第26話:後を……
相談の結果、学院長には攻略対象ズが、トシリアス先生には私とメイナ、そしてロイアの三人がつくことになった。
日中は粛々と授業をこなして放課後は尾行、という計画だ。
毎日同じ人が後をつけるとさすがに怪しいということで、変わりばんこに後をつける。
しかし、トシリアス先生の尾行は意外と難しかった。
今はベンチでここ二日の失敗を反省している。
「ノエル様の真似をして気配を消していますのに、どうしてこんなに気づかれてしまうのでしょう」
「なぜ私に尾行させてくれないのですか、ノエル様」
メイナは主人公だからか存在感がありすぎてすぐ気づかれてしまうし、ロイアはどうしてもワクワク感を抑えきれないので私が止めた。
「今日は私が尾行するから、二人はここで待機していてちょうだい」
「ノエル様なら絶対に上手くいきますわよ」
「いよいよ、本命のご登場でございますね」
「お父様たちへのお手紙は尾行が終わってから書くわ」
ワクワクした様子のメイナたちをベンチに残し、私一人で校舎へ向かう。
トシリアス先生はいつも、17時ちょうどに校舎を出る。
玄関近くの木陰に隠れるよ。
今日はいつものド派手なドレスじゃなくて、一番地味で体積が少ない服を着てきた。
できれば迷彩柄が良かったけれど、あいにくとこの世界にそんな服はない。
「「トシリアス先生、さようならー」」
「はい、お気を付けて」
普通寮へと帰る生徒と挨拶を交わすトシリアス先生。
その顔に、この前会議室で見たような怖い表情はない。
厳しいけれど、生徒を想うが故の厳しさを持った先生だ。
もう少し優しくしてくださると、私としては大変にありがたいけど。
さて、見失わないように気を付けないと。
トシリアス先生は校舎の裏に回ると、森の方に歩きだした。
あっちの方には小さな丘の連なりしかなかった気がするけどな。
森の手前で、トシリアス先生は数人の騎士団とすれ違う。
私もすかさず壁の後ろに身を隠す。
「トシリアス先生、こんにちは。森の方へご用ですか」
「ええ、見回りをしようと思いまして」
「異常ありませんでしたよ」
「まぁ、念のためです。お疲れ様です」
軽く挨拶を交わし、森へと進むトシリアス先生。
な、なんか人気が少なくなってきたような……。
何はともあれついて行こう。
抜き足差し足忍び足。
十分に距離を保って後をつける。
こう見えても私は尾行が得意だ。
今までの訓練で一番多かったかもしれないから。
「……っと」
森に入る一歩手前で立ち止まる。
地面には乾燥した落ち葉が降り積もっていた。
普通に歩くとカサカサ足音が鳴っちゃう。
となると……深草兎歩の出番だね。
靴を脱いでしゃがみ込む。
両手を地面につけて、その上に足の裏を乗せる。
一歩ずつ足(+手)を落とすように進むのだ。
…………うん、いいね。
音消せてるよ~。
そういえば、先生たちってどこに住んでいるんだろ。
こっちに専用の寮があるのかな。
やがて、急に木が少なくなってきて、ぽっかりと開けた空間に出てきた。
奥には小さくせり上がった崖が右に左に伸びている。
よじ登るのは絶対簡単なはずなのに、ゲームだとなぜか登れないような崖だ。
トシリアス先生は崖の前に立つ。
「……」
厳しい表情で注意深く辺りを見回すトシリアス先生。
無論、ガチで気配を断っている私には気づいていない。
なんか雰囲気が変わってきたぞ。
そのまま、崖に手を当てて何やら呪文を唱える。
「汝の覆い隠す物……明らかに……<リ・ヴェール>」
トシリアス先生が触っていたところに、扉みたいな形の魔法陣が現れた。
大人が数人は余裕で行き来できそうな大きさだ。
「……<ダークネス・アンロック>」
トシリアス先生がさらにぼそぼそ呪文を唱えると魔法陣が消え…………洞窟がぽっかりと出てきた。
え、な、何あれ。
我らが担任は何の躊躇もなく中に入っていく。
再度魔法陣で封印される謎の穴。
「ふむ」
明らかに怪しいが、すぐさま深草兎歩で離脱。
深追いはしない。
情報を得た場合、まずは報告。
抱え込んだまま死んだら意味ないからね。
忍びの鉄則がまたもや大事なところで活きた。
深草兎歩の勢いそのままにさっきのベンチへ戻ってきたら、二人に大層驚かれた。
「ノ、ノエル様!? その格好はいったい……なんて素敵なんでしょう!」
「ノエル様! なんて格好をされてるんですか! ヴィラニール家の跡を継ぐ者として……!」
あっという間に真反対のリアクションが私を挟む。
メイナは目を輝かせているけれど、ロイアは目がつり上がっていた。
ま、まずい。
「こ、これは深草兎歩と言って、尾行するには最適な歩法であって……」
「ノエル様、靴はどうされたのですか」
「あっ……森に置いてきちゃった」
「よろしいですか、ノエル様。いくら尾行がうまくてもそのようでは、公爵様と奥様に……」
ロイアから追加のお小言をいただき、攻略対象ズにも知らせようと決まった。
「攻略対象ズ……ではなく、ブレッド様たちはどこにいるんでしょう」
「学院長先生を尾行しているでしょうから、ここで待っていた方がいいかもしれませんわね」
「「おーい」」
探しに行こうかと思っていたら、広場の方から攻略対象ズがのこのこやってきた。
やけにタイミング良いな、こいつら。
いや、乙女ゲームの攻略対象なんだから当然かもしれない。
「そっちはどんな感じだい?」
「トシリアス先生の怪しい行動を見つけましたわ。森の奥の洞窟に入っていきました」
「「森の奥の洞窟?」」
尾行して掴んだ情報を伝えると、みな険しい顔になった。
「……そうか。そんな洞窟があるなんて僕も知らなかったな」
「騎士団の報告にも上がってきてないぜ」
「何かあるのは間違いありませんね」
とりあえず、トシリアス先生は要注意人物。
さて、あとは学院長の方だね。
「みなさま、学院長先生の方はどうでしたか?」
「「い、いや、それが……」」
途端にモゴる攻略対象ズ。
な、なんだよ、その歯切れの悪さは。
こっちまで不安になるだろうが。
「全員で後をつけていたんだけど、ちょっと目を話した瞬間にまかれてしまって」
「二日連続だぜ。あのじいさん、なかなかの手練れだ」
「なぜかすぐに気づかれてしまうんです。僕たちに尾行の才能はないのかもしれません」
まったく、肝心なところで使えないイケメンどもだ。
というか、全員で尾行してたんかい。
そりゃバレるだろ。
「何はともあれ、ノエル様。皆さんと一緒に森の方へ行ってみましょう。学院長先生は後回しでもいいかもしれませんわ」
「ええ、そうですわね」
「私もお供いたします、ノエル様」
攻略対象ズを引き連れてあの崖に向かう。
途中、さりげなく靴を回収したけど、目ざとくロイアに見つかり、小言をおかわりしてしまった。
そんなこんなで例の現場着。
森の中からひっそりと辺りを伺う。
「なんだ、何もないじゃないかよ」
「いえ、洞窟があったのはちょうど正面の崖でございます」
「ノエル様が間違うはずがありませんわ」
ちゃんと場所を覚えておいたからね。
ここで合っている。
「では、皆さん。行きましょう」
意を決して一歩踏み出そうとしたとき、私たちの後ろからしゃがれた声が聞こえてきた。
「お主ら、ここで何やっとるんじゃ?」
「「……え」」
後ろから現れたのは…………学院長だ。
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