第13話:使い魔ボス

「エルマーナさん、50層に着きました」

「まさか、こんなに早くたどり着けるなんて思ってもいませんでした。フレイヤさんに頼んでよかったです!」

『フェンリルもビックリだフェンよ』

「お姉さまが無事ならいいのですが……」


⦅だから早いってw⦆

⦅ぶっぱし過ぎやねん⦆

⦅MPがほぼ無限だからやりたい放題だな⦆


 階層が深くなるにつれ、怪物たちは少しずつ大きく怖くなっていきました。

 祈祷を捧げようとすると攻撃してくるので、やはりこのダンジョンの怪物はみな異教徒の使い魔のようです。

 全てを【すたんがん】で倒すのは大変なので、杖さんの魔法でどうにか切り抜けてこれました。

 そして、下層に行くにつれフロアが広くなっており、ここまで来るとテーヒョーカ王国の王宮広場位はありそうでした。


「ずいぶんと広いですね。ダンジョンとは深くなると、フロアが広くなるのでしょうか?」

「ええ、基本的にはそうです。モンスターが大きくなるので、フロアも比例するのでは……と考えられています」


⦅そうなんや⦆

⦅初めて知ったわw⦆

⦅最近の幼女は賢くていかんね⦆


 がらんとしたフロアは薄気味悪く、心なしか空気もヒヤッとしています。

 部屋の隅では松明が灯されているのが、少しだけ安心できます。

 真正面の奥に階段らしき構造物があるだけで、道が交差することもありませんでした。


「お姉さまがいないか探してみましょう……ソロルさーん! 助けに来ましたよー!」

「お姉ちゃーん! どこー!」

『無事だったら返事してフェーン!』


 三人で声を張り上げながら探しますが、なんの返事もありません。

 怪物どころか人っ子一人いません。

 ダンジョンなのに、生き物の気配が何もないということがあるのでしょうか。

 しばらく歩いて探しましたが、やはり返答はありませんでした。


⦅頼む、無事でいてくれ⦆

⦅エルマーナちゃんの泣き顔は見たくないぞ⦆

⦅でも50層だからなぁ⦆


 慈悲深い神様たちも心配されています。


「50層で行方不明になったというお話でしたが……」

『もしかして、もっと下層にいるんじゃないフェンか?』

「たしかに、その可能性はありますね」

「姉のことですので、珍しいアイテムを探そうと最下層まで潜ったのかもしれません」


 目撃情報はあくまで目撃情報。

 さらに下層まで探しに行った方が良さそうです。 


「下に降りるには真っ直ぐ行けばいいみたいですね。しかし、簡単すぎるような気がします。周りには怪物たちもいませんし」

『ともあれ、進むしかないフェンね』

「ああ、お姉ちゃん……どこにいるの……」


 エルマーナさんは小さな声で、それこそ祈るようにお姉さまを心配していました。

 何とか見つけてあげたい……。

 彼女を見ていると、自然にそのような気持ちで胸がいっぱいになります。

 三人で階段へ向かって歩いていたら、ズシン! とダンジョンが揺れました。


「ん? 地震でしょうか? 危ないですね」

『こんな地下深くでダンジョンが崩れたら大変フェンよ』

「い、いえ、違います……! これは……!」


 なんと、壁の一部から巨大なゴーレムが現れました。

 黒っぽいレンガのような石が積み重なった、至極頑丈そうな胴体と頭。

 まとっているオーラも、今までの怪物たちとは明らかに一線を画しています。


⦅ゲッ、サンカント・ゴーレムじゃん⦆

⦅何度殺されたことか……⦆

⦅蘇るトラウマ……⦆


 サンカント・ゴーレム……。

 神様たちの声も震えています。

 とにかく危険な怪物だということはわかりました。


「二人とも、私の後ろに隠れてください」

「は、はい!」

『わかったフェン!』

『……』


 サンカント・ゴーレムは特に叫び声を上げることもなく、しかしジリジリと私たちに迫ってきます。

 いくらフロアが広いとはいえ、あの大きな拳が振り回されたらひとたまりもないでしょう。


⦅頑張れ、ここが正念場だ⦆

⦅フレイヤたんなら倒せる!⦆

⦅超強い杖でぶっ倒せ⦆


 神様たちも応援してくださっています。

 やはり倒すことをご所望と……。

 ふむ、この怪物も異教徒の使い魔であることは間違いなさそうですね。


『フ、フレイヤ、どうするフェン!』

「この使い魔を倒して前に進みます。ここで逃げては救える者も救えません」

「そ、そんな……もういいです! 逃げましょう! このままではフレイヤさんまで……!」


 サンカント・ゴーレムが勢いよく拳を振り上げました。

 その手の周りに、バチバチと稲妻がまとわりつきます。

 

「あ、あれはいったい何でしょうか?」


⦅ま、まずい! サンカント・ゴーレムのサンダー・ナックルだ⦆

⦅必ず麻痺状態にさせる攻撃!⦆

⦅躱せー!⦆


 なるほど、ただの攻撃じゃないというわけですね。

 サンカント・ゴーレムは何の躊躇もなく、私たち目がけて殴りかかってきました。


「きゃああっ!」

『もう逃げ場がないフェン!』

「大丈夫ですよ、お二人とも! 杖さん、私たちを守ってください!」

【承知いたしました……《エンシェント・バリア》!】


 瞬時に、白くて小さなドームが私たちを覆いました。


『!』


 サンカント・ゴーレムの拳をいとも簡単に弾き返します。

 この巨大な使い魔も予想外の反撃を受けたのか、警戒して少しずつ下がっていました。

  

⦅すげえw⦆

⦅無傷やんw⦆

⦅だから、何なんだその魔法は⦆


 攻撃を防いだとはいえ、サンカント・ゴーレムの戦意は喪失していないようですね。

 このままでは、エルマーナさんのお姉さま探しにも支障が出てしまいます。

 となれば、動きを封じておくのが良いでしょう。


「この使い魔を動けなくしてください!」

【承知いたしました……《エンシェント・ブリザード》!】


 赤い宝石から激しい吹雪が放たれ、一直線にサンカント・ゴーレムへ向かいます。


『……!』


 吹雪はゴーレムの身体を覆い尽くし、あっという間に氷漬けにしてしまいました。


「す、すごい……! フレイヤさんはなんて強いんでしょう!」

『こりゃあ、おったまげたフェン』


⦅なんじゃ、その魔法w⦆

⦅また見たことない魔法使ってて草⦆

⦅いやいやいや、どうなってんの。まぁ、面白いからいいんだけど⦆


 神様も喜んでくださって良かったです。


「おそらく、このゴーレムがボス使い魔だったのですね。氷漬けにしてしまったので、もう大丈夫ですよ。さあ、お姉さまを探しに行きましょう」


 エルマーナさんの手を引いて進もうとしましたが、彼女は立ち止まったままでした。


「どうしましたか、エルマーナさん」

「き、きっと、お姉ちゃんはモンスターに食べられてしまったんです……こんな強いモンスターがいたなんて……」


 突如、彼女の頬に、ポロリと小さな涙が零れました。

 今までの我慢が途切れてしまったように、次から次へと涙が流れます。


「ま、まだ、わかりませんよ。もっとよく探してみましょう」

『そうだフェン。死んだと決めつけるのはまだ早いフェンよ』

「いいえ……もうダメなんです。お姉ちゃんは……もう……」


 ルーリンさんと一緒に懸命に慰めるも、その涙が止まることはありませんでした。

 どうにかしてエルマーナさんを元気づけてあげたいのですが、かける言葉が思い浮かびません。

 そのとき、さらに下層の方から激しく剣がぶつかるような音とともに、女性の叫び声が聞こえてきました。


「ちくしょうっ! なんだよ、こいつ! こんなボスいるなんて聞いてねえぞ!」


 何かと戦っているような、切羽詰まった声です。

 その叫び声を聞いた瞬間、エルマーナさんがハッとした表情で階段の方を見ました。

 

「間違いありません! あの声は……お姉ちゃんです!」

「ほんとですか、エルマーナさん! 急いで向かいましょう!」

『こうしちゃいられないフェン!』


 私たちは下層へ向けて、全速力で走り出します。

 待っててください、エルマーナさんのお姉さま。

 今すぐ助けに参ります。

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