】の素振りをしていました。

 その甲斐あって、今では一番の得意技です。


「この辺りではお見かけしない方ですが、フレイヤさんもダンジョンを攻略しに来たんですか?」

「モンスターが大量発生していると聞いて、ミン・ナクルの街からやってきました。しかし、街の人たちはそれほど切羽詰まった様子もなさそうですね」

「この街の冒険者はみな強いので、住民たちは安心して暮らしているんですよ。中にはさっきのような連中もいるんですけどね……では、僕はこれにて失礼します。ちょっと場所を変えてお店を開きます」


 少年はそそくさと荷物をまとめると、海の方に歩き出しました。

 

『あっ、行っちゃったフェン』

「先ほどのお話が気になりますね。“クリエーサの秘薬”というお薬を探しているようですが……」

『妹の病気を治すためとも言っていたフェンね』

「ふむ……追いかけてみましょう」


 タタタと少年の後を追うと、すぐに追いつきました。


「フ、フレイヤさん! どうしたのですか?」 

「お待ちください、ヨーネさん。何か事情があるようですが……もし良かったら、お聞かせくださいませんか?」

「え、いや、でも……」

「聖女を目指す者として、困っている方を見過ごすわけにはいきません」


⦅フレイヤたんは健気やな⦆

⦅世のため人のため頑張るのはまさしく聖女⦆

⦅その分、信仰心が低いヤツには厳しいけどな⦆


 それに、これはクエスト(サブ)でもあると神様が仰っていました。

 なおさらヨーネさんを助けなければ。

 

「……わかりました。それでは、お話だけでも聞いてください。フレイヤさんは本当にお優しいですね」


 この辺りは小高い丘になっているようで、ストンと腰を下ろすと眼下には海が見えました。


「僕は母と妹の三人で暮らしています。つい先日、妹が病気になってしまったんです。それが、医術師が言うには難病の“怪変病かいへんびょう”らしく……」

「“怪変病”とはどんな病気でしょうか?」

「その名の通り、体の先からモンスターに変わってしまう病気です」


 ヨーネさんのお話を聞くと、心臓がヒヤリとしました。

 人間がダンジョンにいるような怪物になってしまうとは。


「そんな恐ろしい病気があるなんて……」

『聞いただけで背筋が冷たくなるフェン』


⦅こええ⦆

⦅結構シリアスなクエストだった⦆

⦅モンスターになんかなりたくないぞ⦆


 神様も怖がるほどなので、今まで以上に真剣な気持ちで臨まなければですね。


「どうすれば治るのですか?」

「“クリエーサの秘薬”というアイテムが特効薬として知られています。方々のダンジョンに出現しては消えてしまうような、大変貴重なアイテムなのですが、とうとうこの街のダンジョン“エイティーズ”にも現れました。ですが……ダンジョンに潜れるほど僕は強くないんです」


 ヨーネさんは悔しそうに拳を握り締めていました。


「うちの家は貧しくて秘薬なんか絶対に買えません。正直に言って、八方塞がりになっています」

「ふむ……」


 ダンジョンに秘薬があるけれど、自分では採取できない。

 このままでは妹さんが怪物になってしまう。

 となれば、やることは一つしかありません。

 ルーリンさんを見ると、彼も力強くうなずいていました。


「でしたら、私たちがその秘薬を採ってきて差し上げます」

『フレイヤに任せていれば万事OKフェン』

「え……? フレイヤさんがダンジョンに……? たしかに、とてもお強いことはわかりますが、ち、ちなみにレベルの方は……」

「1です」

「え!」


 今までの経験上、レベルのみをお伝えすると信頼度が下がってしまうので、今回からすてーたすも一緒にお見せすることにしました。


「が、まずはこれを見てください。すてーたすオープン!」

「こ、この数字はいったい……!?」

「レベルは1でも数字は高いのです。どうでしょう、私に任せてくださいませんか?」


 ヨーネさんはひとしきりビックリした後、改めて私を手を力強く握りました。


「ありがとうございます! フレイヤさんは本当にお優しい方です!」

「まぁ、私も異教徒の皆さんを改心させないといけませんので」

「え、何ですか?」

「いえ、こちらの話です」


 ということで、私たちはヨーネさんとともにダンジョン“エイティーズ”へ出発しました。

 待っていなさい、異教徒。 

 私が改心させてあげますからね。

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