オークス 私の後悔と彼女の成長Ⅲ
私は彼女に乗りたいと先生方に伝える。そこからはトントン拍子で話が進んでいく。先ずは今までの戦法をベースにしつつ馬のメンタルケアや成長を促す事をするところから始める事になった。
早速、先生に秋華賞での動きについて話をされる。今回は、まずいつも通りのスタートを切って欲しいという提案を受けて、最終コーナーまでは中団やや前めの位置で待機して欲しいという事らしい。暗に先行策での競馬をやりたい、との事で秋になると成長するのは他の馬も同じだ。
「ただ、問題はいつ仕掛けるかだな」
「そうですね、向こう正面まで様子を見てからの方が良いでしょう」
私は先生のその言葉に頷く。今はシルキーの様子をよく観察して、脚がどれくらい使えるかを確認する事が大事だろう。そうして、その日の練習を終えた。シルキーの成長が嬉しくもあり、頼もしくも感じた。馬体も綺麗に整ってきており、脚部不安もない。これなら万全の状態で望めるはずだ。
ただ、不安がないわけではない。己はシルキーの期待、望みに応えられているだろうか?私の判断ミスで台無しになってしまうのではないだろうか?そんな意味の無い事を延々と考えていると先生が声をかけて来た。どうやら顔に出ていたみたいで発破をかけるように彼は私に向き合った。
「お前はシルキーを信じてないのか?」
「いえ!そんな事ないです」
「なら大丈夫だ」
「でも……」
「いいか、人間誰しも失敗する生き物なんだ。でもな、そこで立ち止まってたら何も始まらないんだよ」
発破をかけられた、とは言ってもそれは幼い子を諭すような優しく感じられる暖かみと、中身の重みがあった。恐らく何度も挫折してきたんだろう。それを跳ね除けて今ここにいるんだと思った。彼の言葉を自分の中で噛み締め、しっかりと反芻させる。すると不思議と肩の力が抜け、心が落ち着いた気がした。そうだ、悩む暇があるなら全力で彼女に尽くすべきだ。それが私に出来る最大限の行動であり最善であると確信した。
シルキーと出会ってから半年と少しが過ぎた。彼女は林檎と角砂糖が好きで甘いものをあげると喜ぶ。性格は穏やかだけど高飛車で気分屋のお嬢様。そんな彼女は頭がとても良く、私が言う事に対してきちんと聞いてくれるし理解してくれる。彼女は私の癒しで大事な友達で相棒でもある。オークスを取れなかったのは悔しいが、残りのティアラは彼女の為に獲得したい。一番可愛くて美しい彼女に他でもない己が捧げたいのだ。
「シルキー……私、頑張るよ」
そう呟くとそれに応えるようにブルルッと鳴いて寄り添ってくれる。本当に賢い子だと思うと同時に愛おしい気持ちが溢れ出てくる。久しぶりに心が落ち着く日だった。
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