第30話:力を合わせて

「諸君、いったん離れたまえ!」


 トシリアス先生の胸には黒いもやがくっついている。

 見るからにルシファーの欠片だ。

 それを見て、学院長は私たちの前に出た。

 

「こ、これは、ルシファーの残り火じゃ。闇属性のエネルギーが詰まっておる」

「「ど、どうすればいいのですか!?」」

「聖属性の魔力で浄化するのが一番じゃ。ちょっと待っておれ、トシリアス先生。偉大な精霊たちよ、今こそ我に聖なる力を……」


 学院長が呪文を唱えると、トシリアス先生が白い光に包まれていく。

 でも、すぐにその白い光は空中に溶けるように消えてしまった。

 え! ど、どうして。


「……いかんな。まだルシファーの魔法の効果が残っておる」

「「そ、そんな……」」


 学院長は私たちと違い、ルシファーの攻撃をまともに喰らった。

 だから、きっとまだうまく魔力をコントロールできないんだ。

 学院長ですらこんなに苦しむなんて、やはりあいつは相当の力の持ち主だったんだろう。


「でしたら、私がどうにかいたします!」


 メイナは静かにトシリアス先生の横に座る。

 トシリアス先生は悪くない。

 不運にも、邪悪な存在の器にされてしまったのだ。


「えいっ!」


 掛け声とともに、メイナの両手が白く輝きだした。

 トシリアス先生の胸にある黒いもやは、苦しそうに蠢いている。

 す、すごい、さすがはメイナだ。


「あと少し……きゃぁっ!」

『ギアアア』


 もうちょっとで消えそうになったとき、黒いもやが大きく膨らんだ。

 それこそ残り火だったのが、今では燃え盛る焚き火のように揺らいでいる。


「ど、どうして……いつもより魔力が弱い……」


 メイナは自信なさげに呟く。

 やっぱり、ルシファーが放った魔法無効の影響がまだ残っているんだ。

 ……こうしちゃいられないね。


「メイナさん、私の力をお貸ししますわ」


 彼女の手の上に、私の手をそっと乗せる。

 この柔らかいけど力強い、優しくて頼りになる手に、私は前世で何度も救われてきた。

 今こそ、彼女の恩を返すときだ。


「ノ、ノエル様……?」

「私に聖属性の魔法が使えるかはわかりませんけど、何もしないで見ているなんてできませんわ」


 メイナの手をギュッと握ると、彼女の表情も力強くなった。


「なんだか、ノエル様がいらっしゃればなんでもできる気がしますわ」

「ふふっ、それは私も同じですわ。では……いきますよ、メイナさん!」

「はいっ!」


 メイナの身体に、私の胆力を注ぐように意識を集中する。

 厳密にいえば、魔力と胆力はまったくの別物かもしれない。

 でも、多少なりとも彼女の力にはなるはず。


「「くっ……!」」

『ギゥアア!』


 胆力を込めれば込めるほど、黒いもやは大きく暴れる。

 しかし、力を鼓舞するような動きではなく、苦しそうに呻いていた。

 もやの身体もぐにゃぐにゃして形を保つので精一杯みたいだ。

 

「メイナさん……! 効いているみたいですわよ!」

「は、はい……! このまま、私たちで押し切りましょう……!」


 でも、もやが暴れるたび、トシリアス先生の顔にも苦悶の皺が刻まれる。

 ごめんなさい、先生、でもあと少しで完全に浄化できるはずだから。


「「あと……少し……!」」


 二人で息を合わせて懸命に力を注ぐ。

 トシリアス先生を救うためならば、どんなことでもするつもりだった。

 やがて、黒いもやは弾けるように消えてしまった。

 サラサラと小さな粒子になり、空中へと飛んでいく。


「よくやったぞ、メイナ嬢! ノエル嬢!」

「「く、黒いもやが消えた!」」


 わああっ! と集まってくる攻略対象ズやロイアたち。

 そのうち、みんなの歓声が届いたのか、トシリアス先生がゆっくりと目を覚ました。


「うっ……私はどうなったのですか……?」

「メイナ嬢とノエル嬢が助けてくれた。ワシは魔法を封じられた体たらくでの。彼女らがいなければ、どうなっていたかわからんほどじゃ」

「そ、そうだったのですか……」


「メイナさん、ノエルさん! あなたたちのおかげで命が救われました! 感謝してもしきれませんよ!」


 ガッシと私たち二人に、勢い良く抱きついてくるトシリアス先生。

 時と場所を間違えると大変なことにはなりそうだけど、この状況では問題ないだろう。


「二人ともまさしく救世主だね! 君たちみたいな同級生がいてくれて僕は嬉しい!」

「俺もお前らに負けないように修行を積むぜ!」

「学院での目標が定まりました! 僕もお二人みたいになりたいです!」


 攻略対象ズもしきりに感動しているよ。

 実は処刑フラグの面々だけど、今は素直に嬉しかった。


「あの横暴が擬人化したようなノエル様がこんなに立派になって……私はもう感無量でございます……公爵様と奥様にご報告しないと……」


 ロイアに至っては上品に号泣していた。

 いつ死んでもいい……とか言っていたので、冷や汗をかきながら必死に止めた。

 

「メイナ嬢、ノエル嬢! 貴殿らは学院の英雄じゃ!」

「いいえ、学院長先生。ノエル様がお力を貸してくださったからこそ、トシリアス先生を救うことができました。私一人では到底無理でした」

「それこそ、メイナさんのおかげですわ。私はただ力を貸しただけですから」


 ほぼ二人同時に言うと、学院長はフッと優しく笑った。


「お主らは謙遜して素晴らしいな。これぞ我が学院が求める人材のお手本じゃな」


 学院長の言葉に、私たちは自然と微笑みを交わしていた。

 何はともあれ、トシリアス先生が救われてよかったよ。

 学院の大切な人が守られてホッとする。 

 あっ、そうだ。


「あの、学院長先生。邪悪な存在……ルシファーはどこに行ったのでしょう」

「うむ、まだわからんが……あやつはどこかで力を蓄えるはずじゃ。すぐに王国騎士団とともに捜査を始めよう」


 ひとまず安心はできたけど、私たちはすぐにまた嫌な緊張感に包まれた。

 邪悪な存在はなんとか撃退できたけど、言ってしまえば撃退しただけ。

 完全に倒したわけではない。

 自分の目的のためには、躊躇なく人を殺そうとするくらいだし、また何か仕掛けてくるのは明白だ。


「まさか、我が学院に邪悪な存在が現れるとはのぅ……」


 学院長の呟く声が、小さいけれども私たちの耳にはしばらくの間強く残っていた。

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