第3話:さっそく異教徒(の使い魔)が現れました

「か、神様! 来てくださったんですね!」

⦅か、神様? ……いいやんか、その呼び方⦆


 先程、私のことをシスターと仰ってました。

 しかも、最近祈祷の旅を始めたことまで見抜いたのです。

 これはもう、まごうことなき神様でしょう。


⦅今、何してるん?⦆

「これから祈祷の旅に向かう決心を固めていたところです」

⦅面白そうやん。この世界では何をしても自由やしね⦆


 ああ……神様に褒められるのは良い気分です。

 教会にいたときは終ぞ得られなかった快感にほわほわしておりましたが、ふと自分の境遇を再認識しました。

 これからどうすればいいのでしょう。

 正直に言って、自分が今どこにいるのかもよくわかりません。

 となると、一度外に出た方がいいかもしれませんね。


「あの、神様。申し訳ございませんが、出口を教えていただけませんか? 恥ずかしながら、ここがどこかもわからず……」

⦅そこはリトームスのダンジョンやね。とりま真っ直ぐ行き⦆


 神様はすぐに教えてくださいました。

 しかし、これは天界の方言でしょうか。

 不思議な話し方です。

 そして……。


「すみません、とりまってなんですか?」

⦅とりあえずまぁ⦆

「は、はぃ。ありがとうございます」

⦅フレイヤさん、最近の子にしては礼儀正しくてワロタ⦆


 神様とお話できるのは最高に幸せなのですが、やはり、神様のお言葉を理解するのはなかなかに難しいですね。

 

「あの、ワロタ……とは何でしょうか」

⦅な、何って……まぁ、挨拶やね⦆


 なるほど、挨拶。

 納得しました。


「きゃああっ! なんでこんなところにメガ・オーガがいるの! ゲッ、異常種じゃん!」

「えっ……!」


 お告げの通り歩いていたら、さっそく困っている人の声が!

 た、大変です!

 これはまさしく悲鳴。

 聖女たるもの、すぐに助けに行かなければなりません。

 ズダダダッ! と声がした方に走って行ったら、女性が怪物に襲われていました。


『グルァッァ!』

「ま、まずい、回復アイテムが無いよ!」

「お姉さん、大丈夫ですか!?」

「!」


 私が叫ぶと女の人は急いでこちらへ走って来ましたが、体中がボロボロで息も絶え絶えです。

 しかし、こんなときになんですが、ずいぶんとキレイな方でした。

 火焔のように真っ赤な髪に、髪と同じく真っ赤な目。

 お顔はそれこそお人形さんみたいです。


「どうされましたか! ああ、体がこんなに」

「だ、大丈夫よ……あなたは?」

「私は通りすがりの……」

『グラァッァ!』


 私たちが話している間にも、怪物はこっちにじわじわと近づいてきます。

 濁った緑色の身体、下顎から大きく伸びあがった二本の牙、そして目は赤く血走っていて大変に恐ろしいです。


「あ、あの怪物はなんですか?」

「あいつは第10層のメガ・オーガよ。階層を2つも上がってくるなんて……。こんなランダム要素いらないって。こちとら、ノーセーブクリア目指してるってのにさ」


 女性のおっしゃっていることはよくわかりませんが、怪物の名前がめがおーくということはわかりました。

 

「に、逃げましょう、お嬢さん!」

「だ、だめ……もうスタミナが……ない」


 手を引っ張っても、女性はノロノロとしか動けません。

 今気づきましたが、なんだか私も体が重いです。

 ど、どうしましょう、このままでは怪物に食べられてしまいます。


⦅フレイヤさん、そいつ倒しぃ⦆

「えっ」


 意外なことに、神様は倒しなさいと仰りました。

 追い払うのではダメなんでしょうか。

 いくら悪い怪物でも危害を加えるのは気が引けます。


「で、でも……」

⦅麻痺状態でHPも赤ゲージや。あとひと息で倒せる⦆


 なぜこんなに倒せと仰るのでしょう。

 神様はお優しい方だと思っていましたが……。

 何か裏があるのでは……?

 めがおーくはもう目の前ですが、それどころではありません。

 神様の意図を考えなければいけないのです。

 う~む、なぜ倒せと……。

 少しの間思案していたら、もう何度目かの閃光が頭の中に迸りました。

 

「……そうか! わかりました、神様!」

「『!?』」


 この怪物は…………異教徒の使い魔なんですね!

 そうなのです。

 お優しい神様が倒せと仰る理由はそれしかありません。

 きっと、異教徒の命令で密偵活動をしているに違いないです。

 このまま見過ごしたら反乱が起きてしまいます。

 そうと決まったら…………やることは一つ。


「えーーーーい!」

『アギャギャギャギャッ!』


 【すたんがん】を思いっきり、めがおーくの喉に突き付けました。

 あっという間に、恐ろしい怪物は地面に倒れてしまい、ピクピクと痙攣しています。


「え……すご。気絶状態なんて初めて見たんだけど……。というより、あ、あなたは誰?」

「私は通りすがりの聖女でございます。まだ見習いですが。ああ、そうだ。良かったらこれどうぞ」

「え! いいの!?」


 神様からいただいたご飯とお薬を渡すと、女性はとても喜んでいました。


「それでは、あなたに祈祷を捧げます。そこに跪いてください」

「き、祈祷?」

「早く跪いてください」

「は、はい、すみません……えっと、モーションはこれでいいのかな?」


 そう言うと、女性は静かに膝をつきました。

 素晴らしい姿勢です。


「……この世を造りたもう全知全能の神々よ。このか弱き乙女に深き慈悲をお与えくださいませ……ワロタ」

「ワ、ワロタ」


 念願の祈祷ができました。

 ああ、心が満たされてゆく……教会で神様に祈るのとはまた別の大変な感動です。

 

「では、私はこれにて失礼します。他にも祈祷を待っている方がいらっしゃるかもしれませんので」

「ちょ、ちょっと待って!」


 歩きだしたら、女性にガッシ! と腕を掴まれました。

 何でしょうか、他の困っている人を見つけないといけないのですが。


「はい?」

「な、名前教えて」

「私はフレイヤと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「るかたん。Vtuberやってます」

「はぁ……」


 ぶいちゅーばーって何でしょうか。

 疑問に感じましたが、お疲れのるかたんさんに聞いても失礼です。

 神様にも質問し過ぎていますので、そのままにしておきます。


「あの、フレイヤさん。るかたんと一緒に、このダンジョンクリアしない?」

「せっかくのお申し出誠にありがたいのですが、お断りいたします。私は祈祷の旅へ参りたいので」

「き、祈祷の旅??」

「あなたにも神のご加護がありますように……」


 どうやら、るかたんさんはまだここにいたいようです。

 元気になられたようなので、お一人でもたぶん大丈夫でしょう。

 さて、まずは出口に向かわないと。


⦅さ、さっきの女性プレイヤーはもしかして……⦆


 ?

 なんだか神様の声が震えている気がしますが、これもきっと気のせいでしょう。

 何はともあれ、私の心は今までにないくらい明るいです。

 無事、祈祷の旅の第一歩が踏み出せたのですから。


「神様、この道を真っ直ぐ行けばよろしいですか!?」

⦅そ、そうね。分かれてるところは右で……⦆


 数十分後、私は無事外へ出られました。


「やっと出てこれました……ありがとうございます、神様」


 神様の案内はすごいです。

 迷うことなくスイスイスイと来てしまいました。

 異教徒の使い魔たちも、すたんがんがあるので大丈夫です。

 が、外は夜。

 真っ暗です。


⦅そろそろ落ちます⦆

「え……? ど、どこにですか? ……か、神様?」


 落ちるとおっしゃった後、お声は聞こえなくなってしまいました。

 かみさ……そうです。

 神様もお休みの時間なのです。

 それでは、私も食事をいただいて眠りましょう。

 ご飯とお薬をキレイに並べて手を組みます。

 お食事前のお祈りを欠かしては聖女失格です。


「……この世を造りたもう全知全能の神々よ。今日もまた日々の糧をくださり誠にありがとうございます。慎んでお恵みをお受け取りいたします。……おいしい」


 ご飯もお薬もとてもおいしく、一口食べただけでみるみるうちに元気になっていきます。

 教会でのお食事より何十倍もおいしいです。

 お恵みをいただいたら、地面に寝っ転がりました。

 さてそろそろ寝ましょう。

 地面は固いですが、教会のベッドより柔らかい気がしました。

 心の中でこの日最後のお祈りを捧げます。


――……この世を造りたもう全知全能の神々よ。天界より私を守護してくださり、深く感謝申し上げます。あなた様と出会えた至上の喜びは一生忘れません……。


 明日も祈祷がうまくいきますように……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る