第27話:洞窟の中

「「が、学院長先生……! どうして、こんなところに」」

「それはこっちのセリフじゃよ、諸君」


 学院長はゆったりとこちらへ近づいてくる。

 その顔には怖さもなにもなく、ただただ穏やかで優しげな微笑みを湛えているだけ。

 今の状況を言っていいのか判断できず、しどろもどろになってしまう。


「こ、これは、別に大したことではないのですが……」

「だったらなぜここにおるんじゃ。しかも1年生のトップ層が揃いも揃って」

「あ、いや、それは……」

「おっと、ノエル嬢は下の方じゃったな」


 ……おい、学院長。

 

「冗談はさておき、こんなに校舎から離れてはならんよ。毒を入れた犯人も見つかっておらんのじゃから」


 せっかく、手がかりを見つけたのに。

 学院長に言う?

 トシリアス先生のこと。

 いや、この人だってまだ白だとわかったわけじゃないんだ。

 もし繋がっていたらどうしよう。

 みんなも同じことを思っているようで、私たちは小声で相談する。


「ど、どうしましょう、ノエル様。学院長先生にお伝えした方が良いんでしょうか」

「そ、そうね……」


 もし学院長が悪い人だったら、と思うと、トシリアス先生を尾行していることは知らせない方がいいだろう。

 でも、これ以上ないほど心強い味方であることも事実。


「どうした、諸君?」

「「あ、いえ……」」


 話すべきか話さざるべきか悩んでいたら、脳裏に一つの言葉が思い浮かんだ。

 生前プレイしていたとき、作中で聞かれたセリフだ。

 入学式での学院長の一言。


(魔法学院での生活は時には過酷であるじゃろう。だが、これだけは覚えておいてほしい。ワシはいつでもお主らの味方じゃよ……)


 うちの厳しいじーちゃんと違って、そのときの学院長はとにかく穏やかで優しそうだった。

 もちろん、たかがゲームのイラストにすぎない。

 だけど、忍びの修行に疲弊していた私には、こんな先生の下で勉強できる生徒たちが本当に羨ましかったのだ。

 

「……話しましょう、みなさん」

「「……!?」」


 あのとき優しい人だと感じた自分を信じたい。

 それにこんな状況だからこそ、やたらと疑うのではなく人を信じてみたかった。

 みんなを代表して一歩前に出る。


「学院長先生。私たちは今、トシリアス先生を尾行しているんです」

「……どういうことじゃ?」


 毒物混入事件のことを独自に調べていること、学院長たちを尾行していること、トシリアス先生が謎の洞窟に入っていったこと……諸々説明すると、学院長は驚きつつも静かに聞いていた。


「……そういうわけで、私たちはトシリアス先生を追ってここまで来たんです」

「なんと……お主らは度胸があるのぉ。メイナ嬢やブレッドたちがワシの後をつけてたのはそのためか……」

「「す、すみませんっ」」


 攻略対象ズたちは謝っていたけど、学院長はホッホッホッと笑っていた。


「では、トシリアス先生が消えたという崖を見てみようかの」


 学院長と一緒に崖へ向かう。

 

「ちょうど、この辺りのはずです。トシリアス先生が何か呪文を言うと、洞窟が現れました」

「ふむ……どんな呪文か覚えておるか?」

「えぇっと……」


 木陰から見ていた様子を思い出す。

 トシリアス先生は何て言っていたっけ?

 ブツブツ話していたからよく聞こえなかったけど……。


「たしか……<ダークネス・アンロック>とか言ってました」

「ほぅ……それは闇属性の呪文じゃ」

「「え、や、闇属性!?」」

「どれ、まずは確かめてみようかの。汝の全てを現したまえ……<オフ・ザ・ヴェール>」


 学院長が呪文を唱えると、あの魔法陣が現れた。

 学院の授業でそんな属性の魔法を見たり、聞いたりしたことはない。

 それどころか、前世でプレイしているときだってそうだ。

 そう思っていたら、不意に、いつしか見たノエルの夢が思い出された。


(邪悪な存在がこの世界をおかしくしようと企んでいる……)


 闇と邪悪なんて相性抜群だ。

 もしかして邪悪な存在が関わっている……?


「闇魔法の解呪は非常に難しいが……ぐっ!」


 学院長が触った瞬間、突然魔法陣から黒い稲光が迸った。


「……これは相当強力な呪文じゃな。魔法を弾く魔法がかけられておる。破るのは苦労するぞ」

「「そ、そんな……」」


 魔法を弾く魔法か……だったら、私ならどうにかできるかもしれない。

 私が使っているのは忍術だから。

 あの術なら入れるはず……!

 胆力を全身に巡らし、高速で印を結ぶ。


「な、何をやってるんじゃ、ノエル嬢」

「<陰遁・すり抜けの術>!」


 壁に手を当てると、すぅぅっと体が入り込んでいく。

 みんなの驚く声が聞こえてくる。


「な、なんということじゃ、ワシでも破れなかった魔法陣をこんな簡単に……!」

「では、このまま中の様子を探ってきます」

「待ちたまえ、ノエル嬢!」

「お、お待ちください、ノエル様ー!」


 メイナたちの声を残して、私は洞窟内部に侵入できた。

 光源がないからか、ほとんど真っ暗だ。

 でも、大丈夫。

 私は夜目の訓練もさせられてきたからね。

 暗闇でも周囲の状況がわかるのだ。

 ボコボコ続いている岩の間に一本道があり、どうやらゆるりと下っているらしい。

 さて、まずは状況を確認しよう。

 念のため、隠密行動を心掛ける。

 胆力を鎮めて気配を断つ。

 さらに、スタイル……深草兎歩!

 これが今の私にできる超尾行モードだ。

 のそのそと歩いていくと、少しずつ奥が明るくなってきた。

 と言っても、すごい明るいわけではなく、ロウソクがぼんやりと灯っているような明るさだ。


「……この世を統べたもう神よ……我が魔力を糧に……」


 だ、誰かの声が聞こえてくる。

 すかさず、近くの岩陰に隠れた。

 きっとあの人だろうけど、ちゃんと確認しないと……。

 岩陰からそっと覗く。

 洞窟の奥には……トシリアス先生が跪いていた。

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