偉大なる両親を超える為にⅢ
ゲートに入り体勢が整うと、場内にファンファーレが鳴り響く。これに驚く馬もいるが彼女は賢い。それがレースで走る為の合図と理解しているのだ。係員の人に誘導されゲートに入る。全馬がゲートに入ってから短いが静寂が漂い、一瞬も隙を見せまいと緊張が走る。
そしてガシャンという音と共に視界が開けたら一斉に走り出す。出遅れることなくスタートに成功した。道中も特に気になることはなくスムーズに先行集団の先、つまり先頭を奪う事が出来た。彼女のハイペースなレース運びに無理について行こうとする騎手と馬はいなかった。孤独とも感じられるが、晴れた視界に映る青い芝生と走る時に聞こえる鼓動が心地よかった。1,000m通過タイムは57秒台後半とかなりのハイペースで流れる。しかしまだ息は乱れておらず、むしろもっと速くと身体が言っているようだ。3コーナーに入ると徐々に差が開いていき最後の直線に入った。前を走る馬はシルキーだけ。
ここからが本番だ。直線での末脚勝負、ここがシルキーの最大の見せ場だ。粘り強い脚は唯一無二の武器、それを活かして残り200m、シルキーが最初の栄冠を掴むと思ったその時、後方から猛追する黒い影が現れる。
そう、彼女と同じくデビュー時から注目されていた牝馬だ。確か名前はニニアソネット。可愛らしい名前に似合わず、豪脚でぶち抜かれる。黒鹿毛のその馬はまるで閃光のようにシルキーを追い抜き、さらに前へ出た。そのまま一気にシルキーを差しきり勝利したのだ。私は目の前が真っ暗になったような感覚に陥り呆然としてしまう。完璧なレース運び、ペース配分、勝利する条件は自ら手繰り寄せた。だが、それを上回る才能や執念を持った馬がニニアソネットとその鞍上の彼だった。シルキーは惜しくも2着に敗れたがそれ以上に、今までに感じたことのない敗北感を感じていた。
(……完敗だな)
レース後、調教師さんからそう言われた。確かに負けた、だけどシルキーも精一杯頑張った。勝利騎手インタビューでも彼は私とシルキーに軽く触れてくれた。
『あの逃げは凄かったです。 僕はもう一杯になってしまいました、今回勝てたのはソネットのお陰だと思っていますす。』
そう言ってくれた彼とは後で話したが、人馬一体で勝てる域にいるお前が凄いと屈託のない笑顔を向けて言われた。自分なんてまだまだと思っていたが、負けた事よりもその言葉が嬉しく、誇らしい気持ちになった。
これからのクラシックレースでは私と彼はまたぶつかり合う事になるだろうが、負けたくないという気持ちが強くなる一方で楽しみにもなっていた。そして何より、彼とニニアソネットに勝ちたいという気持ちが芽生えた良い経験を得られたと思う。
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