桜花賞 偉大なる両親を超える為にⅤ
濡れた体をタオルで拭いている時にふと気になった事があったので先生に尋ねてみた。
「そういえば、シルキーモーヴって名前の理由は何でしょう?」
すると先生はああそれはねと笑いながら答える。
「あの仔の走りが滑らかで絹のように綺麗だったからだよ」
じゃあモーヴはどこから?と問いかける。自身の名前も紫が入っているからお揃いで嬉しいと感じた事も伝えて。モーヴは藤色を意味する。他にも紫に近い色をいくつか連想するが、その中でも最も綺麗な紫色をしているものを選んだのだと聞かされた。
「あとこれは君にはあまり快く思われないかもしれないけどね、藤崎蒼弥騎手のように強くなってほしかったから藤色にしたんだ」
それを聞いて驚いたと同時に納得した。確かにその名前は己の父の名前でもあるし、何より藤色の勝負服を纏っていた姿が印象的だった。騎手になろうと思ったあのレースを思い出して胸が熱くなる。もしかしたら自分は彼のように強い騎手になれるのではないか、いやなりたいと改めて感じてその日は終わりを迎えた。
◇◆◇
桜花賞 阪神競馬場
芝1600m(右 外) 晴 稍重
『1番人気ニニアソネットは外枠10番、今ゲートに入りました』
実況がそう告げるとゲートが開き各馬が一斉に芝を蹴りあげ桜が舞い散るターフを駆ける。私とシルキーはいつものように先頭を陣取り、ニニアソネット達が私達を追いかけるように後方でレースを展開する。
今日は掛かっていない、足取りも軽やかだ。そのままペース配分も間違えずに規則正しいラップタイムで通過する。第4コーナーから最後の直線へ、私は後続の追い上げを許さない。ニニアソネットが猛追してくるけど、このコースなら絶対にシルキーが一番速いはず。
「行けっ!!」
私の声に応えるかのようにシルキーは更に加速する。あっという間に3番手まで上がってきたニニアソネットを突き放し、ゴール板の前を駆け抜けた。
勝った……呆気ないというより一瞬の出来事だった。ニニアソネットは2着、前走の負けはチャラにしてもいいくらいの圧勝劇。観客の大歓声を受けて、手を振って応えた後、私はウイニングランをするべくスタンド前へ移動する。シルキー、彼女はいつもと変わらない走りだった、これでG1初勝利。本当に凄い子だ。勝利インタービューがある。余韻に浸ってこの仔と居たいけれど、ファンサービスも大事だからね。そう彼女に笑いかけウィナーズサークルに向かって行く。
「藤崎騎手、初のGI勝利おめでとうございます!まずは今の気持ちをお願いします」
「そうですね、素直に嬉しく思うのと同時に実感が湧かない……というのが正直なところです」
あっという間の逃走劇だったから、そんな感想しか出てこなかった。それでも喜びはある、それを察してかインタビュアーは笑顔で頷いた。
「勝利への鍵はなんでしたか?また、今後の目標などあれば教えてください」
「やはりスタートですね、直線が短いのもあってハイペースの逃げで勝つと決めていましたので、その通りに走れたことが良かったと思います。オークス、ここも勝って牝馬最強の座を勝ち取りたいです」
ウィナーズサークルでのインタビューが終わり控え室に戻る際、ある人物を見つけた。私と視線が合った瞬間、笑顔で手を振って近づいてきた。私も手を上げて応える。同期のジョッキーの佐藤くんだ。デビュー時期も同じくらいなので何かと縁があり仲が良い。彼も今日、桜花賞のレースに出ていた。
「よっ、相変わらず見事な逃げだった。お前らしい勝ち方で俺は好きだな、そういうの」
彼は負けたのに、笑顔で話しかけて更には褒めてくれる、本当にいい人だと思う。そんな彼の言葉に自然と頬が緩む。
「ありがとう、そう言ってくれる人がいると次も頑張ろうって思える。佐藤くんも凄くいい競馬だったし、コーナリング凄く上手いよね」
なんかコツがあるのか気になって聞いてみるが、笑ってはぐらかされてしまった。
「まあ、馬が頑張ってくれたんだよ。次は俺が頑張らなきゃな」
そういって、自分の頬を叩いて気合を入れ直す彼を見て、少し心配になったが、きっと次のレースでも大丈夫だろう。こうしてGIレース初制覇した私達は勢いそのままオークスへ向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます