第29話:遭遇

「「こ、こいつはなんだ!?」」


 空中に漂う歪な黒い影を見て、みんなは驚愕の声を上げる。


「邪悪な存在、ルシファーです! トシリアス先生があいつに取り込まれてしまいました!」

「「じゃ、邪悪な存在だって……!?」」

「お主ら、下がっておれ! 早く逃げるのじゃ!」

 

 すかさず、学院長が私たちの前に立ちはだかった。

 練り上げられた魔力から、ルシファーを自由にさせないという強い意志が伝わってくる。

 しかし、ルシファーはまったく動じず、それどころかメイナを見てニタリと笑っていた。


『そこにいるのは聖属性の娘だな。ちょうどいい、ついでに貴様を殺すとしよう。従僕のミスは主人がフォローしてやらないとならん』

「な、何を言っておる……」

「あいつがトシリアス先生を操って、メイナさんの食事に毒を入れたんです!」

「「な、なに!?」」


 メイナを殺そうとしたのは邪悪な存在。

 そのことが明らかになると、みんなきつい目でルシファーを見ていた。


『来たるべきときまで待つつもりだったが、仕方がない。一足早いが世界を獲るとしよう』

「そんなことワシがさせん! 我が魔力を贄に万物を滅せよ……」


 学院長は呪文を唱えだす。

 さすがはアリストール魔法学院の学院長だ。

 魔力だけでもすごい圧迫感を感じる。


「……<フランメ・ドラゴーネ>!」


 巨大な火のドラゴンがルシファーに襲い掛かる。

 私たちの顔までジリジリと焼かれるほどの強烈な熱さだ。

 ルシファーは浮かんだまま微動だにしない。

 逃げる余裕もないってこと? ……いや!

 

『闇魔法、<ダークネス・マジック・ニュートライズ>』


 ルシファーが手を広げた瞬間、洞窟の中で見たような黒い波動が迸った。

 その直後、巨大な火のドラゴンがシュウウ……と消えてしまった。

 

「なっ……! ま、魔法が使えん!」

『俺様が使ったのは魔法を封じる魔法だ。貴様らはもうお得意の魔法が使えない』

「「!?」」


 みんなはいっせいに魔力を練る。

 けど、少しも意味がないようだった。 


『だから、そう言っているだろうに』

「ここはワシがどうにかする! お主らは早く逃げるのじゃ!」


 ロイアが切羽詰まった表情で私を掴む。

 攻略対象ズもメイナも、みんな恐怖で震えてしまっていた。


「ノエル様! 皆様と一緒に今すぐ逃げましょう。このままでは全滅してしまいます」

「いえ……戦うわ」

「ノエル様!」


 ここで私が逃げたら、それこそみんなが全滅してしまう。

 すぐそばにはメイナや攻略対象ズだっている。

 私がなんとかするんだ。

 ルシファーは学院長を倒そうと魔力を集中している。

 攻撃するなら今だ。

 胆力を集め、高速で印を結ぶ。

 両手をピストルみたいにして狙いをつけた。


「<雷遁の術・雷砲弾>!」

『なに!? …………ぐぅううっ!』

「「か、雷属性の魔法……!?」」


 指先から放たれた激しい雷がルシファーを襲う。

 稲妻はその全身を駆け巡り、ズシン! と地面に落ちてしまった。

 驚くみんな。

 いや、ルシファーもぐぐ……と立ち上がりながらも、動揺の色が隠せていなかった。


『な、なんで貴様は魔法が使えるのだ!?』

「これは特別な魔法なの。あんたの魔法なんか効かないわ」


 私が使っているのは忍術。

 だから、魔法を封じられても普通に使える。

 まだまだ攻撃の手は緩めない。

 大事なみんなを守るんだから!


「<水遁の術・水嵐>!」

『があああ!』


 今度は激しい水の渦がルシファーを閉じ込める。

 まるで竜巻のような光景を見て、みんなの驚く声が聞こえてきた。


「あんなに魔法が使えませんでしたのに……いつの間にか、こんなにお強くなって……うっうっ」

「ノエル様は誰よりもお強い魔法使いですわ!」

「君みたいな人間を僕は見たことがないっ!」

「こりゃあ、俺ももっと修行しないとダメだな」

「ぼ、僕の魔法なんか、もはや足元にも及びません」

「ノエル嬢、お主はいったい何者なんじゃ……」


 称賛の言葉が途切れない。

 あんなに嫌だった忍者の修行が役に立つなんて不思議だ。

 よし、このまま閉じ込めるぞ、と思ったそのとき、ルシファーの身体からまたもや黒い魔力の波動が迸った。

 水の渦はパン! と弾けてしまい、ルシファーは自由になる。


『お、おのれ……小娘がぁ』

「観念なさい、あんたの愚かな野望もここまでよ」


 魔法が使えないはずなのに、魔法(本当は忍術)が使われている状況が信じられないようで、ルシファーは非常にうろたえていた。

 

『チ、チィッ! 予定が狂ったわ!』

「あっ! 待ちなさい!」


 ルシファーは黒いもやになり、トシリアス先生の身体から離れていく。

 すかさず、追いかけようとしたら、メイナにガシッと腕を掴まれた。


「ノエル様、まずはトシリアス先生を!」

「え、ええ、そうですわね」


 地面には黒い影が抜け、いつもの姿に戻ったトシリアス先生が横たわっている。

 

「「トシリアス先生、大丈夫ですか!?」」

「くっ……」


 私たちが揺すると、トシリアス先生は苦しそうに呻く。

 呼吸は荒いけど意識はあるようだ。

 死んでいないことがわかり、とりあえずはホッとする。


「トシリアス先生、ワシらの声が聞こえるかの」

「が、学院長……私はいったい……」

「お主は邪悪な存在、ルシファーに身体を乗っ取られていたのじゃ」


 学院長が言うと、トシリアス先生はハッとしたように呟いた。


「そ、そうだったのですか。申し訳ありません、いまいち記憶がハッキリせず……」

「ここにいるノエル嬢がルシファーを撃退して、トシリアス先生を取り戻してくれたぞよ」

「え! ノエルさんが!?」


 見たこともない驚愕の表情で私を見るトシリアス先生。


「あのノエルさんがそんなに成長していたなんて……奇行ばかりで心配していたんですが、安心しました」


 感極まり泣き出してしまった。

 せ、先生をそんなに追い詰めるほど、私の行動はヤバかったですかね?


「まずは医務室へ向かおうぞ。詳しい話はそれからじゃ」

「ええ、この度は本当にご迷惑を……うぐぅっ!」

「「トシリアス先生!?」」


 突然、トシリアス先生が激しく苦しみだした。

 ぐったりと地面に崩れ落ちる。

 た、大変だ!

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